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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
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1−4

 華やかでもあり儚き春を象徴する木花が散る頃、花の合間に青々とした新緑が艷やかに顔を出した。


 花屋で王城庭師のホックに出会ってから数週間が経ち、いよいよリリーナがロズウェル家を旅立つ日が訪れた。

「リリーお姉様ぁぁぁぁあぁ、今日は絶対に笑顔で見送ろうと思ってたんですよぉぉぉお」

 もちろん大号泣するは妹のカロリーナ。リリーナの白いシャツにしがみつき、わんわんと周りの目を全く気にせず泣き声を上げている。おかげでロズウェル夫妻は自分たちがあまり悲観的にならず、カロリーナを落ち着かせようと皆でぽんぽんと頭を撫でている。

「生活に慣れてきたら休みの日には帰るようにするから。家のことをよろしくお願いよ」

「わかったぁぁあぁ〜〜」

 すっかり鼻を真っ赤にして鼻水まで垂らしている淑女らしからぬ妹に姉のリリーナは精一杯抱き締めた。そして、腰まで長くサラサラと美しい髪を靡かせた母クレアフィルが腕を広げ、二人まとめて包み込む。

「どこにいても、あなたたちは大切な娘よ。離れていても家族。どんなときもあなたの味方よ」

 クレアフィルはリリーナの雑に髪が結ばれている頭に頬を擦り寄せ、カロリーナのふわっとした柔らかい髪を撫でた。

 すっとクレアフィルは身体を離すと

「行ってらっしゃい」

 目頭に涙を堪えながら力強くリリーナを見つめた。

 父レイトスは無言で玄関扉の先の馬車へと歩み出した。

「行ってきます」

 リリーナもまた母をじっと見つめて返すと、潔く背中を向け父の後を追いかけた。

 ふと立ち止まり、庭へ身体を向け

「行ってきます…………!」

 植物たちにも別れを告げた。

 今日は雲ひとつ無い晴天、太陽の光を十分過ぎるほど浴びている草花たちは満面の笑みでエールを贈ってるかのように輝かしく揺れていた。


 父たちに庭師になることを告白した後、領地で畑仕事をしているアジュール夫妻にも会ってアジュールの名を借りることをお願いしたら「偽りでもお嬢様の両親になれるなんてこんな光栄なことはありません。他言無用でお引き受け致します…!」と快諾をしてくれた。

 教会にも野菜を届ける頻度が落ちてしまうことだけ伝えると、「十分過ぎるくらいに私どもはリリーナターシャ様から恩恵を受けました。あなたの奇跡の野菜は腐ることをまるで知りません。まだまだ蓄えはございます。どうかリリーナターシャ様の幸いを祈っております」とシスターは祈りを捧げてくれた。

 ユズの木たちも「雨さえ降れば自生出来るんだから、こっちのことは気にしないで向こうで精一杯頑張ってよ。しばらく聖水を飲めないから根に蓄えておいてあるしさ」とリリーナの背中を力いっぱい押してくれた。

 編み上げのブーツの踵が軽快に石畳をコツコツと鳴らす。前を向いてリリーナは出発をした、父が短期間で特注してくれたつなぎと同じ黒の革のブーツで歩みながら。


 ロズウェル家の屋敷から王城までは歩きで約2時間、馬車なら1時間もかからずに到着する。

 派手な装飾を嫌う父は馬車もシンプルに漆黒の箱馬車で、中も深緑色の落ち着いた座面が向かい合って並んでいる。

 父娘は向かい合って座り、ぽつりぽつりと会話をした。

「ずいぶん荷物が少ないんだな」

「着替えと歯ブラシがあれば十分です」

「そうか…」

「………………」

「………………初めてか、リリーと二人きりで話すのは」

 ぎこちない空気の中、レイトスは腕を組んで穏やかな声色で話を切り出す。

「いいえ、カロが産まれてしばらく以来です」

「そんな昔のことを覚えているのか? カロが産まれたときは2歳だっただろう」

「お母様から昔聞いたので」

「そうか」

 咄嗟に嘘をついた。本当は部屋に飾っていた花から教えてもらったことがある。天真爛漫で社交的なカロに比べて私なんて愛されてないわ、と一時期投槍や考えに陥りやすい年齢だった頃、

「あなたのお父様はね、カロリーナが産まれたあと、どんなに仕事が山積みでも必ずあなたが眠るまで側にいてくれてたのよ。メイドたちに頼むこともせずにね。今だって愛されてると思うわ。あなたを遠くから見守る表情がいつも“お父さん”の顔をしているもの」

 と諭され、家に居ても良いかもしれない、という安心感を取り戻したことがある。

「あの………」

「…………なんだ…?」

 二人きりだから聞いておきたいこともある、けれど聞いても大丈夫なのだろうかという恐怖心もある。


『今だって愛されてると思うわ』


 軽く唾を飲み込んでから

「将来的にはロズウェル家はどう継ぐ考えですか…?」

 意外な質問にレイトスは珍しく目を丸くした。

「継ぎたいのか?」

「いえ、そうではなくて……私の知らないところでカロがその重役を担うよう任されてるのかと…」

 ふっと笑い

「なるようになれと思っている」

 あっけらかんと答えた。

「カロが婿を迎えようが嫁ぎに行こうがあの子の直感のままに歩めば良い。嫁に行ったなら領民のリーダー的存在に守り続けてもらうつもりさ。もちろん、リリーが継ぎたいなら喜んで受け渡そう」

 だけどおまえはそんなの御免被りたいだろう? と言わんばかりに面白そうに笑っている。それからゆっくりと少し前屈みになり、リリーナを近くから見つめ、

「リリー、おまえは自分の生き方にもっと自信を持ちなさい」

 リリーナはドクンっと胸が急に熱くなった。

 どこかで引き籠もり生活に後ろめたさがあった彼女は父親の言葉にはっとし、唇をきゅっと噛み締めて聞き続けた。

「庭で植物の世話をするリリーは子どもを愛し慈しむ母親のようだと思って見ていたよ。植物が病気になれば真剣な眼差しで対処し、何度も足を運んで様子を見たり、草花に語りかけながら水やりをしたり、嵐の前は念入りにシーツを覆って守ろうとする。リリーのしていることは命を守ることだ、素晴らしいことだよ。そしてそれを職とするのだから、誇りなさい」

 唇を僅かに開きリリーナは「はい…………っ!」と熱い吐息混じりの消えそうな声を振り絞って答えた。

 馬車が走るのが遅くなってきた、城下町に入った。

「そろそろか」

 窓の外に一瞬目をやるとレイトスは片膝を床に着き、愛娘を力強い腕で抱き締めた。

「いいかい、耐えられないほど理不尽な目にあったら戻ってきなさい。おまえの居場所は家にもあるんだからな、リリー」

 母の柔らかな包容と違い、父の腕や胸は硬く逞しささえも感じた。抱き返すことさえも忘れたリリーナは

「ありがとう、お父様…」

 と返事をするのが精一杯だった。


 父の腕が離れると、間もなくして王城へ続く門の前へ到着をした。

 馬車の中からリリーナは門を見上げ、決意を固めた様に靴紐をきつく縛り直した。

 靴紐を直すのを終えるのを確認するとレイトスが先に降り、門番の兵士たちに声をかけた。兵士たちは三大貴族の一人の当主の来城に「ハッ!」と姿勢を正した。後ろからリリーナも付いて行く。

「本日から王城庭師になる者を連れて参りました」

 家で聞く父の声よりも無機質な声色に感じた。何も反論もしにくくなるような、そんな声色。表情も決して不機嫌そうでは無いが、目も口も何もかも感情が読み取れない。


 “沈黙のロズウェル”、影で父がそう呼ばれているとカロリーナが以前話していたのをふと思い出した。


 兵士は背後にいたリリーナを見つけて一瞬「女だ」と鼻の下を伸ばそうとするも、この国ではあり得ない女性のつなぎのズボンという奇妙な姿にぎょっとするが、三大貴族当主の手前、失礼な態度を取れずに黙って門戸を開いた。

 巨大な門戸はぎしぎしときしむ音をさせながらゆっくりと兵士たちの腕力によって開門されていく。


 王城へ続く道が開かれた。


「さぁ、行きなさい」と促すかのようにレイトスはリリーナに振り返った。

 洋服と歯磨きしか入っていないバッグの肩紐を掛け直し、リリーナはレイトスの横を通り過ぎ、一歩また一歩と振り返ることなく煉瓦畳の道を真っ直ぐ歩いた。

 中に居た他のメイドや従業員、見回りの兵士たちも奇抜な服装のリリーナに侵入者かと一瞬疑ったり、嘲笑いたそうにするも、いつまでも彼女の背中を見守るレイトスの存在感をすぐに察し、客人に挨拶をするかの様に慌てて頭を下げていく。

 彼女の姿が見えなくなるまで名家の当主はその場から離れず目に焼き付くしていた。


「あの沈黙のロズウェルのお気に入りなのかしらね…」


 ひそひそとメイドたちは噂話をし、あっという間に城内に広まった。それでは新人イビリなどは迂闊に出来ない、悔しそうにするメイドも中にはいた。


「ホックさんはどこかしら」

 歩きながら呟くと

「中庭の方にいるはずだけど……」

 と遠慮がちに足元の芝たちが返事をしてくれた。

「ありがとう。中庭ね」

 その中庭がどこかしらとも思いながらも、リリーナは胸を張って前を見ながら歩みを止めなかった。


「ねぇねぇ、今のヒト、僕達の声、聞こえたのかな…!?」

 こんな噂話も風に乗ってあっという間に城内に広まった。


 さあ、リリーナターシャ、庭師としての人生の幕開けです。




ご覧いただきありがとうございます。

こ感想、叱咤激励、どんなに短くても長くてもいただけると嬉しいです。

いよいよ次から庭師生活編です!

待ちに待ってました!(私が)

では、また。

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