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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
42/198

2−2

 クリエット邸に到着をすると、当主と妻、そしてすべての従業員が外で出迎えた。

 先に側近のオスカーたちが降りて自分たちの主が降りるのを控えている。


「……………」

 箱馬車の扉が開き、マルスブルーたちが降りるも彼らの表情は沈んでいた。

 単なるいつもの兄弟喧嘩では無いと感じ取ったノインは真っ先にアレスフレイムに近付き、

「お加減はいかがでしょうか」

 と小声で声をかけた。

「疲れた」

 軽く返事をするとマルスブルーの背後でクリエット夫妻に頭を下げた。

「マルスブルー王太子殿下、アレスフレイム殿下、オスカー様にノイン様、ようこそお越しくださいました。長旅でお疲れでしょう。まずはお部屋でお休みなさってください」

 クリエットはにこやかに彼らを出迎えた。マルスブルーたちは彼らの善意に甘えて、各自用意された部屋へと入った。


 ロナール国には三大貴族がある。

 南東を治めるロズウェル。別名、沈黙のロズウェル。

 北東を治めるジーブル。別名、腰巾着のジーブル。

 北西を治めるクリエット。別名、どっちつかずのクリエット。

 その他の土地は、他の地方貴族や国が治めている。三大貴族は地方貴族よりも遥かに土地も財産も持っているため、王族との繋がりも深い。

 ジーブルは別名の名の通り完全に戦争好きの国王派。クリエットは王に反発はしないがアレスフレイム派。そしてロズウェルは何を考えているのか不明だと見られている。もしロズウェルがどちらかの派閥に加われば忽ち内乱が起きそうであるが、国内の食料生産の力を担っているロズウェルが余計な派閥を見せないが故に三大貴族のバランスが保たれている。

 そしてこのクリエットだが、当主も娘もいつもにこやかだが争い事を避けるが余りに本音を語らない。寡黙なロズウェルと違い、たとえ自分の意見とは違っていても平穏に事が過ぎる方へとこの家の物たちは選ぼうとする。


 大切な娘との将来を約束してくれないのかと強く出ることも出来ない。王族相手なら尚更であった。


「今日は朝から疲れるな。溜まった執務に、女共からの絡みに、バカ親父の愚策疑惑、バカ兄のバカ発言」

 アレスフレイムは用意された個室のソファーにドサッと背凭れに寄り掛かって腰掛けると、同室したノインに聞こえるように愚痴を溢した。

 いつもなら怒りの炎を燃やしながら当たってくるが、今回は本当に疲れていらっしゃる様子だな、とノインはアレスフレイムを気にかけ、

「事前に彼女に水を作っていただきましたが、飲まれますか?」

「くれ」

 隠し持っていた水筒を取り出し、ソファーの前のテーブルに置いた。水とは、聖水。リリーナの魔法でちゃちゃっと聖水を作ってもらい、荒れるフレイム対策にノインが準備をしていた物だ。

 本来ならカップに水筒から注ぐまでを側近のノインがやるべきだろう。だが、彼女の作った物を他の者の手を介入して飲みたくないと言うだろうと思い、ノインは水筒を置くだけに留まった。アレスフレイムは水筒の蓋を開けるとテーブルに置かれたティーカップに聖水を注ぎ、丁寧に口に運んだ。

「生き返る………」

 ほっとする主人の顔を見てノインも安堵をする。するとアレスフレイムはカップをテーブルに戻し、

「あいつが、リリーナが図書館で調べ物をしていた」

「調べ物?」

「歴史書を読んでいた。大量にな」

「歴史書…………過去の何を知りたかったのでしょうか」

「わからない。それとなく聞いたが断られた」

 ああ、それで普段の威勢も無いのか、とノインは感じ取り、

「今が話す時では無いと彼女なりの配慮なのでしょう」

 とフォローをすると

「ったく、後でも先でも変わらないだろうに」

 アレスフレイムは悪態をついた。




 各自休息を取ると、クリエット家のメイドに呼ばれ、ダイニングルームへと招かれた。

 クリエット家の領地は物作りが盛ん。天井に描かれた絵画も照明も、彫刻が施された大テーブルもどれもこれも職人技が散りばめられ見事であった。

 昼食を摂るも、マルスブルーとスティラフィリーは未だにぎくしゃくとしていた。

 中庭に出てティータイムの時も。ガーデンを散策する時も。


 やがて夜になった。


 マルスブルーの誕生祭という名の夜会がダンスホールで執り行われた。楽団が華やかさを演出し、近辺に住む貴族たちが集まり、マルスブルーを祝福した。

 だが、スティラフィリーと目を合わせて微笑んだりをしなかったし、相変わらず婚約の話も出そうとしない。


 これはチャンスかしら。


 年頃の娘たちは目の色を輝かせ、マルスブルーを一気に取り囲み、スティラフィリーと彼の距離を離した。

「……………っ」

 ここはスティラフィリーの家だと言うのに彼女も強気に出れずに彼の隣を容易く奪われてしまった。

 黙って見つめるもマルスブルーは目を合わせてもくれない。

 その様子を彼女の両親やメイドたちも心配そうに見ている。

 レベッカがしびれを切らし、

「マルスブルー様!」

 と声をかけようとするが、

「…………っ」

 スティラフィリーが黙ってレベッカの腕を掴んで止めて、首を横に振って何もしないでと命令した。

「ですが、お嬢様…っ!」

「良いの。主役はマルス様でいらっしゃるから」

 彼女は儚げに一人、バルコニーへと行った。

「お嬢様………っ」

「ごめんなさい、一人になりたいの」

 レベッカを退去させ、スティラフィリーは夜風を浴びる中、バルコニーの柵に手を添え、静かに肩を震わせた。

「っく………っ………っ…………」

 泣いている時でさえも、本音を漏らすこと無く、ただただ無言で孤独に悲しみに暮れようとしていた。


「何をしている、泣くぐらいなら戻れば良いだろう」


 背後から聞こえるのはアレスフレイムの声。スティラフィリーは今の顔を見せることが出来ず、振り向けずにいる。

「申し訳ございません………私は…もうマルス様の側に居る資格など無くなったのだと思います」

 チッ、面倒くせーな、と内心アレスフレイムは舌打ちをした。こっちは勝手に外に出られると万が一の時に手遅れになるかもしれないんだからさっさと大人しく中に戻れ、とも説教もしたかったが口から出すのを堪えた。

「ハッ、では他の男の元へ行くと良い。バカ兄よりも結婚の決意が早いと思うぞ」

「…………っ」

 スティラフィリーは胸が張り裂けそうな表情で振り向く。それでもアレスフレイムに反論などしなかった。

 ダンスホールから流れる音楽が変わり、アレスフレイムの背後に見える室内ではマルスブルーが他の女性と踊っている姿をスティラフィリーは見つけてしまい、さらに深い悲しみの傷を受けてしまった。

「マルス………様…………」

「あ?」

 アレスフレイムも振り向くと、中でマルスブルーが知らない女と踊っているのを見つけた。

「チッ、クソ兄が。行くぞ、スティラフィリー嬢」

「えっ……私は…」

「侍女や両親が心配してる」

「……………」

 アレスフレイムはスティラフィリーにズカズカと近寄り、力強く彼女の手首を掴み、ダンスホールへと引き返そうとした。彼女の可憐な髪とドレスが星空の下でふわっと美しく舞う。

「兄が不器用で悪かったな。俺の責任でも有る」

 アレスフレイムはスティラフィリーに背中を向けたまま謝罪の言葉をかけると、彼女はそれまでただ怒りっぽいと苦手の対象であった彼への印象が少しずつ変わろうとしていた。


 普段名家の令嬢として足音も立てないお淑やかな彼女だが、アレスフレイムに強引に手を引かれ、コツ、コ……ッと聞き慣れないリズムを静かな夜風に鳴らすのだった。



 

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