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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
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2−1 裏庭師

 流石王城敷地内と言うべきか、芝は長さが揃っていて美しく、土もほどほどに空気が含まれているのが足から伝わってくる。

 人工的な煉瓦畳の道も段差も無く高いヒールを好む令嬢たちにも躓きにくくなるように施されている。


「さっき街の中心地で新聞記者が号外を配っていた! 見ろよ、アレスフレイム様のご活躍が載っているぜ!」

 街の見回りでもしていたのか、腰に剣を兵士らしき若者が興奮した様子で他の兵士に号外を片手に駆け足で近付いてきた。

「今回の戦争も我が国の勝利だ! アレスフレイム様が敵国の大将を開戦直後に仕留めたと書いてある!」

「間もなく城に戻られて来るだろう。あの方のおかげで我が国は敵無しだ。ぜひ次期国王はアレスフレイム様に就いていただきたいものだ」

「どの戦にも必ずアレスフレイム様が疾風の速さで敵国の中心人物を討つんだよな! 俺たちもそれくらいに強く……っ!」

 

 野蛮ね……………。

 リリーナは軽く横目で兵士たちを見て足早に通り過ぎて行く。

 敷地内から男たちの大声が聞こえてくるが、剣士たちが訓練でもしているのだろうか。

『いいかいリリーナ、恋をしてはいけないよ。再び大きな戦争が起きてしまうからね』

『間違いなく商売道具にされるだろう、貪欲の塊のような王だからな』

 ユズの木や父の言葉を反芻し、自分の力が国を滅ぼすことに利用され兼ねないとはこのことか、とリリーナは益々決して誰にも自分の力を知られてはならないと固く決意した。




「たしかそろそろだよな、沈黙のロズウェルから差し出された庭師が来るのは」

 馬に乗りながら赤髪の青年に語りかけるのは、金髪長髪の笑顔が絶えない青年。彼とは対照的に赤髪の青年は窶れた表情で

「急になんだ」

「あの謎おっさんが自分の領地から働き手を差し出すなんて初めてだろ。“腰巾着のジーブル”の俺のオヤジと違って、直接王家に献上することなんて今までなかったのさ。どんな奴か気にならない?」

「どうだっていい」

 くだらないと言わんばかりにため息をつくも、金髪長髪の青年は構わずに

「“幻の蝶”のことを知っていたりするのかな」

 と興奮した様子で話し続けると、赤髪の青年は聞き慣れない言葉に彼の目を見て

「幻の蝶…?」

 僅かに興味を持った様子を見せたものだから、金髪長髪の青年はさらに声を高らかにして

「ロズウェル家の長女さ! 次女の夜会デビューの時にたった1度だけ同席したと言われる幻さ。女神のような美しさでその場にいた男全員が一瞬にして心を奪われたらしい。話しかけようとしたが、即座に姿を消したとか。そんな幻の蝶がいたら俺も捕まえたいね」

 聞いて損をしたと赤髪の青年は深いため息をつく。

「おまえもマルスブルー様もいい歳なんだからさ、結婚をしてさっさと王位継承しちまえよ。国民はおまえが時期王になることを望んでいるんだぜ」

 静かに怒りの青い炎を心の内に燃やし、赤髪の青年は「ハッ」と声を出して

「貴様は“腰巾着”を継ぎたいのか」

 と目は笑っていないが嘲笑い、金髪長髪の青年はそれ以上は何も話しかけず、悔しそうに歯を食いしばり彼から視線を避けた。

 間もなく城下町。

 疲れた………と赤髪の青年は目の下に隈を宿しながら馬を歩ませた。




 疲れた………とリリーナは城の敷地内をまだ一人で歩き続けていた。

 広すぎる。建物一つ一つが遠いし、中庭らしき場所も見当たらない。植物に聞きながらホックさんを探せばすぐに見つかりそうだが、周りには人がいるし、服装のせいで視線を常に感じているから植物に声をかけることも難しい。

 ようやく敷地内で最も大きな建物、おそらく王城に着いたが入り口は兵士が見張りをしているし、ホック抜きでは入ることさえ出来ないだろう。それにホックは建物内にはいないだろうからとリリーナは中庭を目指すべく、王城の壁に沿って歩くことにした。


 しばらくすると日が当たっていない部屋から芳ばしい香りがしてきた。

 ここが厨房か、と思わず目を閉じて香りを楽しんでいたが、中から突然金切り声が聞こえてきた。

「どういうことなの!? こんな物をスティラフィリー様に食べさせるなんて!」

「こんな物って野菜じゃないですか」

 女性の怒鳴り声と男性のたじろいでるような声が中から聞こえてくる。野菜と聞いて思わずリリーナは勝手口に耳をつけた。

「まともな野菜を使いなさいよ! お嬢様は王太子の恋人でいらっしゃるのよ!? 何この虫が食べた穴! お嬢様に虫が口をつけた物を食べさせるって言うの!?」


 頭で考えるよりも先にリリーナは勝手口を開いた。


 厨房には中性的な顔をして長い髪をまとめて結んだコックとリリーナよりも一回り以上歳上らしきメイド、そしてその後ろにリリーナと同年代ぐらいのブラウンのウェーブがかかったロングヘアーに細工が丁寧に施されたドレスを纏った令嬢が立っていた。

 見ず知らずの奇抜な服装の女が突然扉を開けたのだから、全員が侵入者かと身構え、メイドは「お嬢様は後ろに!」と令嬢の盾になった。

「虫食いは美味しい野菜である証拠でございます。虫食いの無い野菜をお召し上がりたければ、どうぞ虫除けの薬で育てられたお野菜をご自分でご用意されたらいかがでしょうか」

 口を開いたと思ったら遠慮容赦なしに見ず知らずの女が説教をし始めたものだから

「なんて無礼な! あなたは乞食か何か!? 誰かー! 誰か厨房に来て!」

 とメイドは廊下に向かって叫び声を上げた。

「野菜は大地の恵です。国民は虫食いの野菜も食べます。大地の恵を蔑ろにし、国民の食生活を拒絶するのが王太子妃を志す方とその侍女のご教養でいらっしゃるのですか」

 途端にメイドはかぁああ! と顔を真っ赤にし

「黙りなさい! 黙りなさい!!」

 益々怒鳴り声が大きくなった。リリーナも社交場には出なくても三大貴族の娘としてそれなりの教養は受けてきた。


 こんな恥知らずな人がゆくゆくは王妃になってはいけない。スティラフィリー……たしか三大貴族の1つ、クリエット家の長女だったか……ならば他の知性のある令嬢がいても家柄を考慮して王太子にアプローチをせずに身を引いてしまうかもしれない。


 当のスティラフィリーは困ったというような顔で苦笑いをし、ただただ黙ってメイドの後ろに控えている。

 そのどっちつかずな態度に不快感を覚えたリリーナは同じ三大貴族の令嬢として諭すように

「スティラフィリー様、将来、王太子殿下が間違った政策を考えることもありましょう。その時にお止めになる役は貴女様でいらっしゃるのですよ。今、侍女にさえ何も言えないのなら、貴女はご自分を単なるお飾りにしているようなものです」

「お嬢様になんてことを!」

 怒り狂うメイドに怯むこともなく

「虫食いの野菜が不快だから調理責任者に訴えろと貴女の主が仰ったのですか。まずは主の心に寄り添うのが侍女の役目でいらっしゃるでしょう」

 服装や髪型さえ奇抜ではあったが、果敢に諭す姿勢は知的な令嬢そのもの。

 悔しそうに震えながら握り拳を作るメイドは次にまた何か言うとするも


「何事かい」


 透き通った男の声色に誰もがハッと振り返り、慌てて頭を下げる。

 ダークブルーの髪色をした青年が厨房の入り口に立っていた。背後には彼の側近らしき人物がいて、腰に剣を携えている。

 ………しまった、王族か、厄介なことに巻き込まれたな。

 リリーナは眉間に皺を寄せるも、誰よりも丁寧に美しく最高礼を下げた。

 メイドはすぐに頭を上げて、

「マルスブルー様! 申し訳ございません、この不審者が無礼な行動ばかりしていまして」

 急いで言い訳をしようとするも、彼の側近が

「殿下はその者が入る直後からご覧になっていた。無礼な行動をばかりしていたのはレベッカ、貴女だろう」

 レベッカとはメイドのことか、先程まで怒りで赤く茹で上がっていた顔がみるみると青く震えていく。スティラフィリーは肩を震わせて頭を下げながら「申し訳………ございません…………っ」と可弱い声で謝罪を述べた。

 コックも頭をそろそろ上げようとしたが、謎の女がまだ頭を誰よりも深く下げていたのを見て、再び頭を下げた。

「皆、頭を上げて」

 マルスブルーが声をかけると全員頭を上げた。もちろん、最後に上げたのは最高礼をしていたリリーナ。淑女らしく、右手の上に左手を添え、姿勢正しく立っている。

「以前は虫食いの野菜を除けてくれていたが、それが難しくなったのかい?」

 柔らかい声色でマルスブルーがコックに尋ねる。

「はい。王城管理の畑がまたさらに収穫がお減りになっていらっしゃるようでして。出来れば王家の皆様に野菜をお召し上がってもらうとなると虫食いの野菜を除けるわけにもいかないのです」

 とコックが普段使い使い慣れてない敬語を無理矢理活用し、たどたどしくマルスブルーに訴える。

「そうか………あとでアレスに相談をしてみよう」

 とマルスブルーは腕組みをして呟くと視線をリリーナに移し、リリーナに近づき

「君は、今日から庭師になるアジュールだね」

 とうっすら笑みを浮かべた。

 誰もがその笑顔を見たら虜になりそうが、リリーナは全く顔色を変えず

「はい、リリーナターシャ・アジュールでございます」

 とまた丁寧にお辞儀をした。

「ホックが心配していた。中庭に案内するよ」

 にこっと微笑むとダークブルーの髪の青年、マルスブルーは厨房の出入り口にゆっくりと歩み出した。

 面倒だけど、従うか……………

 リリーナは待たせたら悪いと速歩きで追いかける。

 するとコックが軽くリリーナの腕を引っ張り

「ありがとね! また厨房に来て、お礼をしたいから」

 と言ってたので

「ええ、夕食をいただきに来るわ」

 とリリーナは返事をし、慌ててマルスブルーの後ろにいる側近よりも背後に控えて付いて歩いた。


 残されたスティラフィリーは今にも泣き崩れそうな顔をしているし、その横にいる侍女レベッカはまた鬼の形相で怒り狂いそうになっている。


 王太子と歩く漆黒のつなぎの女の噂はまたたく間に城内に広まった。


 それって沈黙のロズウェルのお気に入りよね……?

 何故マルスブルー様があんな奇妙な女なんかと?

 何あの格好、不気味なカラスみたい。

 きっと魔女よ、彼女は悪い魔女なんだわ………。

 



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