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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
49/198

4−3

 貴族の娘として平穏な暮らしをしていたリリーナは、初めて人が矢で背中を刺されて衣服が血で染まる現状を見て流石に血の気が引いた。

「まさか、これを治せと……………!?」

 何故自分がアレスフレイムに呼ばれたのか瞬時に察し、彼女にしては珍しく動揺を顕にした。

「私は医者でも薬師でも無いのですよ!」

「わかってる!! それでも貴様に頼ることしか浮かばなかった!」

 自分の魔力が人並み以上の自覚は有る。けれどもリリーナは昨日自身の擦り傷を癒そうと唱えた光魔法が失敗し、目の前の致命的な傷を治せる自信など微塵にも無かった。

「城に連れて行く時間も無い。この事が知られればゲルーとの戦争が間もなく起きる。それだけは避けたい」

 

 戦争……………。

 アレスフレイムが真剣に且つ冷静に事態終息を願う理由を述べたのを聞き、リリーナも彼と同じく冷静さを保とうと息を吐いた。

 そして息を吸い、

「私は昨日傷を治す魔法を失敗しました」

「っ…………そうか……」

 リリーナが打ち明け、アレスフレイムは最後の頼みの綱が切れ絶望的な顔を滲み出していた。

「ですから、他の方法を一緒に考えて欲しい。光魔法以外なら使えるはずなので」

「植物にフォローをしてもらうのは?」

 そう提案をしたのはスティラフィリーの脈を確認したりと処置を続けているノイン。

「私は転移魔法をまだ習得をしておりませんが、街の中心の広場にあるイチョウの大木に恐らく声をかけられ、魔法をフォローをすると言って本来未習得の転移魔法でここまで来れた次第です」

「植物が魔法を使えるということか!?」

 アレスフレイムも驚き、リリーナも昨日白薔薇姫に治癒魔法を施してもらったことを思い出した。


「この草原の主は…………」

 やるべきことは唯一つ、草原の主を探すこと。

 リリーナは辺りを見回したか膝丈ぐらいの草が波打っているだけで他は何も見当たらなかった。

 そして、草の空気を深く吸い上げ、

「挨拶が遅れまして大変申し訳ございません。私はリリーナターシャ・アジュールと申します。どうかこの人間の命を助けてはいただけないでしょうか。世界の大地を守るために。お願い致します!」

 辺り一帯に声を響き渡らせ深くお辞儀をすると


「こちらへいらっしゃい」


 さらに草原を進んだ方から老婆のようなしわがれた声が聞こえてきた。

 リリーナは急いで声の主の方へ走り出すと、アレスフレイムも次いで走り、ノインもスティラフィリーを丁寧に寝かすと後から付いてきた。

 彼らはもはやリリーナの動きに付いただけではない。彼ら自身も声の方へと足を向けたのだった。

 先に着いたリリーナは膝を付いて草を掻き分け、まるで草にひっそりと守られて身を潜めていた草原の主の姿を見つけた。


 ヨモギの葉。


 見つけた瞬間、リリーナは「助かるかもしれない」と希望が見え、目に輝きが宿った。

 主の葉は艷やかに青々と茂り、葉の裏の白い綿もふわふわと柔らかでありながら少し発光をしていた。


「リリーナ、あんたのことは知っていたよ。会えて嬉しいよ。さ、あたしの葉を抜きな。止血はあたしの得意分野さ」

「ありがとうございます。頂戴します」

 リリーナはヨモギが上に向けた葉を一枚抜き取り、立ち上がった。

「誰か矢を抜いていただけますか。その瞬間に葉を被せて魔法を唱えたいと思います」

 アレスフレイムは頷き、

「俺がやろう。一気に抜いた方が臓器に傷がつかない」

 ノインも声を上げ、

「私は魔法円盾で魔力が漏れるのを防ぎます」

 三人は目を合わせて頷き、それぞれ持ち場に着くと、


「僕も魔法円盾に加わる」


 羽交い締めにされていたマルスブルーがそう言い、立ち上がった。

「まだ状況は全て理解してないけど、アジュールがスティラを治す強大な魔法を唱えるってことだよね。オスカー、君もお願い出来るかい」

「仰せのままに」

 オスカーも立ち上がり、ノインとは反対側に向かい、手を構えて準備をした。

 そしてマルスブルーはリリーナたちに近付き、

「スティラを助けて欲しい………!」

 涙で赤く染まった瞳をじっとリリーナに向けた。

「畏まりました」

 リリーナは、はぁっと息を吐いて葉を湿らせ、ヨモギを軽く揉んだ。

 そしてスティラフィリーの前にしゃがみ、深呼吸をして、

「アレスフレイム殿下、お願いします」

 視線を矢が突き刺さった一点を見つめ、集中した。

 すると茂みの中から

「あたしと自分を信じな、リリーナ。失敗なんか恐れるんじゃないよ。成功することだけを考えるのさ」

 草原の主の激励に、リリーナ、アレスフレイム、ノインが頷いて応えた。

「ノイン! マルス! オスカー! 三人で抑えるからといって油断をするな。全力で唱えろ!」

 アレスフレイムは大声で三人に指示を出した後、スティラフィリーを挟んでリリーナの向かい側に膝を付き、彼女の背中を軽く抑えながら矢の根本を握った。


魔法円盾(グライスシールド)!!!」


 アレスフレイムの号令を皮切りに三人が両腕を前に構えながら魔法を唱え、草原が透明な魔法の盾に包まれた。

「抜くぞ」

 アレスフレイムがリリーナにしか聞こえない程の声で伝えると、臓器を傷つけぬ様、矢を真っ直ぐに躊躇いなく抜いた。ドクンドクンと血が溢れてきたが、直ぐにリリーナが深い傷にヨモギの葉を押し当て、彼女の手が鮮血に染まる。


 だが、リリーナは冷静にスティラフィリーの傷が塞ぐことだけをイメージし、


葉ノ治癒(フィロ・セラピー)!」


 と唱えると、ヨモギの葉の裏の白い綿が忽ちぼぉわっ! とスティラフィリーの傷口に広がり、草原の海が黄金色に輝いた。

「ッ………くッ!」

 初めてリリーナの魔力を肌で感じたマルスブルーとオスカーはその圧倒的な巨大さに少し体勢が崩れかけたが、なんとか持ち直す。

 

 しかし不慣れな上に難易度の高い治癒魔法にリリーナの腕がピリッとした痺れを感じ始めた。

「つっ………!」


 持て、持ち堪えて………っ!


 左手で傷口を抑えている右手の手首を掴んで支えていると


「大丈夫だ」

 

 リリーナの背後に回ったアレスフレイムが彼女の肩と手首をしっかりとした手で支えた。優しさを含ませた声と共に。


 やがてリリーナの手の下のヨモギの葉から黄金色の光の筋が放たれ、スティラフィリーの身体全体を光で包み込んでいく。

 シュワァァァと箒星が力強く流れる様な音が響いてくると、スティラフィリーの残酷な深い傷が塞がり始め、透明感のある彼女の肌が再生し始めた。


 魔法円盾で包まれた空間はリリーナの手元から放たれる黄金色の光で満ち溢れた。

 まるで太陽の光に(くる)まれたかのように。


 しばらくしてスティラフィリーの傷が完全に癒えると

「一丁上がりだよ」

 草原の主の知らせと共に、徐々に黄金色の光が薄れ、リリーナの手にあったヨモギの葉は風に流れるかのように消えていった。

 アレスフレイムがリリーナを支え続けながらスティラフィリーの首筋に指を添え、脈を確認すると

「生きてる。良くやった………!」

 リリーナの肩をより一層力強く掴んだ。

「スティラ!!!」

 マルスブルーが走ってスティラフィリーに近付くと、

「安心しろ。まだ眠っているだけだ」

 アレスフレイムが落ち着いた声色で声をかけると、マルスブルーは先程の彼女の血がまだ付着したままの手でスティラフィリーの手を握ると

「暖かい…………良かった……スティラ……! アジュール、アレス、ありがとう。本当に、ありがとう………!」

 肩を震わせて涙を握った手に溢れ落としていた。

 だがしかし、アレスフレイムがほっとしていると、支えていたリリーナの肩がぐったりと崩れていった。

「リリーナ! ノイン、聖水はあるか!?」

「ございます!」

 ノインも身体を休ませたい程疲弊をしていたが、汗を拭う暇も無く、アレスフレイムたちの元へと駆け寄り、腰に控えていた小さな水筒をベルトから外し、急いでアレスフレイムに手渡した。

「少し休めば………大丈夫です…………」

 リリーナはなんとか絞り出して心配は不要だと伝え、アレスフレイムの耳にも勿論届いたが、構わずに彼女の茶色のローブのフードをそっと外し、水筒の蓋を取って聖水を口に含ませると全く躊躇せずに彼女の口に移した。

「ん…………っ」

 コクンとリリーナがすぐに聖水を飲んだが、それでもアレスフレイムは唇を離さなかった。肩をぐっと掴んで抱き寄せ、僅かに唇を開いてもまた彼女の唇と密着をしていく。


 先日図書館で差し出しても拒まれて虚しさだけが残った手は今、彼女を離さず掴んでいる。机に挟まれ距離を感じたが今、自分の腕の中に居る。


「んん……………っ」

 無自覚に漏らす彼女の甘い吐息に増々身体が熱くなり、ついには彼女の背中と腰をを両腕で抱き締め、幾度も唇を重ねていく。


 やがて彼女の身体も………………


「殿下! 少し休めば大丈夫と申したではありませんか!」


 聖水の力で回復し、唇を離れた。

「聖水は私ではなくスティラフィリー様に飲ませてあげるべきです。前回みたいに気を失う程力を使いませんわ。そこまで学習能力が無いわけではございません」

 怒るところそこかよ!? と先程まで目のやり場に困るような光景を見ていたノインたちが心の中でツッコミを入れた。

「へーへー申し訳ございませんでした」

 アレスフレイムは全く悪びれずにリリーナの雑に結ばれた頭をくしゃくしゃと撫でた。

「ちょっと! ぐしゃぐしゃになってしまいます」

「あまり変わらないだろ」

「変わります」


 じゃれ合いながらもアレスフレイムの片手はまだリリーナの腰を離れずにいた。離れたくないと言わんばかりに。




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