4−5
「あ」
アレスフレイムたちが去った後、ノインはスティラフィリーの様態を看たり、マルスブルーの手に付いた血を水魔法で洗い落としたりしたが、ふと草原に置いてけぼりにされた紙袋が目に止まった。
アジュール本人に会えて浮足立って贈り物のことをお忘れになりましたね、殿下。
紙袋を取りに行くと紙袋はべこべこに凹んではいるものの、中の箱は美しいままだったためノインは安堵のため息を漏らした。その様子を見ていたマルスブルーが声をかける。
「ノイン、それ、どうしたの?」
「アレスフレイム様がご購入されまして……」
あーあ、アジュールに会えて浮かれて忘れたな。
中身は何かを伝えてはいないが、マルスブルーもオスカーもアレスフレイムからリリーナへの手土産であることは悟った。
「ふふ、アレスはアジュールにぞっこんだね」
そしてお似合いだった。
「ん………」
「スティラ…………!?」
ゆっくりとスティラフィリーの瞼が開く。美しい彼女の長い睫毛がまるで花弁のように。
「マルス………様」
笑みは無く儚げではあったが、開かれた瞳には生命力が宿っていた。
「スティラ! スティラ…………っ! 痛いところはない? 苦しくないかい? 怖かっただろう。もう大丈夫だからね。ベッドのあるところでゆっくり身体を休めよう。息苦しくないかい? 歩けそう? あ、ゆっくりで良いからね。ああ、スティラ……本当に目を覚ましてくれて良かった……ッ!」
喜びの余りにマルスブルーは口が止まらなかった。スティラフィリーの上半身を抱きかかえ、ゆっくりと起こしていく。
「マルス様はお怪我はございませんか」
「僕は大丈夫だよ! スティラが……スティラが守ってくれたから………!」
思わず泣きそうになると、スティラフィリーがそっとマルスブルーの頬に手を添えて、
「良かった……本当に良かった…………」
漸くうっすらと笑みを浮かべたのであった。
思っていた以上にスティラフィリーの精神面も落ち着いていると判断をしたノインは
「お目覚めしたばかりで申し訳ございませんが、早くこの場を去りましょう。今日は流石に追撃は来ないとは思いますが念の為。マルスブルー様とスティラフィリー様、そして私とオスカーで分かれて馬車で移動をしましょう」
やや緊張した顔付きで提案をすると、マルスブルーたちは拒むはずも無くすぐに北西の草原を去ったのであった。
「本当に痛みはないかい?」
「大丈夫ですわ、マルス様。本当に全く身体に違和感もありませんの」
「そうか、良かった……」
馬の蹄の音が聞こえる。北西の未開拓の地から市街地へ近付こうとしていく。
「本当にごめん。昨日から情けないことばかりして」
そんなことないですわ、と言いかけたがスティラフィリーはただ黙ってマルスブルーのその先の言葉を待った。
「僕、アレスに比べて魔法も弱いし、決断力もリーダーシップも無いし、僕が国王になっても誰も喜んでくれる人なんかいなくて、アレスが国王になれば良いのにって誰もが不満を抱くんじゃないかとずっと思ってて……」
そっとスティラは静かにマルスブルーの手の上に彼女の手を添えた。
「そしたら、スティラは本当はアレスと一緒に居たほうが幸せなんじゃないかって思えてきて……」
「マルス様………」
「でも………でも………僕は君の血を見てわかった。アレスが国王に即位しても、僕は彼の代わりにはなれない。国王が戦場に行くわけにもいかない」
「…………」
「僕は、情けないし」
「…………」
「僕は、力もないし」
「…………」
「僕は、一人では何も出来ない」
だけど、
「僕がやるべきことは、王城で国を守ることなんだ」
陽が南天に上る。暑さも感じる程の日照に、道行く野花たちが陽の光を浴びようと大きく開いていく。
「今以上に政治を学ぶべきだし、国内情勢や異国のことも知識を肥やすべきなんだ。そして、そしていつか、多くの人の言葉に耳を傾けて独裁ではなく皆で国を豊かにしていく国王で有りたい………!」
逆光を浴びて眩しいマルスブルーを見つめながらスティラフィリーは一筋の涙を輝かせた。
「いつまでも、隣で支えさせてください。王と言えども人間です。いつか間違えることもあるでしょう、落胆することもあるでしょう。どんな時でも私が必ずマルス様の味方で在り続けます」
穏やかな物腰だが彼女の芯の強さにマルスブルーはある言葉が頭に過ぎった。
本当は夜に星空を眺めながら言うべきかもしれない。二人の思い出の地でサプライズでも用意をすべきかもしれない。
でも、僕は今がいい。
「スティラフィリー・クリエット、僕と結婚をしてください」
スティラフィリーはずっと何年も待ち焦がれていた言葉を彼の口から聞き、思わず唇が震え、目頭が見る見ると熱くなっていく。
「はい………! 喜んで、末永くお願いします」
肩まで震え、少し俯いて涙を拭うスティラフィリーを優しくそして強く抱きながら、マルスブルーは唇を重ねた。そしてそっと離し、
「たくさん待たせてごめん。絶対に僕が君を幸せにするから」
そう言うと再び唇を重ねた。
スティラフィリーは彼の大きな背中を両手で抱き、そっと撫でていった。この日の瞬間を永遠に忘れまいと。