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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
35/198

8−4

 マルスブルー王太子の誕生祭は大いに賑わっていた。


 楽団たちが生演奏をし、恋人のスティラフィリーを連れてマルスブルーも常に笑顔で来賓者たちと言葉を交わす。

 後からアレスフレイムとリリーナも会場に行き、ノインと合流をした。

「流石に会場ではご一緒はしませんので。では、失礼致します」

「ああ。何かあったら呼べよ」

 とリリーナは飾った花たちの様子を見に彼から去った。会場内の人たちがちらちらと女性では奇妙とされるつなぎ服のリリーナを見るが、マルスブルーの誕生祭のためその場で陰口を叩くことが出来ずにいた。

 リリーナは花の点検をしながら会場内も見回した。


 父の姿が見当たらない。三大貴族の当主だから来ているはずだけど。

 

 そしてふと同時に国王陛下と王妃も不在であることに気が付いた。自分たちが出席したら主役よりも注目を浴びてしまいそうだから遠慮でもしているのか、とリリーナは考えたが、“愚王”と息子から卑下されている方だから単に興味が無いだけなのかもしれない、と結論を変えた。


 そうだ、父もあまり祭り事は好きではないはずだ。


 あの淡白な父なら、王太子や他の知り合いに軽く挨拶をしたらさっさと帰りそうだ。

 

 リリーナはそう思い立つと父から特注で贈られた編み上げのブーツで大地を蹴りながら正門へと駆け出した。




「ロズウェル殿」

 ロズウェル家の当主、レイトスを呼んだのはアレスフレイムだった。間もなくレイトスが正門を出ようとしたところ、アレスフレイムが走って呼び止め、後ろからノインも付いてきた。

 レイトスは振り返り、アレスフレイムを見れば彼が以前と比べて目の下の隈が無くなり明らかに顔色が良くなっていることに些か驚きを覚えた。

「おお、アレスフレイム殿下。会場にいらっしゃらなかったからご不在かと。挨拶もせずに失礼致しました」

「謝辞は要りません。すぐに会場へ行かなかった自分に非があります」

 この男がリリーナの領主と思うと何か緊張感が増す。ただでさえ“沈黙のロズウェル”は何を考えているのか読み取りにくい。なるべく失礼の無いように細心の注意を払う。

「………先日の我が領地の食事は御口に合いましたかな」

 リリーナが転移魔法でロズウェル邸から食料を調達して自分とノインに朝食を用意したことをレイトスも知っていたとは、とアレスフレイムは少し身構える。

「お陰で朝から贅沢でした。シェフの方々にもよろしくお伝えください」

 ノインも丁寧な口調で話し続ける主に緊張した面持ちで背後から見守る。

「承知致しました」

「それと、貴方に頼みがある」

「何でしょうか」

「領地の畑で得た収穫を王城にも分けてもらえないだろうか。王室管理の畑は訳あって輸出用に使いたい。そして父には知られずに協力をして欲しい。礼は必ず自分から渡すことを約束する」

「王には秘密に、ですか」

「ああ。万が一知られたら全ての責任は自分が負います」

 アレスフレイムがレイトスに頭を下げると

「頭をお上げください。私は断るつもりなど全くありませんよ」

「…………理由を聞かないのですか」

「あの娘が土いじりの時間を割いて朝食を振る舞った相手だからね。信頼しない理由が無い」

 アレスフレイムは頭を上げるとレイトスは少し口の端を上げていた。

「ありがとうございます。詳細が決まり次第、また連絡をします」

「承知しました。殿下もくれぐれも無茶をなさらないように。引き続き、あの娘のこともよろしくお願い致します」

 レイトスが軽く頭を下げ、アレスフレイムはいつもより背筋を伸ばして彼と向き合った。

「では、失礼致します」

 あっさりとアレスフレイムに背を向けて王城を立ち去ろうとしたところ、石畳を駆け足で蹴る音が聞こえてきた。


「待って!!!」

 

 リリーナが汗だくになりながらアレスフレイムの横を通り過ぎ、レイトスの前で止まった。

 レイトスもゆっくりと振り返るも、アレスフレイムたちの手前、娘を抱き締めたい気持ちを押し殺した。

「はぁはぁ……っ……はぁはぁっ」

「そんなに慌てて………元気そうで良かった」

「お………レイトス様、お願いが……あります………っ」

「王城にも作物を売り渡すことか?」

「え、何故それを…」

「殿下も同じことを仰られていたのだよ」

 リリーナが顔だけ振り返るとアレスフレイムと目が合った。

「勿論承諾をした。隠密にしなければならないそうらしいな。リリーナターシャ、君がたまに領地に戻って指示をしてくれたら然程不自然では無いだろう。領民にはさらに収穫を増やすよう手配をしておく」

「はい………!」

 父の顔を見たら、母や妹にも無性に会いたくなってきた。

 実家に戻って心身ともに休まりたい気持ちもあれば、敷地内の植物たちと毎日過ごしたい気持ちもある。

 これからはもっと家族との時間も愛しもう。土いじりに没頭し過ぎて蔑ろにしてしまった家族との時間を。

「では、失礼するよ」

 とレイトスはリリーナにふっと微笑み、彼に娘を託すかのように一礼をすると王城を去って行った。

 父の背中が見えなくなるまでリリーナはじっと見つめ、アレスフレイムもその横に立つ。

 王族が領地の娘を弄ぶな、と牽制される覚悟の上で声をかけたが全くその気配が無かったことにアレスフレイムは緊張の糸が切れた。寧ろリリーナを頼むといった雰囲気であったが、相思相愛になれるものならなってみろ、というレイトスの余裕が含まれていたのだろうか。

 やがてレイトスの姿が完全に見えなくなるも、リリーナはその場を動こうとしなかった。

「ハッ、ホームシックか?」

 お決まりの嘲笑で彼女に話しかける。

「少しだけ」

 彼の意に反して切なそうな反応を見せたリリーナにアレスフレイムはどうしたものかと一瞬言葉選びに悩んだが

「そうか。良い家族なのだな」

 とぽんぽんと軽く頭を叩くように撫で、

「行くぞ。折角だから自分で作った料理ぐらい食べにでも行こう。ジャガイモの皮が剥かれているのか確かめないとな」

 と彼女の顔を見ながら先に歩くと

「ニンジンの皮もですわよ」

 とリリーナの足も自然と再び歩み始めたのだった。




 パーティー会場に戻れば、国の英雄の第二王子は引っ張りだこだった。名のある貴族といった来賓者たちがこぞって彼を取り囲み、自分の娘を紹介しようとしていた。が、露骨に面倒そうな態度を見せられると次第に彼を囲む人も減っていた。

 リリーナはホックと料理を摘みながら時折花の手入れも行っていた。

 料理の乗った数々の大皿も次第に空となり、マルスブルーが最後に挨拶をして誕生祭は無事に幕を閉じた。

 マルスブルーとスティラフィリーで来賓者たちを見送り、楽団たちやその他パーティーの盛り上げに貢献したパフォーマーたちも片付けをし、執事たちは撤収作業に追われた。リリーナたちも急いで大量の鉢を回収し、せっせと花壇の方へとリアカーに積んで運んで行く。

 だがしかし

「ぐっっ…………ぅおぉぉぁぁ!!!!」

 最後の最後にホックと彼の腰が悲痛の叫びを上げた。

「ホックさん、後は私がやります。休まれてください」

 とリリーナは彼の身体を支え、葉の繁る大木、カジュの木の下にあるベンチに座らせ、花壇に戻って一人で作業をこなした。

「ふぅ…………何とか無事に後継者が見つかって良かった」

 ホックはベンチの背凭れに寄り掛かって腰掛けると、リリーナの逞しい姿を遠くから見守った。

 そして真上を見上げ

「お前さんの葉の掃き掃除も出来なくなると寂しくなるなぁ。これからも元気に沢山葉を生い茂らせて育っておくれよ」

 カジュに別れの言葉を告げた。そして庭全体を見渡し

「楽しかった。ありがとう」

 とたった一言、最後の挨拶を午後の日差しの中へ溶かしていった。


 さぁ、ホック爺さまへの餞別よ。


 すると、庭中の花たちが揺れ、雫を纏いキラキラと輝かせながら花びらを1枚ずつ空に舞い、沢山集まり、まるで光の粒を放ちながらそよぐ風を泳ぐようだった。そして大きな葉が1枚ベンチに座る彼の膝に用意をされると花びらたちは集まり、宝石箱のように煌めかせていく。

「おおっ…! ほっほっほぉ、綺麗だ。とっても綺麗だねぇ」

 花たちを温かくて褒める彼の優しい笑顔に庭中の植物たちが別れを惜しんだ。


 ホックさん! 元気でね!

 たまに遊びに来てね!

 病気を治してくれたこと、忘れないよ!

 意地悪な人間から守ってくれたことも忘れない!

 ホックさん、僕たちみんな、大好きだよ!


 ホックには言葉は届かないが、奇跡の送別に胸が熱くなった。

 雑草は生えない、自分が不在のときも元気に育っていてくれる、そして謎が多き薔薇の迷宮、この庭にはいくつもの奇跡が起きていた。そして、花屋で偶然後継者に出会えたことも。

「リリーナターシャ、庭を頼んだよ」

 花の宝石箱を最後に輝かせたのは、頬から落ちた一滴(ひとしずく)だった。




ご覧いただきありがとうございます!

これで一章が終わりました。(後ほど初めて章管理をします)

ブックマークをしてくださった方、数ある作品の中読んでくださった方、全ての方々に感謝申し上げます。

次の章もご覧いただけると幸いです。


ご感想、アドバイス等も常にお待ちしております!

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