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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
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8 特別な挨拶

 庭師の朝は早い。


 朝日が昇るのとほぼ同刻に起床し、リリーナは白い襟付きのシャツに黒のつなぎに着替え……るはずだった。


 いつもよりも遥かに遅い起床時間。


 普段カーテンから漏れる太陽が登ったばかりの澄んだ朝日では無く、とっくに太陽が昇ってキラキラと強い日差しがカーテンの隙間から差し込む。

 ベッドから降りてカーテンを開け、窓も開けると人々の話し声も聞こえてくる。

「おはよう! リリーナ」

 声がする方へ振り返るとカジュの葉がひらりと浮かんでいた。

「おはよう、カジュ。すっかり遅くなってしまったわ。みんな喉乾いていないかしら」

「これくらいどうってことないさ。もっと休んだらどうだ?」

「ううん、起きるわ。もうすっきりしてる」

 リリーナは再びカーテンを閉めると、トレードマークの白い襟付きのシャツに黒のつなぎ服へと着替えた。

 そして、小さなテーブルに置いてあった贈り物を手に取って一日の始まりを迎えたのだった。




「おはよう、ヴィー」

「あら! おはよう、リリー。今日はゆっくりなのね」

 勝手口から厨房へ入るとヴィックが朝の調理を終えて洗い物をしていた。逞しい腕でごしごしと調理器具を洗い、汗も流れているが、結ばれた長い髪は一切乱れていない。リリーナは編み上げのブーツから厨房専用の長靴へと履き替え、寸胴鍋を持って、

「洗い物中申し訳ないんだけど、水をいただいても良いかしら」

「構わないけど、リリー、あなた朝ごはんは食べたの!?」

「……………食べてない」

「食べてから! はい、ちゃんとリリーの分のパン残してあるから、食べて」

 水を催促したが一蹴された。ヴィックは一旦洗うのを止めて調理台へ動くと、皿に被せてあった布巾を退かしてパンをリリーナに差し出し、手早くコップにミルクを注いでリリーナの近くの台に置いた。

「ありがとう。いただきます」

「召し上がれ!」

 植物たちの水やりが普段よりも遅いのに先に自分が食事を摂ることに罪悪感はあったが、リリーナは壁際に立ちながらパンを頬張った。

「あら?」

 ヴィックは再びシンクに戻るとリリーナの足元に置かれていた物に気付き、

「素敵ね! 買ったの?」

「ううん。いただいたの」

 誰からとは言わなかったが、ヴィックはあの方だろうと推測をし、ニヤニヤを止められずにいた。

 リリーナのつなぎのポケットから雑に押し込まれた物の先がぽろっと出ているのをヴィックが見つけると、

「あとでそれ、やってあげる」

 ちらっとそれに視線を向けながらヴィックが言い、リリーナは驚いて少し目を丸くした。

「え、どうしてわかったの?」

「あったりまえよぉ! ワタシ、女だもの!」

 その声は図太く、やる気満々で逞しい腕の力こぶをヴィックは見せたが、表情は友を可愛く変身させたいと心躍らせる乙女そのものだった。




「おはようございます、カブ。遅くなりまして申し訳ございません」

「うむ」

 深々とリリーナが礼をするも相変わらず裏庭の主の返事は淡白。リリーナもすっかり慣れ、

聖水生成(アスモス・ホイエン)

 魔法で聖水を作り上げると水やりを始めるのだった。

 リリーナの手から、たぽんっ、と水が揺れる音が裏庭に涼し気な音を奏でる。


 一通り裏庭の水やりを終えてジョウロが空になると、シュワワワワッと薔薇の魔法陣が突如浮かび、リリーナは音にこそ反応はしたが、薔薇の模様を見ると、あの人ね、と身構えることはしなかった。

 魔法陣からはアレスフレイム、そして次にノインが現れた。

「おはようございます殿下、昨晩はお世話になりありがとうございました」

 彼が贈ったジョウロを丁寧に持ちながらも深々と礼をするリリーナ。


 髪は後頭部でしっかりと一つに結われ、彼女の美しい顔がすっきりと映える。


「髪………」


 アレスフレイムが見違えたと驚いているのかと思い、リリーナは少しばかり達成感を覚え、

「これならいつものぐしゃぐしゃは出来ませんでしょ?」

 満足気に片手で髪をふわっと触れ、顔を横向きにし、彼にヴィックに整えてもらった髪型を自慢した。


 髪を束ねるのはライトグリーンのリボン。


 彼女が横向きになるとリボンの端がふわっと靡く。彼を誘っているかのように。


 彼の中で何かがプツンと切れた。


 彼女の正面に近寄り、そっと彼女の両肩を手で包み、顔を近付かせると、

「殿下……?」

 抵抗もせずきょとんと瞳を開いたままの彼女に唇を重ねた。


「ゲフンッ!」


 堪らずノインが咳払いをする。

 理性を取り戻したアレスフレイムはハッとして唇を離し、彼女の表情を覗った。


「今のは…………」


 どんなお気持ちで?

 多くの女性は突然の不意打ちのキス(嫌いじゃない人からに限る)に相手の気持ちを確かめたくなるだろう。

 

 人工呼吸や口移しでも無いのに唇を重ねたのは何の行為でしょうか?


 リリーナの表情には、唇を重ねる行為自体は何を意味するのか理解をしていないことが全面に出ていた。彼女の辞書には恋愛に関する単語など一切無い。

「今のはな…………」

 キスも知らないのか!?!?

 とアレスフレイムは心中大混乱ではあったが、「異性に対する性愛の表現だ!」などと唇を重ねる意味を説明するなどプライドが許すはずもなく言葉選びに苦戦を強いられた。

「両親がしているのとか見たことないのか!? 父親の見送りの時とか」

「私は土いじりをしていたので、いつも庭で後から一人で見送っておりましたから見ておりません」

「幼少期に姫が出てくる絵本だとか読まなかったのか!?」

「幼い頃から愛読書は植物図鑑でございましたので」

 だーもー! ブレねえなぁ!!!

 とアレスフレイムは困惑から次第に苛つきも混じえていた。

「今のは何ですの?」

 純粋にリリーナは何をされたのか疑問を抱いている様子に、アレスフレイムも何かしら答えなくてはと焦りが込み上げる。


「あ、挨拶だ」


 咄嗟に出た結論がそれだった。


「挨拶?」

「それも特別な」

「特別な挨拶?」

「その辺で男女が唇を重ねているのなんて見たことないだろ。特別だから人前ではしないんだ」

「人前ではしない挨拶?」

「陰で他の奴とはするなよ! いや、その、特別に信頼を置ける人同士なら良いんだ」


 リリーナはきょとんとアレスフレイムを見つめていて、アレスフレイムの方だけがどんどん顔が髪と同じ色に染まっていく。

「殿下、顔が赤いですわ。お熱が出ていませんか?」

 ついにはリリーナが心配そうに額に手を添えようとすると、中庭の方からとある姫君の爆笑が聞こえてきた。茎を反り返って転げていそうな程の大笑いが。忽ちアレスフレイムが真っ赤に燃える。

「あんのぉ、クソ薔薇ぁぁ!! 燃やしてやる!!」

「落ち着いてください! アレスフレイム殿下!!」

 中庭へ行こうとする“荒れるフレイム”を後ろからノインが両脇から彼を抑えて止めようとする。

「止めるなノイン!! 今日こそあのクソ薔薇を塵にしてやる!!!」

「なりませぬ!!!」

 しかし、ノインもノインで笑いを必死で耐えていた。同意も得ずに従業員にキスなどして冷や汗をかいたが、アジュールの方が一枚上手だった、と。


 騒がしく裏庭を去る二人を尚もきょとんとしながらリリーナは見送る。

 そっと指先で唇を撫でた。彼の熱を思い返すように。

 

 よくわからなかったけど、嫌じゃなかった。


 自分以外の人間が植物たちと話せることも、最初は嫉妬心に似た感情が芽生えたが、今は共通の友人が増えたような感覚をリリーナは抱いていた。

 彼女は彼らの足跡をゆっくりと追った、つかの間の平穏な昼下り。




数ある作品の中からご覧いただきありがとうございます!

第二章がこれにて終わりです。

今回はアレスフレイム視点が中心でしたが、次章はリリーナ視点メインに戻ります。

7月23日時点、ブックマークを登録してくださってる30名の方々、本当にありがとうございます。これからも精進しますので、ご覧いただけると嬉しいです。


ご感想やアドバイス等もお待ちしております。


では、次章もお付き合いいただけますよう、よろしくお願い致します!

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