5−2
先にリリーナとアレスフレイムが二人で王城に戻ると、またしてもアレスフレイムは先に馬車から降りてリリーナをエスコートし、忽ち他の従業員たちの噂話が広がった。
アレスフレイム様と魔女が二人でお出かけになった。
英雄が魔女に魅了の魔法をかけられたんだ。
でなければ、女性にあんなに微笑むなんて有り得ない。
なんて恐ろしい魔女なのだろう。
「じゃあな、また体調崩しそうになったらすぐに俺のところに飛べよ」
「わかりました。殿下もお困り事がございましたらまた頼ってください」
「もうやめておく」
風が吹き、さらさらと木の葉が揺れて音を奏でる。リリーナは突然の戦力外通告に一瞬思考が止まった。
「…………どうしてです?」
漸く言葉が出るとアレスフレイムは真っ直ぐにリリーナを見つめ
「貴様をまた悪夢に陥れるわけにいかない。寝ていてわからないかもしれないが、異様な程魘されているんだ。ただでさえ2000年前の魔女が棲み着いていると聞くのに、リリーナの身体に莫大な負担を俺はかけたくない」
彼の心からの心配にリリーナは突き刺さる。
けれど、
「頼ってください。貴方がまた背負う物が大きくなるのでしょう。私は大丈夫ですから」
「俺のことは構うな。自分のことだけを心配しろ」
大丈夫だと伝えても断られてしまう。庭師の仕事だけでなく、アレスフレイムと行動を共にして国のために自分の力が生かされるのは、今まで半ば引き籠もり令嬢だったリリーナにとっては一気に世界広がった感覚があった。
それを急に体質のせいで奪われるのは嫌だ。
「何よ、自分は頼れって言うくせに」
王族に対してあるまじき言葉遣い、リリーナは拳を握りしめてアレスフレイムに睨みつけた。ライトグリーンの瞳が燃えるように輝く。
「俺は頼られても無傷だ、貴様は違うだろう」
「守ってくれるのでしょう、一生」
「なっ」
それはプロポーズに近い意味だ。決してリリーナを一生危険に合わせたいわけではない。
だが、リリーナはそんな淡い想いには全く気付いてもいないし、怯まずに続けた。
「今回みたいにどちらかに危機が訪れば植物たちが知らせてくれるわ。悪夢に魘されたら、彼らの知らせを聞いて貴方なら助けに来てくれると信じてる。たとえ悪夢を見なくても、私の中にはフローラは居続けるわ。あの夢は唯一フローラと向き合える場所なの」
「………」
リリーナの決意を真正面から受け止め、アレスフレイムは少し黙っていたが
「考えておく」
一言だけ返事をすると彼女に背を向けて王城へと姿を消してしまった。
リリーナは心細そうに彼の背中を目で追い、完全に見えなくなると裏庭へと一人歩いて行った。
「はあ………」
執務室に戻り、背凭れに寄りかかりながら椅子に腰掛けると、アレスフレイムは天井を見上げながらため息を漏らした。
彼女の言い分も解る。
もし仮に自分の中に未知の魔力の元の生物が宿っていたら、詳しく知りたいと思うのは当然。たとえそれが危険を伴ってもだ。
「だが、俺が本当に守りきれるのか………っ」
問題は彼女に宿る古の魔女、フローラが自分よりも桁違いに強い。その魔女が世界平和のために力を貸すのなら喜ばしいが、あのリリーナが激しく魘され、敬称をつけることを忘れる程取り乱して助けを求めるのだ……………。
魔女フローラを善と考えるのは避けた方が良い。
ゲルー大国への警戒、レジウムの移民対策の強化、大きな課題が幾つもある。しかも愚王に知られたら一巻の終わり。今まで数々の困難を彼女の魔力と知恵で解決出来たが、これ以上彼女に頼るべきではない。
平穏に庭師として植物たちを愛でる日々を暮らしてもらうべきなのではないだろうか。
コンコンコン。
突然、執務室に音がする。
扉ではなく窓から。
葉だ。以前リリーナが透視が出来ると戯言を言った時に窓から中を覗いていた葉と同じだ。
窓に近付き開けると、葉はくるりと回転しながら空を舞って中へ入ってきた。
「窓の近くに立ってくれ。姫様が話したいことがあるんだそうな」
体格の良さそうな男の声の葉に促され、アレスフレイムは3階の窓から中庭へと臨んだ。
「お疲れさま。無事に帰ってくれて良かったわ」
この声……………!?
リリーナを探している時に何処からともなくヒントを教えてくれたあの声! 植物だったのか。
しかし当の声の主らしき植物がどれかわからず、アレスフレイムは庭を右から左に眺めた。
「ふふっ、簡単には見つからないわよ」
「貴様は見えているのか」
「当然。人間とは作りが違うもの。それに私、姫だから」
「あ?」
急にアレスフレイムは声のトーンが落ちた。
「私はこの庭の姫よ! ひ・め! 会いたい? ねぇ、会ってみたい?」
苦手な部類の女だ、とアレスフレイムは窓から背を向けた。
「ちょ〜っと! まだ話の途中なのに失礼でしょ! アレスくん!」
「アレスくんだぁ〜?」
馴れ馴れしく呼ばれて苛々しながら再び庭へと顔を向けると
「私より貴方の方がずぅ〜っと年下だもの〜。私から見たらベイビーよ、ベイビーちゃん。アレスベイビーちゃんって呼んであげまちょーか♪」
アレスフレイムが窓を閉めようとした時
「リリーナターシャを守るために私達と手を組みましょう」
突如、一息で植物の姫君とやらが交渉を申し出た。アレスフレイムは窓に指を添えて、再び庭を眺める。
「私は何としてでもフローラから彼女を守りたい。それには人間の力が必要なのよ」
「魔女フローラはやはり敵なのか」
「私から見たらね」
どうも話が抽象的だ、具体的な話がしたい。そんな風に心で溢しているのを見抜いたのか
「中庭に薔薇の迷宮があるでしょ。都合のいい時にいらっしゃい。歓迎するわ。そこで詳しく教えてあげる。そうね、出来たらあの紫色でやたら片方が長い変な前髪のお供もご一緒に」
「貴様も大概失礼だな」
「だって〜名前忘れちゃったんだもの〜。あと、リリーナターシャにはバレないようによ! あの子が無理して単独で突っ走ったらいけないからと思って情報は制限しているの。彼女にも伝えていないことを貴方に託したい」
「わかった。ノインが後から戻り次第向かうとしよう」
「ふふっ、楽しみにしているわ〜」
秘密の約束を取り決めた。
ふうと息を漏らして窓を閉めようとした時
「ごめんな、出るからもうちょい開けといて」
まだ部屋に男の声のする葉が浮いていた。
「姫様はああ見えてすごいお方だ。ちょっとお転婆だけど、大地の中で2番目にお強い」
「は!?」
全世界で2番目に強い植物が庭に生えているだと!? 北西の草原で回復魔法が使えないリリーナをサポートしたあの葉も凄まじい力だと思っていたが……いや、あの葉が世界ナンバーワンなのか?
「あはは! めっちゃ顔に出てる! ヨモギ婆さんよりも姫様の方がうんと強い」
葉がげらげらと笑いながら揺れるとまたひゅるりと窓から外に出て、
「またな〜、アレスフレイム!」
目で追いつかない速さでどこかへ飛んで行った。
確かにあの薔薇の小屋みたいなのは異質な存在だとは思ってはいたが、とアレスフレイムは上から視線を向けた。
「それにしても、植物の奴等は自由過ぎないか」
ノインを必ず同行させようと固く心に誓ったのだった。




