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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
34/198

8−3

 その日は朝から城中が大忙しだった。


 王太子の20歳の誕生祭に執事たちは芝生にテーブルを何台もセットをし、テーブルクロスも敷かれていく。

 庭師のリリーナとホックは昨日届いた200ポットものダークブルーの花苗を昨日中に凝ったデザインの小さな鉢植えに素手で丁寧に移していった。

「ホッホッホ、流石、花瓶で育てない主義だな、リリーナターシャ。安心して任せられるよ」

 ホックは満足気に後任者の技術を眺め、ひたすら大量の鉢植えを飾っていった。

 そう、この鉢はマルスブルー王太子の恋人、スティラフィリー・クリエットの領地の工場で作られたものだ。クリエット家の領地はものづくりが盛んで、焼き物も様々な職人が伝統技術を守り続けている。

 そして今日はその鉢植えをテーブルや周辺に飾られていく。リリーナは髪を結ぶことは雑だが、花に関しては手抜きをしない。手早くこなしながらも見せ方など一つ一つ最終チェックを怠ることなくこなしていく。ホックも同様であった。


 花のセッティングを終え、あとは執事たちにその場を任せ、リリーナは駆け足であるところへ向かった。

 厨房である。

 今一番の戦場は恐らくここだろう。リリーナは友人ヴィックを手助けするべく、勢い良く勝手口の扉を開けた。

「遅くなったわね! 何を手伝えば良い!?」

「ジャガイモの皮剥きだ」

 この口調はヴィックでは無い。

 厨房にはヴィックの他にシャツにズボン姿のラフな服装のアレスフレイムとノインも居た。

「実はイベントがある度に手伝っていただいてるのよぉ。恐れ多くて、有難すぎるわ〜」

 と、ヴィックは逞しい腕で魚を素早く捌きながらリリーナに見向きもしないで話した。

 アレスフレイムはニンジンの皮剥き、ノインは出来上がった料理を大皿に移している。ノインのやや神経質な性格から見栄えを意識しながら盛り付けている。

「さっきまでココも手伝ってくれていたから結構順調ではあるんだけど、リリーも手を貸してくれると心強いわ!」

 ココ……また知らない名前だ。以前ヴィックが話していた“唯一手伝ってくれるメイド”のことだろうか。

 リリーナは編み上げのブーツからヴィックが以前用意した厨房用の長靴に履き替え手を洗い、アレスフレイムの横に立って袖を捲くって黙々と包丁でジャガイモの皮を剝いていった。

 リリーナは表向きは領地の娘だが、本来は三大貴族の令嬢。だが、リリーナも王子の側近のノインもそして王子のアレスフレイムまでもが慣れた手付きで厨房を支えていく。身分やジェンダーの差のない時間が過ぎていく。


「ありがとうございます!! お陰で一通り本日お出しする料理は終わりました!!」

 ヴィックは深々と頭を下げるが、リリーナたちはアシスタントであって調理はほとんどヴィックが一人でこなし、リリーナたちはヴィックの手際の良さに尊敬の念を抱いていた。

「お疲れ様。ノイン、行くぞ」

 それだけ言うと、アレスフレイムはノインを連れてさっさと厨房を後にした。

「ほんっっっと惚れる!!!」

 彼らの姿が見えなくなると途端にヴィックは調理台を握りこぶしでガンガン叩きながら身悶えていた。

「これ、運べば良いの?」

 恋に無頓着なリリーナは全く反応せずに業務確認をする。

「え、ええ、でもそのうちメイドたちがわらわらとやってくるから置いといていいわよ」

 美味しそうだからすぐに会場へ行って皆に召し上がってもらえばいいのに、とリリーナは思ったが、間もなくヴィックの言う通り若手のメイドたちがたくさん押し寄せて来た。

「ヴィック! もう出来上がったの!?」

「どーぞ、運んでちょうだい」

「マルスブルー様の好物のポテトのグラタンはどこ!?」

「あなた前回アレスフレイム様の好物を運んだでしょ! 今回は譲りなさいよ!」

「私こっちのお皿にする〜! 海老のテルミドールなんてマルスブルー様注目してくれそう!」

「ずるい! 絶対私サラダなんて嫌よ!」

「きゃぁああ!!!? 魔女!!!!」

 叫び声に近い声で一人のメイドがリリーナに指を指した。それまで喧しく運ぶ皿を選んでいたメイドたちが一斉にリリーナに注目をする。

「どうして魔女がいるのよ!」

「まさか変な薬を入れ込んだんじゃない!?」

「媚薬とか!?」

「そうよ! アレスフレイム様にも飲ませたんでしょ!?」

 口々に勝手なことを言われるも、リリーナはつーんと無表情で立っている。隣に居たヴィックの方が明らかに腹を立てていた。

「ちょっと! 彼女は料理を手伝ってくれたのよ!」

「何を手伝わせているのよ! あなた厨房の責任者でしょ!?」

「ワタシしか居ないからそうよ! ワタシしか居なかったら到底終わらないんだから!」

「あーやだやだ、変なのが変なのを呼び寄せるんだわ」

 流石にリリーナはカチンと来た。

「では、お料理をお出しするのは止めましょう。皆様から王太子殿下にご説明なさってくださいませ」

「なっ…!」

「私は庭師ですから、誕生祭にお料理が出なくても何も困りません。自分の作ったものですから自分でいただきますわ。ああ、それとも皆様で今から作られますか? 変なものよりもまともなものをさぞお作り出来そうですから」

 凛としながら反論を許さない淡々とした口調にメイドたちは悔しそうに黙り込んだ。

「それと、アレスフレイム殿下とノイン様も先程まで厨房に立っていらっしゃったのですよ」

「えっ」

「ちょっとリリー、殿下に言うなって言われているのよ」

「殿下も貴方方に諦めているのよ。どうせ厨房が多事多端になっても自分たちのアピールにしか熱意を注がないだろうって。私に言われて悔しいでしょう。悔しかったら黙って温かい内に料理を運んでご来賓の方々に召し上がってもらって、マルスブルー様の為に職務を全うしたらいかがかしら」

 隠れ令嬢の凄みにメイドたちは為す術もなく、唇を噛みしめながら黙って料理を運び始めた。

 すると先に廊下へ出たメイドが「きゃあ!」と声を上げた。何事かとリリーナは声の方へ向かおうとすると

「ハッ、変なものが呼び寄せられて悪かったな」

 と馴染みの嘲笑が聞こえてきた。

 メイドたちは血の気を引きながら逃げるように料理を運んで行ったのだった。

「おい、何をしている。貴様も行くぞ」

 厨房に入った途端、アレスフレイムが声をかけた。

「へっ!?」

 まさか自分が声をかけられたのかとヴィックはビクッと緊張したが、隣ではリリーナが仏頂面で放った。

「わざわざいらっしゃったのなら、もっと早く入って来てくだされば良かったのに」

「フンッ、悪かったな」

 凛とした反論に出るタイミングを逃してしまったとは言えない。面倒なメイド連中がぞろぞろと厨房へ向かって行く姿が見えて慌てて引き返して来たが………

『殿下も貴方方に諦めているのよ』

『私に言われて悔しいでしょう』

 ヴィックを悪く言われ、メイドの腐った根性に怯むこと無く果敢にリリーナ自身を盾にしながら庇い、諭す姿に完全に目も心も奪われた。だが、

「悪かったな、悪役に回してしまった」

 彼女に近付き、バツの悪そうな顔を浮かべた。

 リリーナはこんな些細なことで謝る彼に驚き、気を病んで欲しくなく咄嗟に言い返した。

「本当ですわ。もっと従業員で回せるようにして、殿下は暇さえあれば休養を取れるようにするべきだわ」

 生意気なことでも言えばいつもの舌打ち殿下に戻るかと思えば、彼は黙るものだからリリーナも調子が狂い、

「私も少しパーティー会場へお邪魔しようかしら。ニンジンの皮が剥かれているのか確かめないと」

 アレスフレイムに背を向けて勝手口の前で編み上げのブーツに履き替え、靴紐を結んでいると、そっとアレスフレイムが背後から彼女に近付き


 許せ――――――


 と心で淡い懺悔をしながら彼女のライトグリーンの柔らかな髪を指先で掬い、彼の唇に重ねた。


 休めと言うのは彼女だけだ。

 邪心の無い言葉で乾いた自分の心に水を与えるのも。

 本音はすぐに抱き締め、リリーナの唇を重ねたい。が、理性で抑え、せめて髪だけでもキスの代わりをしたかった。


 髪を触れられ、リリーナが振り返る。

「ジャガイモの皮が残ってました?」

「ジャガイモの皮じゃねーよ」

 誰がジャガイモだ、とアレスフレイムは舌打ちをした。

 勝手に触ったのはそっちでしょとリリーナは不服ではあったが、アレスフレイムの調子が戻りほっとした。

 勝手口から二人が出ていくと、現場に残ったヴィックが顔を火照らせ、

「何あれ!何あれ!?何今のぉぉ〜〜〜!?!?!?」

 と握りこぶしで作業台をダンダンダンダン! と興奮しながら叩いて身悶えていた。

「アレスフレイム様も見る目あるわね〜。でも」

 難易度高すぎ、むしろ攻略不可かも。何と言っても“デート”の言葉の意味さえ知らない恋愛超無沈着が相手なんだから。


 ノインがアレスフレイムと共に厨房に戻らなかったのは、彼一人でメイドの嫌がらせから彼女を守って好感度を上げて二人きりの時間を少しでも過ごして欲しいという彼なりの気配りだった。

 が、救われたのは寧ろアレスフレイムの方だったのは、ここだけの話。




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