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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
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5−1 植物たちと王子

 馬の蹄が軽快に聞こえる中、リリーナとアレスフレイムは向かい合って馬車に座っていた。

 相変わらずこの二人は馬車内だと口数が少ない。

 リリーナは暑いからとローブを外してかなり雑だが畳んで横に置き、二人共それぞれ窓の景色を眺めていた。


 あぁ、疲れたわ…………。


 聖水で回復をしても、痛ましい傷を見てそれなりに精神面での負担はあり、リリーナは慣れない治癒魔法を使った為に身体が休みを欲していた。

 心地良く揺れる穏やかな馬車道で、リリーナは次第にうとうととし始めた。


 外には大小の蝶が舞う。

 草花たちはリリーナたちの馬車が通り過ぎるのを無言でそっと見守る。

 ちょろちょろとどこかで小川の流れる音が微かに耳に届く。


 あぁ、木陰で一息つきたいわ……………。




 だが、辿り着いたのは茨で閉ざされた扉のある、あの薄暗くて無機質な空間。


 リリーナはハッとし、ゆっくりと扉の前に歩み寄り、


「フローラ」


 と静かに呼び掛けた。


 だが返事は無かった。


 もう一度呼ぶ。


「フローラ」


 それでも返事は無い。


 今は近くにいないのかしら。


 僅かに開いた扉の隙間からは、ボッボッと赤い光が前回よりも勢いを増しながら漏れていた。


「ねぇ、大丈夫?」


 美しい光だが不気味さも感じ、リリーナはフローラの安否が心配になってきた。


 だが次の瞬間、扉を縛る茨の棘がギギギギッと音を立てて伸びて鋭さを増し、まるで敵意剥き出しになった。思わずリリーナも一歩引いてしまう。


「大丈夫な訳が無い! ふざけないでよ。私の心配をするなんて何様なの? あなたなんて、あなたなんて………!!」


 怒りの余りにヒステリックな声ではあったが、どこかで泣きそうな声色も含んでいる。


「フローラ、私はあなたのことをもっと知りたいのよ」


 鋭さを増した茨の棘にそっとリリーナは手を触れると、その茨だけが一本消えていった。


 するとまた僅かにだが扉がさらに開かれ、赤い光はバチバチと鋭い音を弾かせ、正体を現したのだった。


 無数に飛ぶ熱い火の粉。


「フローラ!」

 増々扉の中に居るであろう彼女に必死にリリーナは彼女の名を呼ぶも

「あなたにはわからないわよ!」

 と僅かな扉の隙間から暴風を起こしてきたのだった。


魔法円盾(グライスシールド)っっ!!」


 勢い良く飛ぶ火の粉から身を護る為に防御魔法を唱えたが、いつもは使えるはずが魔法の盾は現れなかった。


 これが本当の私…………………。


 魔法が使えないリリーナは腕で顔を隠すも、荒々しい火の粉は容赦無く彼女の腕や額や髪など幾つもの火傷を負わせた。


 何も出来ない、魔法が使えなかったら、何も…………。


 ―――――大丈夫だ、大丈夫。


 誰もいないはずだが、リリーナの肩をしっかりと抱く感覚があった。


 きっとあの人だ。


「助けて。助けて! アレスフレイム!」


 無機質な空間で叫ぶと、蹄の音が次第にリズミカルに聞こえだしてきた。


「大丈夫か、また魘されていたぞ」


 馬車がゴツゴツと揺れ、川の水が流れる音が近い。

「今………橋を渡っているのかしら………」

 戻って来れた。そう安堵して呟くも、アレスフレイムは彼女が腕の中で弱々しくなっているように見え、

「ああ、そうだ。順調に城へ戻る途中だ」

 さらにしっかりと彼女の肩を抱き、自分の体へ引き寄せた。

 するとアレスフレイムはリリーナの額に溢れる程の汗を手で拭った。

「悪い、拭く物を持っていないからこれで我慢してくれ。魘されながら凄まじいくらいに汗を吹き出していた。喉は乾いていないか?」

 そうだ火傷!

 リリーナは慌てて腕を見たが、火傷の痕は全く無かった。


 怖い。


 自分の中に潜む正体が解ればあの空間も自身の変化からも恐怖が薄れると希望を抱いていた。

 だが、打ち砕かれた。

 あの空間では魔法が使えない。アレスフレイムが隣にいなかったらどうなっていたのだろうと思うとぞっとする。

「眠る度に悪夢を見るのか?」

「…………いいえ。強い魔法を使った後にだけです」

 アレスフレイムは彼女に頼ったことを後悔した。彼女の身を犠牲にするなんて最悪だ。歯を食いしばり、大きな手で彼女の額に今も尚残る汗を何度も拭っていく。

「………俺に助けを求めてくれたな」

「あ……」

 そうだ、あの時無我夢中に叫び声を上げた。確かその時……


 敬称を付けるのを忘れていた。


『助けて! アレスフレイム!』


「申し訳ございません。あの時は恐怖で敬称も付けることすら余裕が無くて」

「普段から付けなくて良い。寧ろ“アレス”で良い。俺も勝手にリリーナと愛称で呼んでいるから」

「アレスフレイム殿下」

「おい」

 こういうところは可愛げがないなと思いつつも、普段のリリーナに戻りつつあるのを見てアレスフレイムは内心ほっとしていた。


 そして、

「いつでも助けてやる。一生、俺がリリーナを守る」

 彼女の手の甲にそっと口吻をした。

 プロポーズとも取れる行為だったが、リリーナはきょとんとした顔で見つめ、素直に手を差し出したままでいる。

 彼女の返事は………

「一生は働きませんよ。ある程度の年齢になったら庭師を引退しますわ」

 全くアレスフレイムの気持ちを汲んでいたものではなかった。無論悪意も無い。

 アレスフレイムは腹立たしさと恥ずかしさで思い切りリリーナの頭をぐしゃぐしゃに搔き回した。

「ちょっと! これやめてください!」

「へーへー、申し訳ございませんね」

 もう! とアレスフレイムの手をぎゅっと握って止めると、アレスフレイムと目が合った。とても近い距離で。


「………いつでも頼れ。必ず助けに行くから」


 ほわっとした灯火のように、小さくも熱く、そして暖かさを含ませた彼の言葉にリリーナは唇をきゅっと結び、少し頷いた。


「私……………」


 ぽつり、心の内を呟く。


「うん」


 静かな相槌、そして力強く手を握る。


「まだわからないことが多いのです。私の中の事なのに。ただわかったのが、2000年前に生きたフローラと言う名の魔女が私の中に棲み着いているらしいのです」

「フローラ?」

 どこかで聞いたことのある名だ。アレスフレイムは記憶の糸を辿っていくと


『貴方にはフローラを守ってもらえるだけで私達は有り難いと思っているのよ』


 レジウム国との国境の山の頂上で聞こえた声に行き着いた。フローラなんか知る由もないと思っていたが、リリーナの中に潜むと知ればその言葉の意味を理解した。だが、彼が守ろうとするのはあくまでもリリーナではあるが。

「夢で恐らく彼女に会う時もあるのです……でも、強く拒絶をされる。その場所では私は魔法が使えなくて、彼女に立ち向かうことも出来なくて……」

「それで魘されていたのか」

 リリーナは頷く。

「彼女のことを図書館で調べてみようと探したのですが、2000年前に起きた彼女に関する戦争のことなど全く載っていなくて」

 アレスフレイムはどうするかと考えると、


「ノインが戻り次第、真夜中に図書館に潜入しよう」


 リリーナには全く予想もしていなかった提案を出したのだ。俯きがちだった彼女が顔を上げる。

「別件で俺も気になることがあるから行こうと思っていたところだ。王族と司書長しか開くことの出来ない書庫がある。国にとって隠したい過去が書かれた書物があればそこで眠っているはずだ。2000年も前のこととなれば古代文字を使われているだろうから、ノインに解読させれば読める」

 ここでも難しいことはノイン頼みなのだなと思うと、リリーナは軽く鼻から息を漏らした。

「あの時にさっさと殿下に相談をすれば良かった」

 ほっとしたように言うリリーナを見てアレスフレイム自身も緊張が解け、彼独特の嘲笑を浮かべた。

「ハッ、これを機に出来ないことは出来ないってさっさと俺に甘えてくることだな」

 リリーナは若干悔しそうに口を結ぶが、でも憎たらしい彼の笑顔を見て釣られて笑ってしまった。


 愛おしそうにアレスフレイムがリリーナの頭を丁寧に撫で下ろしたのだった。

 



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