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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
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1−2

「何故だ………ッ! 何故俺があいつの恋人の家に同行しないといけないんだ!!」

 執務室にて朝から貧乏揺すりが耐えないのは、赤髪の第二王子アレスフレイム。

「マルスブルー様の実の弟君でいらっしゃるので………」

 片目が長い前髪で隠れ、唯一表に出ている瞳さえも胃が痛そうに輝きを失いつつあるのは、彼の側近である紫の髪のノイン。側近ではあるがアレスフレイムの代行として彼も椅子に腰掛けて執務に励んでいる。

 朝からこのやり取りが気付けば両手以上の数になる程時折繰り返されている。数を重ねる毎にノインの瞳は光を失いつつあった。


 事の発端は数週間前、赤髪のアレスフレイムの実兄であり王太子の青髪のマルスブルーが誕生祝いにと彼の恋人のスティラフィリーの家に招待をされ、何故かアレスフレイムにも同行する約束を一方的に取り決めたことから始まる。「俺は行きたくない」と言うアレスフレイムの拒否にも「ノインと一緒でも良いよ」と斜め上から笑顔で答えるマルスブルーの爽やかとんちんかんっぷりにアレスフレイムは怒りの余りに“荒れるフレイム”化することもしばしば。

 マルスブルーは魔力も弱ければ政もままならない。一方弟のアレスフレイムは魔力も強く剣術も一流、戦争では先陣を切って敵の大将の首を討つ。政も(ノインの献身的なサポートもあるが)決断力が有り、戦争から帰城すればたちまち執務をこなしていく。

 そのため、騎士や国民たちからは時期王を第二王子のアレスフレイムに期待する声が多い。

 

 だが、アレスフレイムは決して自分は王に成ってはならないと弁えている。


「何故だ………ッ! 何故俺があいつの恋人の家に」

「アレスフレイム様! あとの執務は私にお任せしていただき、ご出発前に空気を吸いに庭へ行かれたらいかがでしょうか」

 ノインは咄嗟に思い付き、主の言葉を遮ってまであることを提案した。庭へと促したのは、暗に王城庭師のリリーナターシャ・アジュールへ会いに行ったらどうだということ。

「庭か…………そうだな、外の空気を吸いに行ってくる。ノイン、あとは頼んだぞ」

「承知しました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 それまで不機嫌に貧乏揺すりをしていた主がすぐに立ち上がり、生き生きとした表情で執務室を出て行った。

 バタンと執務室の扉が閉まる音がすると、ノインは腕を上に伸ばして身体を伸ばし、

「ふぅ、平和だ」

 再びペンを走らせて執務に取り組んだ。荒れるフレイムの対応よりも大量の執務をこなす方が彼にとっては仕事が楽そうである。


 アレスフレイムが出てしばらくすると、扉をノックする音が聞こえた。

「アンティスです」

 と低めの声が聞こえ

「入ってください」

 ノインは姿勢を正して声の主を招き入れた。

「失礼します。殿下は…………?」

 入って来たのは騎士団の団長アンティス。ノインたちよりも歳は少し上で切れ長の目に鼻筋も通り、黒い艷やかな長い髪を後頭部に一つに結びサラサラと垂れ下げている。ちなみにリリーナよりも彼の方が髪を結うのが上手い。

「少し外の空気を吸いに行かれてます」

「お一人にして宜しいのですか?」

 キリッと鋭い視線でノインに問う。まぁ普通はそう考えますよね、とノインは内心思いながら

「心配には及びません。別の者が護衛してますので」

 自分よりも遥かに強大な魔力の持ち主の所へ行かせて平穏な空間を自分は手に入れましたと微笑んだ。

「そうか。レジウム国の偵察の件で殿下に伝言を頼んでも宜しいか?」

「構いません」

「早く実の成った畑の作物について少量ではあったがレジウム国に届けた。今後は国境の山の頂上に収穫物を置いて向こうの兵士が取りに来るのが良いのではないかと思う」

「そうですね。その方が向こうにこちらの出入りを知られにくい。殿下も同意すると思います」

「酒場で亡命者らしき者たちが集まって話しているのを聞いていたが、どうやらクリファス国がゲルー国に領空通過を許可したらしい」

「何だって!?」

 クリファス国はここロナール国の北西と接する隣国。領空通過は竜騎士の行き来を許可することを意味する。あっという間にノインの額から冷や汗が流れ落ちた。 

「大方ゲルー国に国王が脅されたのだろうが、どの国も脅しに呆気なく降参し兼ねない。せめて我が国の国境の結界を強化する必要があると思うが、セティー殿を王に悟られずに呼び寄せられるだろうか」

「アレスフレイム殿下に報告をします。判断は殿下に委ねよう。結論が決まり次第また呼ばせていただきます」

「承知した。では、失礼します」

 アンティスはくるりとノインに背を向けると結ばれた黒髪がシュルッと揺れ、執務室を出て行った。

「結界か…………」

 セティーに頼むよりも彼女に頼んだ方が得策ではないかと考えが過ぎる。駄目だ、仮にも彼女は単なる王城庭師、国境で莫大な魔力を使わせるのは彼女の存在を他国に知らされる可能性がある。

「俺ももっと鍛えなければ………」

 水属性の魔法を使うノインだが無属性魔法の上級魔法については幅広く使えずにいる。転移魔法もその一つでアレスフレイムとリリーナは使えるがノインは修得していない。

 竜騎士を率いるゲルー大国に我が国が狙われている可能性が高い、アレスフレイムや国を守るためにはさらなる高見を目指さなければ。心のどこかで戦火で先陣を切るアレスフレイム殿下を“サポートする”という甘い考えが正直あったかもしれない。アレスフレイム殿下と同等かそれ以上に自分の力を磨かなければならない…………ノインはペンを走らせながら覚悟の意欲を心の泉から湧き上がらせていた。

「執務が落ち着いたら図書館へ行くか」

 アレスフレイム不在の中、淡々と手早く執務をこなしていったのだった。室内にはペンが紙上を舞う音さえ良く聞こえる。




「チッ、ここにも居ないのか。あいつはどこに行ったんだ」

 一方アレスフレイムは外の空気を吸ってはいるが相変わらず苛ついている。最初にリリーナと初めて出会った裏庭へ回ったが、彼女の姿は無かった。広大な敷地を歩くのも面倒な為、転移魔法で中庭へと瞬間移動をしたがそれでも彼女の姿を見つけることが出来ずにいた。

「まぁ! アレスフレイム様! お一人でお庭を歩かれているんですか!?」

 すると城へ訪問に来た貴族の娘たちがアレスフレイムを見つけると小走りで寄って来た。

「ご一緒してもよろしいでしょうかっ!」

「ぜひ一緒に美しい花を見て回りたいですわ!」

 王族相手だろうが女達は怯むことなくアレスフレイムを取り囲む。三大貴族が婚約候補から外れるのなら、自分たちにも彼らの妃になるチャンスがあると信じているからだ。

 ただでさえリリーナを探している途中なのに目障りな女達に取り囲まれてアレスフレイムはさらに機嫌を悪化させていく。そしてノインが見れば一瞬で察するであろう程メラメラと怒りの炎のオーラを放つも、妃の座を一心不乱に狙う女達には彼の表情など全く構っていなかった。

「失せろ」

「何です? よく聞こえませんでしたわ」

「何度も言わせるな、失せろと言った。政治をする時間を削らせてまで拘束するつもりか」

「……………っっ!!」

 一斉に貴族の女たちは顔を青ざめ、そそくさと彼から離れた。女達に見向きもせずにアレスフレイムは歩き出し、他の花壇を当たってみることにした。

 だが、その場から離れると今度はまた別の貴族の娘たちに捕まり、全くオブラートに包まずに退散しろと命じると女達は離れて行く。そしてまた離れると………とその繰り返しだった。

 今日はやけに女どもからの声掛けが頻繁だ。

「クソッ、こういう時に限って魔法も使わずに大人しくしやがっているんだ、あいつは」

 苛立ちも最高潮に達しようとした時、ほんの少しだけ足元の土がひんやりとした。


「図書館に居るんじゃなーい?」


「図書館か! 盲点だった。間違いないな」

 アレスフレイムは納得してその足をすぐに図書館の方へと向けたが、一瞬にして立ち止まり、振り返った。

 すぐ後ろには誰も居ない。聞こえるのは朝の小鳥のさえずりと穏やかな風に乗って落ち葉が地面を滑る音、そして従業員や貴族の娘たちの低俗な噂話。

「気のせいか……………」

 再び前へ向き直すと、これ以上女に絡まれるのは御免と思い、無属性魔法の上級魔法である転移魔法(テレポート)を唱えて図書館の前までひとっ飛びした。




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