7 次世代の決意
「号外だ! 今日の昼に広場のステージでマルスブルー王太子殿下から重大発表があるらしい!!」
広報の配達員たちは慌てたように城下町を駆け抜け、一軒一軒の郵便受けに号外を配布していく。
「何の発表かしら?」
「ようやく婚約か」
「時期王位の座をアレスフレイム様に譲るとか?」
「それいい!」
「婚約するとしたら、どっちつかずのクリエット家の美人だけの頼りない令嬢だろ? 婚約発表を聞かされてもなぁ」
「他の令嬢との婚約かしら!?」
勝手な憶測に街中が賑わい、王族や名のある貴族を蔑み密かに快感を得ていた。
今日の仕事に限って午後からにする人々が多く、昼前からステージに人集り。早目に騎士団たちも警備や整備に務めていた。
「なぁ、何の発表か知っているか?」
「知らない。マルスブルー様ならどうせようやく婚約ってだけだろうよ」
若手の騎士たちまでもが人々の空気に同調するかのように主である王族を小馬鹿にする空気が流れる。
間もなく太陽が南天に昇る。
「アレスフレイム様だ!!」
先に会場に到着をしたのはアレスフレイムで後ろからノインも控えている。彼らはステージには上がらず、聴衆の最後尾に立った。人々は国の英雄の登場にさらに興奮し、誰もが後ろを振り向き
「やっぱりあの風格は時期王に相応しい」
「アレスフレイム様からの重要なお言葉だったら良かったのに」
醜い笑顔でヒソヒソと話す人々の言葉の往来。
だが、彼が一瞬で止める、たった一回の舌打ちで。
空気が一気に緊張感が走り、人々はアレスフレイムの怒りのオーラに慄き、口を噤んだ。騎士たちにもアレスフレイムは睨みを利かせると、皆背筋を正し直した。
やがてマルスブルーとスティラフィリーを乗せた馬車が到着し、二人がステージに上る。アレスフレイムの威圧感で誰一人歓声を上げることなど出来なかった。
「本日はお集まりいただき、有難うございます。王族として、そしてロナールの未来を築くために皆さまにご報告をしたいことがございます」
マルスブルーが先に聴衆に目を向けながら挨拶を述べ、ちらりと背後に居るスティラフィリーに目配りすると、彼女はそっと彼の横に立った。マルスブルーもスティラフィリーも堂々としながら。
「この度私マルスブルー・ロナールはスティラフィリー・クリエットと結婚をすることを申し上げます。長年彼女を待たせていたため、婚約期間は設けず、来月婚姻し、一年後に挙式を挙げさせていただきます」
この国では王族は結婚の前に婚約期間を一年以上設けるのが通例。伝統から外れた報告に人々は動揺を隠せずにざわついていた。
「いずれ私は国王に即位をすることを目標としております。優秀な弟にはこれからも王として縛られずに各地で活躍してもらい、私は王として頭を使い、政治に励んでいきたい。兄弟で力を合わせてこの国をさらに豊かにしていきたいと思っている。スティラフィリーは王妃を志して十分教養を得ています。私はこの国を変えていきたいからこそ、伝統に囚われずに時代に合った王族で在りたい。だからこそ、婚約期間は設けません」
誠実なマルスブルーの真っ直ぐな言葉は人々の心に届いていた。国民たちが黙って彼らの言葉に耳を傾ける。
「お飾りにならず、私も外交等にも協力し、マルスブルー様と意見を出し合いながら支えていく、そのような王太子妃になることをこの場で誓います」
どっちつかずのと揶揄された時のような彼女は居なく、澄み切った声で彼女も精一杯の誠意を伝えた。
「残念ながら世界にはまだ争いが起こっています。ロナールだけでなく、世界の人々に平和が訪れる、そのような国造りをしていくことを結婚の報告と共にここに誓おう!」
父であり王への宣戦布告の狼煙を上げた。
パン、パン、パン。
一手一手力強い拍手をするのは群衆から少し外れた場所で一人立つ沈黙のロズウェル。三大貴族であるロズウェル家の当主で、表向きはリリーナを庭師としてのびのびと働くために彼の領地の娘としているが、実は彼女の父親。彼の拍手をきっかけに国民たちも拍手をし始め、歓声が上がった。忽ち「わぁあああ!!」と熱気に包まれる。
アレスフレイムはロズウェル家の当主であるレイトスにそっと近寄り、声を掛けた。
「来ていたのですね」
「王太子直々の重大発表ですからね」
「兄が王になっても、支えていただけますか」
政治能力は誰よりもこの男が長けている。アレスフレイムは人々の目があるから頭を下げることは出来なかったが、丁寧な言葉を選び、命令などせず願い出た。
「勿論」
沈黙のロズウェルはたった一言だけで承諾の意を示した。
「………正直、俺は貴方が国王に相応しいと思っている。父ではなく、貴方が王だったらなと」
「それはそれは、困りましたね」
レイトスは軽くははっと笑うと
「自由に動けなくなるのは性分ではありませんよ、お互いに」
まるで冒険者のようにこの世の全てを愉しもうとする顔を浮かべた。
「全くだ」
アレスフレイムも彼につられてハッと笑みを浮かべた。
すると、群衆から外れたところに白のスーツ姿で腕組みをしながらステージを見つめている長髪金髪の色男の姿が目に映った。三大貴族の一つ、腰巾着のジーブルの息子、エドガーだ。
「失礼します」
レイトスに一言詫びると、レイトスも軽く会釈をした。アレスフレイムは急いでエドガーの元へ行き、
「エドガー!」
名を呼ぶと、彼は驚くように振り向いた。
「アレス、どうしたんだよ、慌てたように俺を呼んだりして」
「……今日は親父さんは」
「王がお越しにならない限り来ないと思うよ」
「確かに」
アレスフレイムは軽くハッと捨てるようにして笑うと、エドガーの目をじっと見た。
「聞きたいことがある」
アレスフレイムの真剣な眼差しにエドガーも逃れることが出来る訳もなく、
「………………場所を変えよう」
間を空けて答えると、大歓声を上げる聴衆を背にしてアレスフレイムとエドガー、そしてノインは城へと移動をしたのだった。
「ちょっと〜、勝手に客人を入れないでくれる〜?」
「しゃ、しゃべっ、薔薇が喋ってる!?」
選んだ場所は薔薇の迷宮。
入口で、「我が名はアレスフレイム・ロナールと申す。足を踏み入れることを許してもらいたい。はい、真似して礼をしろ」と訳の解っていないエドガーに強制的に挨拶を済まさせると、白薔薇姫は渋々入室を許可した。
「悪いがここが一番安全だ。扉番の兵士や他の奴らに聞かれる心配が無い」
「金髪色男が裏切る可能性は?」
空気が一気に張り付き、ニ列に並ぶ一輪薔薇の兵たちがギンッ! と棘を鋭く光らせた。それを見たエドガーが彼らの殺気にたじろいでしまう。
だが、
「無い」
アレスフレイムが白薔薇姫の問に全く濁りのない堂々とした一言で答えを出した。ノインも庇うようにしてエドガーの前に立つ。
「………わかったわ。アレスくんの言葉を信じましょう」
白薔薇姫の許可が下りると、薔薇の兵たちの棘は通常の植物色へと戻っていく。
「エドガー、お前の知っていることを話して欲しい」
アレスフレイムに促されるも、エドガーはまだ植物たちの様子が気になり緊張をしている。
「先日、アレスたちがクリエット家に行く前に親父、それと国王専属の騎士団が例の部屋に招集された。古の王の手記を高らかに掲げた陛下にな」
「古の王の手記……!?」
図書館の最奥の隠し部屋から盗まれたのはそれかとアレスフレイムとノインは直感した。恐らく2000年前の国王の手記だ。
「迷いの森の先に在る太陽の丘の魔女とやらを捕えると言っていた」
戦争を狂愛する愚王はさらなる戦力を得ることだけが目的だろう。リリーナについては勘付かれていないとアレスフレイムたちは悟った。
「太陽の丘の魔女は現在にも存在をするのか?」
太陽の丘の魔女はフローラを指していると思っていたが違うのか、とアレスフレイムたちは自身の得た情報と摺り合わせようと試みる。つまり、太陽の丘に魔女の集落みたいなみたいなものがあるのだろうか。幻の地に住むべき魔女が地上に降りてしまったのがフローラということかもしれない。
「騎士団の一人が言って初めて知ったんだが、5年前、多分俺達が遠征に行ってる間に王専属騎士団に迷いの森を襲撃させた過去があるらしい」
「また馬鹿な事を」
「前任の騎士団は壊滅したと聞いた。陛下は騎士団の家族を人質に再び兵を連ねようとしている。セティーを含む上級魔法使用者全員を集めて向かおうと言っていた。セティーが戻り次第決行をするとも」
アレスフレイムもノインも緊迫しながらエドガーの話に耳を傾けていた。アレスフレイムに至っては父親の馬鹿げた行動に怒りが込み上げて来そうになっている。
「俺……………」
一瞬エドガーが伏し目がちになるも、すっと顔を上げて、
「俺の代で領地の兵器生産に終止符を打ちたい」
決意をアレスフレイムに打ち明けた。
「マルスブルー様の決意表明を見て俺も思ったんだ。俺だって争いの無い世界を望みたい。マルスブルー様や俺らの代でこの国を大きく変えることが出来るんじゃないかって」
アレスフレイムは力強く頷き
「クソ親父共がふんぞり返って座る椅子から俺らが下ろしてやろう」
そして
「誓おう、共に平和な世界を築くと!」
アレスフレイムが誓いを立てて手を差し出すと、エドガーも彼の手を力強く握り締めた。
固唾を呑んでいたノインもほっとし、白薔薇姫もふぅと息を吐いた。
「エドガー・ジーブル、よく聞きなさい」
突然フルネームで呼ばれ、エドガーは反射的に手を離し、ぎょっとして白薔薇姫を見た。
「貴方がアレスフレイム側だと知られたら貴方の命は危険に晒されるわ。いい? 貴方は絶対に人質になってはいけないの。貴方を助けようとしてアレスフレイムたちに危険が及ぶことになるから」
「……わかった」
「逃げなきゃいけない場面になったら、兎に角植物が居る方へ死ぬ気で来なさい。窓の無い部屋、カーテンで外から見えない部屋に隠れられたら救出出来なくなるわ」
エドガーは事態を飲み込めていないが、コクコクと素直に頷いた。
「エドガーの父親は愚王派だ。表向きはエドガーは親父側に付いていないといけない。裏切りでは無いことを理解して欲しい」
アレスフレイムが彼をフォローする。自分の置かれた立場を理解してくれるアレスフレイムにエドガーも胸が熱くなっていた。
「わかったわよ。アレスくんの頼みなら仕方ないわね」
やれやれと白薔薇姫は腕組みするようにして葉を重ねた。
そして、ふわっと葉を広げると
「薔薇ノ転送」
白薔薇姫は魔法を唱え、2つの魔法陣を同時に空中に召喚した。
「私から見て右は裏庭、左は城下町の路地裏に繋がっているわ。そろそろマルスブルーたちが戻ろうとしているわ。別々に解散した方が怪しまれないでしょ」
「転送神術か!? しかも2つ同時だと!?」
エドガーは信じられないという素振りを見せ、アレスフレイムたちも流石に2つ同時は驚いたがこの白薔薇姫ならやりかねないとも思っていた。
「ああ、転送神術だ。安心しろ、安全は保証する」
「俺が裏庭に行けば良いのか」
とエドガーが全く悪意無く右の方へと進もうとすると
「お前は左だろ」
それまで情熱を分かち合っていたと思われたアレスフレイムにエドガーはがしっと肩を捕まれ、敵意さえ感じ取れる程の威圧感があった。
「な、わ、分かったよ。俺がマルスブルー様に近い方で良いんだな」
ノインはため息をつきながら、自分も右手に行くという選択肢で大丈夫だろうかという不安も少し抱いていた。
右の薔薇の魔法陣の前にアレスフレイムとノイン、左の魔法陣の前にエドガーが立つ。
「じゃあな、白薔薇。急に悪かったな」
「次来るときは敬称を忘れないでね、アレスくん」
アレスフレイムたちが先に魔法陣を潜って姿を消すと、それを見たエドガーも息を止めて躊躇いながらも魔法陣を潜って姿を消した。
「まったく、世話が焼けるわね」
文句を垂れながらも、白薔薇姫は白く美しく輝き、フフッとそれはそれは愛らしい姫の微笑を浮かべているかのようだった。




