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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第二章 王子と恋人
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1−1 図書館にて

 庭師の朝は早い。


 朝日が昇るのとほぼ同刻に起床し、リリーナは白い襟付きのシャツに黒のつなぎに着替えた。


 それからライトグリーンの柔らかな肩より長い髪を雑に一つに結び、いや、束ねられなかった髪も横から無造作に垂れているが、しっかり目を覚まし、黒い編み上げのブーツの靴紐をキュッと結ぶと春の木花が散って新緑が青々と燃える庭へと出向いた。


 まずは王城の厨房の勝手口へ。

 朝が早いのは庭師だけではない。

「おはよ〜! リリー」

 中性的な顔立ちで長い金髪を結び、シェフのヴィックが食材を洗っている。ヴィックは身体は男ではあるが、心は女性。リリーナよりも一つ結びは完璧だ。

「パン、そこに置いといたわよ」

「ありがとう」

 毎朝ヴィックはリリーナの為に勝手口近くの小机にパンを用意することがすっかり朝の日課となっている。

 リリーナは表向きは三大貴族の領地の娘ということになっているが、本来は三大貴族の長女。自然と立ち歩く姿や所作は美しいのだが、如何せん合理主義な面もあり、実家では決して許されない“立ちながらパンを頬張る”ことも平然とやれてしまう。この国では女性は誰一人ズボンを履かないが、彼女は土いじりをするのに効率が良いからとつなぎ姿でいることを選び、稀有の目で見られても気にも留めない。

「ご馳走さま」

「はーい」

 食べ終わると今度はシンクに寸胴鍋を置いて水を調達する。そしてレードルを入れて一旦床に置き、勝手口を開いて足で扉を押さえながら鍋を持って早朝の裏庭へと足を運ぶ。


「おはようございます」

 無人の裏庭へ踏み込み、まずは礼をして挨拶を述べる。

 静かな朝の空気にサラサラと草たちが心地良い音を奏でながら揺れ、「おはよう、リリーナ」と口々に返事をする。

 そしてリリーナは裏庭の主の前に立ち、

「おはようございます、カブ」

 と美しく最敬礼をする。

 裏庭の主ことカブは白銀の巨大な切り株。もし人間なら威厳のあるシルバーの長髪の仙人のようであっただろう。リリーナと初めて会った時より腐ちてはいないが、それでも樹齢3000年以上の生きた証はやや荒れた木肌に出ざるを得ない。

「うむ」

 相変わらず言葉数は少ない。毎日の事となるとリリーナも慣れてきて、黙々と裏庭全体を歩き回り、病気の植物がいないか確認をすると寸胴鍋を持って

聖水生成(アスモス・ホイエン)

 と唱えると、一瞬鍋の水を輝かせた。そしてまたすぐに元の水の色に戻っていく。彼女が幼い頃から慣れ親しんだオリジナル上級魔法である。

 レードルで水を掬い淡々と水撒きを終え、城の天辺に向けて両手を翳すと

陽光転移(イリアコ・フォス)

 今度は城の頂上に当てられた陽の光が大きな長方形に切り取られ、その分が日陰だった裏庭へ落とされていった。

 彼女が魔法を唱えて水撒きや陽の光を移しても裏庭の主のカブはどっしりと構えて常に無言を貫いていた。リリーナも最初は嫌われているのかと慣れなかったが、毎日のことになるとこの沈黙にも何とも思わないようになっていった。


「おはよ〜! リリーナターシャ! あら今日も素敵な水撒きねぇ! うーん、聖水がとってもおいしいわぁ!」

 一方中庭の主はお転婆で口数も多い、白薔薇姫。小屋程の大きさの茨で出来た薔薇の迷宮の中で君臨し、葉も茎も棘もそして花も真っ白く光る一輪の薔薇で、人間の姿ならば花冠をあしらい、肌は透き通るように美しく見る者すべてを魅了しそうな姫君。リリーナは彼女の前に列を成して咲く一輪薔薇たちに水を手早く与え、薔薇の迷宮に異常が無いことを目視で確認をし、出ようとした。

「では白薔薇姫、何かあればまた呼んでもらっても良いでしょうか」

「わかったわ。これから図書館へ行くの? 今日から再開するんでしょ?」

 鋭い。

 城の敷地中に根を張り巡らせてると言う白薔薇姫の情報通は時に恐ろしく感じる。リリーナが何も話していないのに彼女には筒抜けになっていることが多い。

「あまり根詰めない程度にね。行ってらっしゃ〜い」

 葉をひらひらと動かし、人間のように手を振って見送ってくれ、他の薔薇たちは茎を曲げて礼をしている。リリーナも一礼をし、薔薇の迷宮を後にした。


 リリーナは王城庭師。

 女性が履かないつなぎ姿で敷地内を歩けば忽ち彼女を「魔女だ」「王子を誑かした魔女」「恐ろしい魔女」とメイドたちがヒソヒソと陰口を叩くが、最近は他の噂話で城内は持ち切りだった。


 マルスブルー王太子が誕生祭で長年恋人のスティラフィリーとの婚約発表が無かった。


「ねぇねぇ、まだ婚約しないのかしらね?」

「実はあまり仲がよろしく無いのかしら」

「三大貴族の令嬢って言っても名ばかりで本人に魅力が無いのかもね」

 それはそれは楽しそうにメイドや訪問に来た貴族の令嬢たちが話している。

 勿論、リリーナには全く興味が無い内容。

 さっさと通り過ぎるリリーナにある令嬢が「ちょっと庭師のあなた!」と呼び止めた。

「…………何でございましょうか」

 煉瓦畳の道で立ち止まる。見るとリリーナと同じ18歳ぐらいの茶髪でしっかりドレスで身なりを整えた令嬢。後ろには執事を控えているからそれなりの格式有る貴族の娘なのかもしれない。だが内心リリーナは酷く面倒くさがっていた。

「あなた、三大貴族のロズウェル家の領地の娘なんですって?」

「左様でございます」

「ロズウェル家の令嬢には会ったことあるの?」

 本人です、とは言えない。はて、その辺の設定は父と相談をしなかったが。

「はい、お嬢様方とは歳も近いのでお会いしたことがございます」

 この方が自分についての正しい情報を伝えられるのではないかと思い、会ったことがある、という設定を選んだ。

「婚約の話とか聞いたことがある? 特に長女。次女の方は夜会で見かけたことがあるけど、長女については謎だらけなのよね。まさか、密かにマルスブルー様とのご婚約の話が進んでいたりするの?」

 なるほど、とんだ飛び火だ。スティラフィリーの次の婚約者候補が同じく三大貴族の令嬢に当たるという考えか。

「両方のお嬢様方は王族に嫁がれるなんて正直ご面倒という考えでいらっしゃいます。旦那様や奥様も同じお考えです。上のお嬢様につきましては病弱でいらっしゃるため、あまり外には出られない方でございます」

「二人共婚約はしてないの?」

「そうですね、将来の相手は自分で選べ、というのがロズウェル家の教訓でいらっしゃるようですので」

「ふーん、そう。なら、マルスブルー様との婚約なんてしなさそうね」

 自分は誰とも恋愛をする気も無いし、自由奔放な妹が王太子妃になれるわけが無い。この令嬢は笑みを浮かべ

「教えてくれてありがとう。もう良いわ」

 上機嫌に執事と共に去って行った。


 ロズウェル家の長女を病弱設定にしちゃったけど、まぁそんな噂が広まっても別にいっか、私自身は至って健康だし。


 リリーナは再び歩み出した、王城図書館へと。

 

 そして瞬く間に女達の噂話は新しい話題で持ち切りだった。

 三大貴族では無くても王太子妃の座を狙えるチャンスがある、と。




ご覧いただきありがとうございます。

ご感想等励みになりますので、お気軽にいただけると有り難いです。

第二章の幕開けです。

最後までお付き合いいただきます様、よろしくお願い致します。

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