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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
56/198

5−5

 こいつ、不貞腐れているな。


 薔薇の迷宮の謁見の間に入るも、アレスフレイムとは目を合わさないリリーナの態度を見てアレスフレイムは「フッ」と鼻で笑った。

「今白薔薇から今後も貴様に経験を積ませるように説教をされていたところだ」

「ちょっと、敬称が抜けているわよ、アレスくん」

 まぁ、強ち嘘ではないわね、と白薔薇姫はふぅと息を吐いてリリーナを見つめた。

「いつから、話せるようになられたのですか」

 植物たちとの会話は今まで自分だけの特別な力だと思っていたのに、とリリーナは悔しそうにアレスフレイムを少し睨んだ。

 白薔薇姫がフォローに入る。

「レジウムの国境の山に彼らだけで入る時にも挨拶をした時からよ。そこから私たちも二人の声が聞きやすくなったもの」

 説明を受けてリリーナの視線が白薔薇姫へと移る。

「でも彼らが会話が出来るのは強い魔力を秘めた植物だけ。リリーナの様に全ての植物との会話は到底無理ね」

「そう…ですか」

「フン、それくらいで充分だ。全ての植物の声が聞こえたら煩くて堪らないだろうしな」

「あら失礼ね。みんな静かよ」

 よく言うよ、とナイトと薔薇の兵たちは心でぼやいていた。

 アレスフレイムはリリーナの目の前に立つとカジュの葉を差し出した。


「これからも支え合って欲しい」

 

 アレスフレイムからの申し出にリリーナは無表情で葉を見つめ、白薔薇姫たちは微笑を浮かべながら見守る。いや、ノインだけはまだ複雑そうな顔を浮かべる。


「だが悪夢に魘された時にすぐに助けたいのはわかって欲しい。貴様の事だからわかっているだろう、自力で悪夢から覚めなられない可能性も否定出来ないことも」

「…………」


 確かにそうだ。

 夢でアレスフレイムの呼び声が無かったら、まるでどこが出口かわからない闇に取り残されることになる。


「俺は王子である身分故に夜中に窓を開けっ放しで眠ることは出来ない。カジュの葉を互いに持つことで、深夜だろうがカジュを介してすぐに知らせを受けることが出来るはずだ。リリーナから俺にだけでなく、俺からリリーナにも」

「…………貴方が、助けて欲しい時も…」

「ああ、リリーナを呼ぼう」


 土が爪にまだ残っているリリーナの手がゆっくりと伸びて、彼から葉を受け取った。手の平程の大きさの葉に視線を落とすと、顔を上げ、同じくカジュの葉を指先で掴んでいるアレスフレイムと目と目を合わせた。


「私も貴方を支えさせて」

「頼む。俺も必ずリリーナを守る」


 リリーナは葉をつなぎ服の胸元の内側のポケットに、アレスフレイムもジャケットの内側の胸ポケットに仕舞った。


 白薔薇姫はほっとしながら二人を見つめ、そしてきっと何があってもこの二人なら乗り切ることが出来るわ、と希望を抱いていた。


「それと」

 そう言いながらアレスフレイムが後ろに控えていたノインに視線を向け、ノインは手土産のことだと察して袋から箱を取り出してアレスフレイムに手渡した。

「紙袋は折れてしまいましたが、箱は無事です」

「有難う」

 申し訳無さそうにするノインだが、アレスフレイムは穏やかに丁重に受け取った。

 そして、再びリリーナに身体を向け、


「庭師としてのリリーナに贈る」

 

 光沢の有るライトグリーンのリボンで結ばれた箱をゆっくりと彼女に近付かせると、リリーナもおずおずと両手を前に出し、まるで赤子を抱かせられるかのように大切に大切にアレスフレイムからリリーナの手に移された。

「私に?」

「開けてみるか」

 アレスフレイムが箱の下に手を添えて支えてリリーナにリボンを解かせて、箱を開けさせてみる。

「これ……………」


 鮮やかなライトグリーンのジョウロ。


 女性嫌いで有名なアレスフレイムでも特別な異性への贈り物には相手の髪や瞳と同じ色の物を贈ることぐらいは知っている。それに以前リリーナも朝食の用意をした時にアレスフレイムとノインにそれぞれ彼らの髪と同じ色の絵が描かれた豆皿を出したのだから、彼女にも贈り物の色がいかに想いが詰まっているのかわかっているはず。

「本当に宜しいのですか、すごく品が良さそうな」

 申し訳無さも含まれているが、喜びも隠しけれなさそうなリリーナの表情を見てアレスフレイムは満足そうに笑みを浮かべた。

「あの、早速持っても宜しいですか」

「勿論」

 あのリリーナが口を半開きにして目を一層輝かせて、取っ手を握り締め、長い柄を下からそっと支えて持ち上げながらジョウロを傾けたりしながら様々な角度で眺めていた。

「素敵、とっても素敵」

 感嘆を漏らすリリーナを見て増々アレスフレイムは満足そうに頷いた。

「重さも丁度良いですし、大きさも大き過ぎなくて使いやすそう」


 …………色は?


 色について全く触れないリリーナにアレスフレイムは次第に眉をピクピクと揺れ始めた。

「すごい、注ぎ口を取り外せることも出来るのですね!」

 背後でノインまでもが嫌な予感を感じながら見守っている。

「このボディがまた良いですね」

「そうか!」

「ステンレス製ですよね。耐久性があって艷やかで、流石クリエットの領地で作られただけあります」

 ぶくくっ、と白薔薇姫は葉を花弁に押さえて吹き出しそうになるのをぐっと我慢している。

「なんと言っても一番素晴らしいのは」

「色か!?」

「柄の長さと角度です。程々に長くて角度も高すぎない。これを作られた職人はガーデニングをする人のことを良く考えているのが伝わってきます」

「色はどうなんだ!?」

 ついに耐えきれず自分から聞いてしまったアレスフレイムを見て、白薔薇姫とノインはそれぞれ違う意味で震えながらリリーナの反応に期待をしていた。

「色ですか? 良いと思いますよ、葉と同じ色なので庭にも良く合います」

「葉と同じ色だぁ!?」

 アレスフレイムにとってあまりにも残念過ぎる結末に、白薔薇姫はとうとう茎を仰け反りながら笑い声を上げてしまった。

「あ〜はっはっはっはっ!!! アレス、アレスくん、良かっ、良かったわね、喜んでもらえてっ」

「燃やすぞ、クソ薔薇!」

 ひ〜ひ〜と遠慮を見せずに笑われ、アレスフレイムはメラメラと怒りの炎を燃やし、青ざめたノインが再び背後からアレスフレイムを取り押さえ、赤薔薇のナイトが白薔薇姫の口を塞ごうとした。

「殿下、落ち着いてください!!」

「姫様、からかうのも大概になさってください!!」

 ナイトに顔は無いが、ノインと彼が目を合わすと、同時に「はぁ」とため息を吐き、お互い主に苦労をしているなと同情をしていた。

 リリーナは状況をいまいち把握出来ず、ぼーっと見物している。

「クソッ! いいかリリーナ、今晩図書館へ潜入するぞ。様子を見てカジュの葉で声をかける。わかったな!?」

「畏まりました」

「行くぞ、ノイン」

「ハッ」

 アレスフレイムが怒りながら薔薇の迷宮を出ようとした際、去り際にすれ違ったリリーナの頭を腹いせにぐしゃぐしゃに掻き回した。

「ちょっ! いつもやめてと言っているではありませんか!」

「フンッ。どうせあまり変わらん」

 むっとしながらリリーナはアレスフレイムの背中を見送り、白薔薇姫は今も尚腹を抱えるようにして笑い続けていた。

 リリーナはしゃがんでジョウロを箱に丁寧に戻し、唇を軽くきゅっと閉じ、ゆっくりと蓋を閉じた。頬をほんのりと赤く染めながら。




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