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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
41/198

2−1 クリエット家

 正門に馬車が2台用意された。

 乗車メンバーは、王太子のマルスブルー、恋人のスティラフィリー、側近のオスカー、侍女のレベッカ、そしてアレスフレイムとノイン。計6名である。

「じゃあ、僕とスティラで乗るから。あとはみんなで」

 マルスブルーが美しきスティラフィリーの腰に手を回し、先頭の馬車へエスコートをしたところ、


「俺もマルスと乗りたい」


 とアレスフレイムの申し出にノインを除いた全員が幻聴を疑った。

 何も返事をしないマルスブルーに苛立ち、

「先に乗るぞ」

 アレスフレイムは返事を待たずに馬車に乗り込んだ。

「えっえっ、アレス、どうしたの!? スティラ、アレスも一緒でも良い?」

「勿論ぜひご一緒したいですっ」

 明らかに表情は戸惑い社交辞令を言うスティラフィリーを見てアレスフレイムは反射的に眉間にしわを寄せた。


 俺なんて本音は貴様の屋敷に行くのだって時間の無駄だと思ってるんだがな。


 だが万が一、兄に何かがあれば一生後悔するだろう。


「ノインも一緒に乗るよね?」

「いえ、折角でございますのでご兄弟と未来の王太子妃様とごゆっくりご歓談くださいませ」

 “殿下が機嫌を損ねても私は対応致しません”と言わんばかりにノインは前髪で隠れていない瞳を輝かせた。逆にマルスブルーはアレスフレイム対応に頼れる存在が同席しないとなると、スティラフィリーをエスコートをしながら渋々と彼も乗るのであった。

 アレスフレイムとノインは各馬車の護衛を密かに担うのだった。


「アレスフレイム様は何が目的だ」


 ノインたちの馬車が出発した途端にマルスブルーの側近のオスカーが腕組みをして睨むようにノインに問いかけた。

「実のご兄弟でいらっしゃるのですよ。たまには政治を忘れて家族のご歓談をされるのは極自然なことではございませんか」

 ノインは涼しい顔で答える。だが、オスカーは納得出来ず

「不自然だ。アレスフレイム様ならマルスブルー様を避けるだろう」

「将来義理の姉になる方とも交えて親交を深めたかったのでしょう」

「まあ! 絶対そうだわ! スティラフィリーお嬢様を王室に招き入れることを見越してのご配慮よ!」

 ノインの横に座るスティラフィリーの侍女のレベッカは興奮した様子でノインの嘘を肯定している。

 長年恋人で婚約者ですらないのに、とオスカーだけでなくノインも呆れたがそれ以上何も言わなかった。

 このバカ女(レベッカ)が同席している以上、ノインは口を割る気が無いな、とオスカーもこれ以上の詮索は諦めたのだった。


「スティラの家に行くのも久し振りだね」

「左様でございますわねっ」

「今日のスティラの髪も香しい。今夜は僕も同じ香りに染まるのかな」

「まぁっ、マルス様っ……恥ずかしいですわっ」

 こっちが恥ずかしいわ!!!! と目の前でイチャつかれ、アレスフレイムは目のやり場に困り、ひたすら窓の外を見ていた。

 スティラフィリーのウェーブのかかったブラウンの髪を隣に座るマルスブルーが愛おしそうに指に絡める。


 あんな風に髪に触れたら、あいつはどんな反応をするのだろうか。

 目閉じて想像してみる。

『何か付いてましたか?』

 そうだ、前回同様色気ゼロの反応を見せるだろう。いや、想像の中は自由だ、もっと楽しもう。

 雑に結ばれたリリーナのライトグリーンの髪を解き、指に絡めて唇を付ける。

『アレスフレイム………様……っ…何を………』

 戸惑いながらも頬を赤く染めるリリーナの小さな顎を指で軽く上げると、そっと唇を重ねた。

『ん…………』

 唇を離すとトロンとした表情ですっかり赤く火照った彼女の顔が目の前にあった。

 そして…………

「マルス様……っ、アレスフレイム様がいらっしゃいますっ」

「疲れて寝ちゃったみたいだから大丈夫」

「でも……んっ……」

 ちゅ、ちゅぅと恥ずかしげもなくリップ音が狭い馬車に響き、目を閉じているだけのアレスフレイムの耳を否応無しに侵してくる。

 

 耐えろ耐えろ、すぐにでも降りたいが耐えろ。

 そうだ、自分は妄想をすれば良い。


「可愛いスティラ………」

「マルス様………ん……ふ……ぅっ」

 二人の甘い鼻息まで聞こえ、唇を重ねる音も水が弾くような僅かな激しさを増してきた。


 駄目だ! 生き地獄だ!!!!


「悪い、寝てはいない」

 赤い目を見開いてマルスブルーの目を見て呟くアレスフレイムに、二人は「あ」と恥ずかしそうに抱き合っていた腕を離すのであった。

「ごめん、てっきり寝たのかと思って」

「だとしても人前でするな。好きな女の甘美な声を他の男に聞かせたくないだろ」

 申し訳無さそうに謝るマルスブルーに対して、意外な言葉で窘められたことに二人は内心驚いていた。

 人前でするな、目障りだ、耳障りだ、汚らわしい、などと行動自体を否定するのかと思いきや……………。


「ねぇ、アレスはアジュールとどんな関係なの?」


 ド直球にマルスブルーが質問を投げた。


「雇用主と従業員の関係だ」

 しかし何をわかりきったことを聞いているんだコイツ、という顔でアレスフレイムは答えた。

「え、や、そうなんだけど、そうじゃなくて、アレスはアジュールのことが好きなの?」


「ああ、好きだ」


 あまりにも包み隠さず打ち明けるアレスフレイムにマルスブルーもスティラフィリーも一瞬彼に心を奪われた。

「なんだ、関係って男女って意味か。だとしたら俺の片想いだ」

「えっえっ、それって駄目でしょ!?」

「何故」

 急に機嫌が悪そうに睨むような瞳に変わった。

「だって身分が全然違うじゃないか! 向こうは領地で働く平民で、こっちは王族。婚約をしても国民に祝福されるはずがないじゃないか」

「好きでもない女と結婚をするつもりも無いし、結婚は国民のためにするものでも無いだろう。そもそも彼女とは結婚を考えていない」

「えー!? 遊び相手ってこと!?」

「殴るぞ」

「っ!?」

 小さな声ではあったが、低く本気の怒りの炎が灯した声色だった。思わずマルスブルーは顔面蒼白になり、びくっと黙ってしまった。


 気まずい沈黙が車内に流れる。


「あ、あの、私は良いと思いますよ、アレスフレイム様がリリーナターシャ…さんに想いを寄せること」


 沈黙を破ったのはおずおずとした様子のスティラフィリーだった。

 いつも恋人に全く意見を出すことも無く、ただ美しく微笑むだけの令嬢が初めてマルスブルーと反対意見を述べた。

「えっ、スティラは彼女が苦手なんじゃないの?」

「苦手ではありますが……彼女は賢いとは思いますし……」

「でもさ、賢さで身分はどうにもならないじゃない!?」

「そうですけど……」

 強くは無いがマルスブルーの意見に全面的に賛同をしない姿勢に彼は焦りばかりが募っていく。

「何で!? スティラまでアレスが正しいと思うの!?」

「そ、そんな…………つもりでは………」

 二人の言い合いを初めて見たな、とアレスフレイムは黙って見ていたが埒が明かないと思い、

「マルスはスティラフィリー嬢の身分を愛しているのか」

 と一言だけ静かに問いかけた。

「違うよ! そんなつもりじゃ……」

 マルスブルーは少し冷静さを取り戻すと、スティラフィリーが今にも泣きそうな顔になっていることに気が付いた。

「ごめん、ごめんね、スティラ。泣かないで。僕は……」


『婚約をしても国民に祝福されるはずがないじゃないか』

 世間体のために彼女と付き合ってるわけじゃないのに、


「僕は…………」


『えー!? 遊び相手ってこと!?』

 誠心誠意スティラが好きだ。でも、婚約をしないのは、結婚をしないのは…………スティラを遊び相手だなんて思っていない。


「僕は…………」


『でもさ、賢さで身分はどうにもならないじゃない!?』

 アレスがアジュールの内面に惹かれているのに、僕が否定をしたら、スティラが内面よりも身分で選ばれたのだと自信喪失してしまう…………。


「僕は…………」


『マルスはスティラフィリー嬢の身分を愛しているのか』

 アレスに頼らないと政治も出来なければ、スティラが傷ついたことにさえも気付けない。


「本当に浅はかだった。ごめんね、スティラ」


 僕は君を幸せにする自信が無い。




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