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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
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4−1 北西の地

 久々にアレスフレイムの目の下に隈が宿った。アレスフレイムだけでなくノインにも。


「おはよう。二人共どうしたの? 眠れなかった? 夜中抜け出して遊んでたの?」


 お前等のために寝ずに護衛をしていたんだよ、とアレスフレイムは舌打ちをし、ノインはやつれた顔で苦笑をした。

 クリエット家の朝食は食器一つ一つが細工が細かく、華やかな食卓だった。流石ものづくりに栄えた地の当主であることを物語っている。

 アレスフレイムとマルスブルー、クリエット当主と妻、そしてスティラフィリーとで爽やかな朝日に恵まれる中、食卓を囲んだ。彼らの側近のノイン、オスカー、レベッカは壁際に控えている。

「皆様のお口に合えばよろしいのですが」

 クリエット当主がそう言うと

「とても美味しいです!」

 とマルスブルーは笑顔で答え、クリエット側の人たちはほっとしていた。


 またアイツの朝食が食べたい。


 リリーナとノインと三人で食べた朝食をアレスフレイムは懐かしんでいた。リリーナが支度してくれ、三人で他愛も無い話しをして、食後は協力して片付けて。王族らしからぬ時間だっただからか、何気ない日常が酷く恋しくなる時がある。あの朝食とあの空気をもう一度、味わえられたら……。


「ねぇアレス!」

「え………あ?」

「どうしたのぼーっとして。アレスが上の空になるなんて初めて見た」

 兄の呼び声など耳がシャッターを閉めていたらしく、何度か呼ばれていたかもしれないが全く届いていなかった。なのにマルスブルーに強く呼ばれてアレスフレイムはやや不機嫌になっていく。

「悪いな。考え事ぐらい俺だってする」

「えー!? 考え事!? 何々?」

「何だって良いだろう」

「もしかして今日何を買おうか考えてたの!?」

「は?」

 斜め上の推理にノインは壁際から“絶対に有りえません”と冷や冷やしながら見守っていた。

「この後の買い物のことだよ。ここまで来たらクリエット領地で作られた物をせっかくだから街に出て買いに行かなきゃ損だよ」

「お心遣いありがとうございます。最近のおすすめはですね……」

 マルスブルーとクリエット夫妻とで話を弾ませている傍ら、アレスフレイムは、街中ならデカい竜を飛ばすのは不利になるから護衛はそんなに神経を尖らせなくても大丈夫か、とコーヒーを啜った。内心聖水を欲しながら。




「この髪飾りなんて君に良く似合いそうだね」

「ありがとうございますっ」

「このワンピースも良く似合いそうだ。美しい君がさらに美しくなるね」

「そんなっ、照れますわ」

「ふふっ、口の端にクリームが付いているよ」

「きゃっ、恥ずかしいです………」

「…………………」

 アレスフレイム、生き地獄真っ只中。

 マルスブルーに一緒に行こうと誘われ、王族の彼らとスティラフィリーがお忍び用に簡易的な服装に着替え、オスカーとノインは少し離れた所から後を付けていた。

 現在、喫茶店のテラス席でクレープを食べたスティラフィリーの口の端付いたクリームをマルスブルーが指で掬い、舐めている模様。顔を真っ赤にして恥ずかしがるスティラフィリーをマルスブルーが微笑みながら見つめている。

 こいつらはよくもまぁ目の前でイチャつけるもんだな、と呆れアレスフレイムは黙って苦行に耐えていた。


 すると、彼の目にある物が飛び込んだ。


「悪い、ちょっと買い物をしてくる。すぐに戻る」

 急ぎ足で席を離れる彼の背中を見て、

「あーあ、僕たちと一緒に居たくないってだけだよね」

「そうでしょうか。急にアレスフレイム様の目の色が変わったので、目星のものを見つけられたのかもしれないですよ」

「…………………」

 

 まただ。またスティラが僕よりもアレスの味方をした。


 マルスブルーが明らかに悄気げて俯き、スティラフィリーは慌てた様子で彼の顔を覗き込んだ。


「マルス様………………実は…………」




 アレスフレイムが急に単独行動をし、ノインはオスカーとは離れ、自分の主の元へと急いだ。

 行き着いた場所は園芸品店。

 王城の庭で開かれたマルスブルーの誕生祭でも使われた鉢植えや花瓶等、職人芸が織り成す素晴らしい名品が並んでいた。

「急にどうなさったのですか」

 ノインが声をかけるとアレスフレイムは店の外に置いてあったあるモノを手に取り、

「アイツへの手土産だ」

 ノインは、まさか本当に買い物をなさるとは、と驚愕をした。

 そしてアレスフレイムは商品を手に取って店内に入り、男の店主を見つけると

「これを頼む。贈り物用にしてくれないか。金ならいくらでも構わん」

 単なる庶民に変装をしているが、堂々たる注文に店主もノインもたじろいだ。

 奥から店主の妻らしき女性がやってきて、

「まぁまぁ贈り物ですか。女性用にしましょうか、それとも一般的な贈答用にしましょうか」

「………女性用で頼む」

 少し恥じらいを滲ませるアレスフレイムの珍しい姿にノインはひっそりと面白そうにガン見した。

 作業台に贈り物が置かれ、クリーム色の落ち着いた色味の箱に詰められ、ラメ入りのキラキラとした紙で隙間を詰めて閉じられると、花柄の包装紙で丁寧に包まれた。

「園芸がお好きな方なんですか?」

「好き過ぎるくらいだ」

「ふふっ、でしたら喜ばれると思いますよ。良いのは見た目だけでなく、実用性も兼ね揃えていますから」

「そうか…………」

「本当にお相手のことを想われているのですね。宝飾品を選ぶよりも、お相手の生活と心が豊かになることを願っているのが感じられるわ」

「まぁ…………まだ俺の一方通行だが」

「ブッ!!」

 思わずノインは堪えきれず吹き出してしまい、アレスフレイムにギロリと睨まれる。

「まぁそうですか。これから実られるのですね」

「だと良いが…」

「コレを使う度にあなたを思い出すのよ。たとえ芽吹くのに時間がかかろうとも、実らないはずがないわ」

 誇らしげに商品を包み、真っ直ぐな瞳で活を入れられた。

 昨日リリーナに素っ気ない態度を取られ、どこかでまだ引きずっていたが、アレスフレイムは再び想いの灯火に力が漲る。

「箱を結ぶリボンは何色が良いかしら?」

「コレと同じ色で」

「だと思った。丁度良いのがあるわよ。今までで1番綺麗に結んでみせるわ!」

 沢山のリボンテープが掛けられていて、その中から一本がしゅるしゅるっと引っ張られ、斜めに切られると、店の女性は少し前屈みになり、真剣にリボンを結んでいく。輪っかの大きさなど品よく見えるようにきめ細かく調整し、納得がいくと紐の端を鋏で切った。

「よしっ!」

 額の汗を拭いながら、

「これでいかがですか?」

 自信たっぷりにアレスフレイムに最終確認をした。断られるとは微塵にも思わずに。

「上等だ。見た瞬間ほぅと息を漏らすだろう」

「あら、そう言ってもらえて嬉しい。久々に腕が鳴ったわ。お会計はこちらね」

 伝票を切って手渡すと、アレスフレイムは少し多目に払い、

「残りは気持ちだ。受け取って欲しい」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて頂戴します」

 紙袋に入れられた彼女への贈り物を丁寧に受け取った。


 光沢のあるライトグリーンのリボンで包まれた贈り物を。




「悪い、預かってくれ。マルスに何か詮索をされると面倒だ」

「畏まりました」

 折り目一つ付けたら処刑物だという面持ちでノインは紙袋を受け取った。

「あの甘ったるい空気に戻るのは吐き気がするが、仕方がない……………」

 園芸店からすぐ近くにあるあの喫茶店のテラス席にはマルスブルーたちの姿が無かった。

 それまで穏やかな買い物とは打って変わって、二人は忽ち血相を変えていく。

「まだ呑気に食ってると思っていたが、どこに行った!?」

 ノインは走って辺りを探し、アレスフレイムも走りながら兄弟間で使える魔法の精神感応(テレパシー)を使って話しかけることにした。


「おい、マルス! どこに居るんだ!?」

「うわっ!? アレス!? アレスから精神感応(テレパシー)を使うなんて初めてじゃない!?」


 マルスブルーの魔力を察知する。街中には居ない。もっと遠くだ。感覚を研ぎ澄ませ、精神感応(テレパシー)の発信元を探らなくては。


「どこに居ると聞いているんだ!」

「別にどこだって良いだろう。後でちゃんと戻るよ」

「…………北西の草原か…!?」

「え、何でわかったの!?」

「後で説明するから、今すぐに戻って来い!」

「………アレスに指図なんてされたくないよ」

「おいマルス!」

「…………………」

 竜が攻めてくるかもしれないなどと街中で叫ぶことなど出来ず、

「ノイン!!」

 とアレスフレイムは声を張り上げて呼ぶと、ノインも忽ち疾風の如く駆けつけて戻って来た。

「あの馬鹿が北西の草原へ行った! 俺は転移魔法ですぐに飛ぶ。お前も向かってくれ!」

「畏まりました!」

転移魔法(テレポート)!!」

 人目も気にせずアレスフレイムは唱えると足元に魔法陣が浮かび、一瞬で姿を消した。何事かと人々がざわめき始めるが、ノインも構ってなど居られず、

「私は王城騎士です! 誰か馬を貸してはいただけないだろうか!」

 叫んで懇願するも誰も名乗りを挙げず、

「くそっ……!」

 潔く全速力で商店が並ぶ街を駆け抜けて行くのだった。すっかり紙袋が折れたり凹んだりしているが、そこまで気が回るはずも無い。

「俺も……転移魔法を習得していれば………っ!!」


 間もなく街の中心地の広場を通り過ぎようとしたその時、

「今回は特別ですよ」

 母性に満ちた女性の声と共に、緑色の扇形の葉と薄い緑の房のような花がノインの上から舞い落ちる。

 思わずノインはその場に立ち止まり、頭上を見上げた。


 イチョウの大木。


「白薔薇姫様の命により、貴方を北西の草原へ導きましょう」


 まさか、この木の声か…………っ!?


 ノインは何も言えずただただイチョウを見て驚愕をしていると、

「さぁ、転移魔法を唱えてごらんなさい。私がフォローをしますよ」

 穏やかに促され、

転移魔法(テレポート)………っ!」

 半信半疑でノインが唱えると、ノインの足元に落ちた春の緑の扇形の葉は黄金色に輝き、葉を中心に魔法陣が浮かぶとノインはその場から姿が消えたのであった。 




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