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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
58/198

6−2

「これは…………」


 石畳の1枚を持ち上げると、古めかしい手記らしき物が。

 アレスフレイムが他の石畳も持ち上げたが、そこには何も無かった。

「偶然か。ノイン、読めるか」

 石に長年潰され、すっかり圧縮された赤茶色のカバーの手記をノインに手渡した。

 ノインは崩さぬよう慎重に触れ、表紙の汚れを手で丁寧に落とすと

「読めますが、字が汚いですね。ク、グか? グリードフレア・ロナール」

「王族か!?」

 ラストネームが国名と同じロナールは王族を意味する。


 ドクンッッッッッ!!!!


 名前を聞いた瞬間、リリーナの心臓が跳ね上がった。


 胸を押さえてしゃがみ込むと、

「リリーナ!?」

 慌ててアレスフレイムも膝を付いて肩を支えた。

「急に………胸が………」

「大丈夫か!? リリーナ! すぐに戻ろぅ…し…っ…か…り」

 次第にリリーナはアレスフレイムの声が遠くなっていき、目を閉じて意識が落ちると、いつものように薄暗い空間に倒れた状態では無く、じゃぽんっと色の無い水の中に身体が落とされ、水底にあの茨で縛られた白い扉があるのが小さく見えた。逆さになった状態でひたすら沈んでいく。

 ごぼごぼごぼごぼ、海水とも違うしょっぱさがある。これは何?

「いやぁあああ!! いやあああああ!!! 思い出したくない!! 思い出したくないわ!!!」

 とめどなく扉の隙間から気泡が流れ、この水らしきものはフローラの世界から放たれていることがわかった。

 ああフローラ、泣いているのね。

「大丈夫よ、大丈夫」

 お願い引き上げて、とリリーナは右手を水面へと上げると赤い光に包まれた。


「リリーナ………ッ」


 目を覚ますと自分の部屋のベッドで横になっていた。

「私の部屋………?」

「そうだ。倒れた直後に白薔薇が魔法でここまで俺らを戻してくれた」

 もう何度目だろうか。隣には例の王子が丸椅子の前に立ってる。そしてその背後にはノイン。

 リリーナの右腕が天井に向かって伸びていて、アレスフレイムがそれを掴んでいた。 

「引き上げてと言われて軽く持ち上げたら目を覚ました」

 アレスフレイムはリリーナの手をそっとベッドに降ろすと丸椅子に腰掛けた。

「アレスフレイム殿下、ノイン様、ご迷惑をかけて申し訳ございません」

 身体を起こそうとするリリーナをアレスフレイムが制し、

「いい、まだ横になってろ。今回は倒れたのは急だったが、魘されていたのは短かった」

 アレスフレイムの背後で心配そうに見つめるノインの片手には先程の手記が見え、リリーナはまた胸苦しくなりそうになるが、ぎゅっと手を胸元に抑え

「大丈夫よ。わかっているから」

 と誰かに話しかけた。

「魔女フローラか………?」

 アレスフレイムが途端に緊張した様子でリリーナを見ると、リリーナは額に汗を滲ませながらも落ち着いて横になりながら頷き

「それを見たくないそうです。どうか、殿下とノイン様だけでご覧になってください」

 息苦しそうになりながらもフローラの願いを彼らに届けた。彼女の涙を止めるために。

「…………わかった」

 アレスフレイムは返事をしながら手でリリーナの額の汗を拭ってやり、ノインは手記を服の内側に仕舞った。同時にリリーナの胸もすぅっと楽になった。

「今日はもう寝ろ」

「ありがとうございます」

 そう言いながらいつまでも椅子に腰掛けているアレスフレイムを見て、

「あの、もう一人でも大丈夫ですので」

 リリーナは遠回しに部屋から出るように促した。

「そうか。悪いが窓から出させてもらうぞ。廊下で他の連中に見られたら面倒そうだしな」

 ノインが転移魔法を使えないことを配慮してアレスフレイムは共に窓から抜け出す選択をした。観音開きの窓を開くと少しヒヤッとした夜風が舞い込む。リリーナの個室は従業員棟の1階、彼らは容易く窓縁を越えて外へと飛び降りた。

「お気を付けて」

 ベッドから起き上がり、リリーナは窓際に立ち、窓の縁に手を添えて見送ると

「安心して寝ろ。必ず助けに来る」

 視線の高さが同じになったアレスフレイムと見つめ合った。恋人ならそのまま唇が重なり合うだろうが、アレスフレイムは窓縁に置かれたリリーナの手の甲にそっと口吻をし、夜の中へとノインと共に姿を消した。

 彼の姿が完全に見えなくなると、まだ彼の唇の感触が残る手をそっと上げ、

「熱い…………」

 リリーナは身体が火照るのを不思議そうに手を見つめていた。絶え間なく涼しい夜風が彼女の髪や首筋をひんやりとさせているのに。




 その晩、リリーナは何度か魘された。


 未だに泣き叫ぶフローラに呼ばれるかのように、彼女は涙の海に落とされ、彼女を落ち着かせようと穏やかに努めて声をかける。そして、カジュに呼ばれたアレスフレイムが転移魔法でリリーナの部屋に飛び、彼女に声をかけて目覚めるのを待つ。

「申し訳無いです。もう起きますので、殿下は休まれてください」

 3度目の目覚めの時にはアレスフレイムに謝罪をし、リリーナは起きることを決意した。

「気にするな。毎日の事では無いんだ、今日ぐらいどうってことはない。顔色があまり良くない、寝ろ」

 フッと疲れが僅かに滲む笑顔でリリーナのライトグリーンの髪をくしゃっと撫で、彼は再び転移魔法で姿を消した。

 リリーナは起きようとも思ったが、睡魔には敵わず、再び眠りに落ちてしまった。


「大丈夫かよ、アレスフレイム。ノインと交代するか?」

 アレスフレイムが自室に戻るとカジュが葉をくるりとさせながら心配そうに尋ねてきた。

「ノインには手記の解読を頼んでいる。リリーナは愛する人だ、俺が守る」

 おお熱い熱い、とカジュまで紅葉してしまいそうになる。

 だが睡眠時間が削られ、上級魔法である転移魔法を何度も使う度に疲労は蓄積し、アレスフレイムはベッドに倒れると掛け布団も掛けずに溶けるように眠ってしまった。


 再びリリーナは白い扉の前に居た。


 水は水面が膝下ぐらいまで減っていて、リリーナは正直躊躇いはあったが、一歩、一歩と重たい水を足で押し、扉の方へと近付いた。

「私は彼と幸せになりたかっただけなの」

 すすり泣くフローラの言葉に

「うん」

 リリーナは静かに相槌をした。共感することも否定することもなく。

「愛していたのは彼だけだったの」

「うん」

「普通の恋愛がしたかったの」

「うん」

「でも無理だった。私が普通じゃないから」

「………うん」

 まるで俯いて泣いていたフローラが顔を上げてリリーナを見るような間があった。


「愛していたから、彼が私の全てだったから、私は彼の剣に貫かれて終わらせようとした。でも終えられなかった。きっとこれから、この身体を求める汚い男たちに幸せを奪われていくわ、あなたも」


 意味深な言葉に

「どういうこと?」

 リリーナは問いかけたが扉から強い風が吹き、空間から押し出されるようにリリーナは飛ばされたのだった。


「フローラ!!」


 自分の叫び声でリリーナはバチッと目を覚まし、上半身を起こした。と同時に部屋に魔法陣が浮かび、アレスフレイムが転移魔法で姿を現す。

「殿下……」

「自力で目を覚ましたのか。カジュに教えられてすぐに来たが」

 アレスフレイムの姿を見てほっとし、リリーナは思わず腕を伸ばして彼の背に腕を回そうとしたが、単なる庭師がそんなはしたない行為を王子にしてはいけない、と僅かに上がった腕を降ろした。

「汗もそんなに無いな」

 アレスフレイムもほっとしたようにリリーナの前髪を指で上げて額に僅かに浮かぶ汗を指で払った。

「あの、アレスフレイム殿下」

「何だ」

「眠るまで、側に居てくれませんか」

 アレスフレイムは意外なタイミングでリリーナに甘えられ、驚きもあったが

「喜んで」

 陽だまりのような微笑みでリリーナの頭を撫でた。

 リリーナは上半身をベッドに仰向けに倒すと、アレスフレイムは尚も大きな手の平で頭を撫でている。その心地良さにリリーナの瞳はすっと閉じ、すーすーと安らかな寝息を立てたのだった。

「寝たか」

 思った以上にすぐに眠り、彼はふぅと安心して鼻から息を漏らし、ゆっくりと彼女の髪を撫でながら、美しい寝顔を見つめていた。月明かりがリリーナとアレスフレイムの影を重ねていく。

 風が涼しい音色を奏でる中、重なり合う二人の唇。

 アレスフレイムは顔を離すと、もう一度寝顔を見つめ、名残惜しそうに彼女の髪を指に絡めるも、魔法を唱えてそっと消えたのだった。


 その晩、穏やかな寝息は続いた。あの扉の奥からも。




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