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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
33/198

8−2

 リリーナ一行が王城に到着をするよりも遥か前に大地の伝達は中庭に君臨する白薔薇姫へと届いた。


「ふぅん、アレスくんがねぇ……………」


 茎を上げて葉を花弁に添えながら彼女は報告を聞くと「ふふっ」と余裕の笑みを含めて、

「時代は変わるものね」

 と呟くと、城の敷地内中に張り巡らせた根に力を込め

「さぁみんな! リリーナターシャたちが帰って来るわよ!」

 リリーナの帰城を伝えると城中の草花たちは忽ち歓喜に揺れ動いた。




 城の正門に到着をすると、マルスブルーと専属騎士のオスカー、そして恋人のスティラフィリーと侍女のレベッカが待ち構えていた。

 無論、馬車の中では誰一人出迎えに喜んだ者はいなかった。アレスフレイムに至っては彼らの姿を見つけた途端に舌打ちをした。

 馬車の扉が開き、ノインが先に降りて主が降りるのを頭を下げて待つと、次にアレスフレイムが降り、振り向いてそっと手を差し出し、次に降りるリリーナをエスコートした。

「え………」

 あまりもの衝撃的な光景にマルスブルーたちは動揺を隠せずにいた。あの人嫌い、特に女性への対応が冷たいアレスフレイムが庭師に手を差し出すなんて。

「ノイン、リリーナの荷物を運んでやれ」

「承知しました」

「ノイン様、自分でするので結構ですわ」

「まだ休んでいろ。と言ってもリリーナのことだから庭の様子を見に行くだろ。荷物運びぐらいは人に頼っておけ」

 王子が庭師に愛称呼び、庭師は自然に受け答えもし、側近までもが庭師の荷物運びを全く嫌な顔をしない。この三人の関係性は一体どうなっているんだ、とマルスブルーたちは益々困惑した。

「ハッ、何か言いたげな顔だな。出迎えご苦労。畑の再建は終わらせた、執務へ戻る」

 アレスフレイムがいつもの嘲笑を浮かべ、足早にマルスブルーたちの列を抜けてさっさと執務室へ歩んで行った。ノインもマルスブルーたちに一礼してリリーナの荷物を持って後を追いかける。

 リリーナも便乗して彼らに付いて行こうとしたが

「アジュール、休んでいろと言われていたが、体調でも悪いのか」

 引き止めたのはマルスブルーの専属騎士、オスカーだった。話しかけられ、リリーナは仕方無しに立ち止まる。

「向こうでちょっと……でも今は特に支障は無いです」

 オスカーはアレスフレイムたちと過ごした為のストレスかと疑った。

「ええっ!? 大丈夫なの? 疲れが出たんじゃない? だって………アレスとずっと一緒にいたんでしょ……」

 マルスブルーにも心配されるが、レベッカは面白くないと顔に出ていた。

「ええ、殿下にずっと看病していただき、お手を煩わせてしまいました」

「おい、仕事するか休むかどっちかにしろ」

 執務室へ戻って行ったと思ったアレスフレイムは引き返し、リリーナの肩を掴むと、彼らから取り戻すかのように自分の身体に寄せて再び執務室へと歩み出した。ジロっとオスカーに視線を送りながら。


「あれって………………」


 政の能力が無いマルスブルーでさえもアレスフレイムの変化に気付いてしまった。

 そして彼らはあれこそがリリーナのストレスの原因なのではとも思ったのだった。


 城内では再びメイドや執事たちが噂話に話を咲かせた。

 魔女が再び戻って来た。

 魔女は国の英雄を誑かした。

 王太子たちも魔女に気持ちを奪われそうになっていた。

 なんて恐ろしい魔女なのだろうか。


「チッ、出迎える暇があったら執務の一つでもしてろ」

「お怒りの気持ちはわかりますが、そろそろ肩の手を離していただけないでしょうか」

 歩きにくいです、と露骨に顔に浮かべたリリーナを見てアレスフレイムは悪戯心が芽生え

「嫌だと言ったら?」

 と脇目も振らずにさらに自分へと抱き寄せた。だが煙ったそうに淡々と返事をするのがリリーナだ。

「踵で足でも踏めばよろしいでしょうか」

 本当にやりかねないとアレスフレイムは即座に手を離した。思わず悔しそうに「ッチ」と舌打ちをする。間もなく城の入り口となり

「じゃあな。あまり無理するなよ」

 とアレスフレイムはリリーナから視線も離してさっさと城へ入ろうとしたが

「アレスフレイム様」

 と不意に彼女に名前を呼ばれた。

「何度も守っていただき、ありがとうございました」

 真っ直ぐに見つめ、美しく丁寧なお辞儀をした。顔を上げるとほんの僅かだが微笑を浮かべ、雑に結ばれたライトグリーンの髪を揺らして振り返り、リリーナは裏庭の方へと向かった。

 アレスフレイムは口元を隠そうと顔を俯きながら手で覆ったが、耳まで彼の髪と同じ色に染まっていた。


「おかえり!」

「おかえり、リリーナ!」

 春の若葉や花たちに迎えられながらリリーナは裏庭へと向かう。厨房の勝手口からは香ばしい匂いがしたが、友人への挨拶は後回しだ。

 厨房の角を曲がると裏庭。

 物静かに白銀の切り株が佇んでいた。リリーナはカブの前に跪き、最敬礼を下げる。

「カブ、只今戻りました」

「うむ…………」

「……………………」

 たったそれだけ!?!?

 相変わらず難しいなと思いながらリリーナは土を触って湿度を確かめてから立ち上がり、

「水撒きは明日の朝に致しますね」

 と声を掛け、黙々と病気持ちの植物がいないか健康チェックを始めたのだった。


「おかえりなさ〜い! アレスくんたちと仲良くなれたみたいねぇ! 朝食の調達に実家に戻ったりしたんでしょ!? 一緒に食事をしたり、寝間着を見せる関係になったなんて素敵ねぇ! 」

「姫様、少しは彼女のプライバシーを守ってあげてください」

 対照的に中庭の主の白薔薇姫は口数が多い。薔薇の迷宮の薔薇の騎士たちは黙ってリリーナに礼をし、白薔薇姫の横に控える赤薔薇のナイトはガクッと花弁を垂らして姫のお転婆に呆れている。

「よくご存知で。でも寝間着を見せる関係ではありません」

「あらそうなの? 向こうで大変だったみたいねぇ。竜が仕組んだ罠を解いたりして、三人で乗り越えたから信頼関係は築けたでしょ?」

 何も話していないのに良く知っている、とリリーナは内心驚いていた。恐らく畑付近の植物から伝達で得た情報だろうが、白薔薇姫の元には多くの情報が寄せられるのか。

「ホックのお爺さまには会ったの?」

「いえ、これから」

「カジュの葉を掃いているわよ」

「ありがとうございます。行ってきます」

 白薔薇姫へ背を向けたその時だった。

「そうそう、図書館はしばらく館内整理で閉まってるみたいよ」

 背後からそう言われリリーナは振り向くと、人間の姿ならばまるで「ふふっ」と不思議な笑みを浮かべていそうな白薔薇姫の姿があった。

 帰城したら図書館でフローラについて調べようと思っていた。

「教えていただき、ありがとうございます」

 本当にどこまでこの主は知っているのだろう。時々白薔薇姫を恐ろしく感じる。


「ぉお!! リリーナターシャ! よく帰って来た!」

 竹箒でカジュの大量の落ち葉を掃きながらホックが歓喜の声を上げた。

「只今戻りました。城を抜けて申し訳ございません」

「いやいや。畑はどうなった?」

 ここですぐに畑の心配をするのが庭師の彼らしい。リリーナは笑みを浮かべて誇らしげに答えた。

「蘇りました。もう心配はございません。農家の方々も心を入れ替えて精進していらっしゃいます」

 するとホックは孫を愛でるようにわしゃわしゃとリリーナの頭を撫で「よくやった! よくやったぞ!」と何度も嬉しそうに褒め言葉を掛けた。


 穏やかな春の中、数日間の引き継ぎ期間を終え、間もなくホックとの別れの日となるマルスブルーの誕生祭を迎えようとした。




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