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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
30/198

7−6

 間もなく畑が見えてきた。

 彼女が指揮を取るあの畑が。

 馬の蹄の音が風に乗って彼女の耳に届き、彼女はハッとして音の方を見つめる。

 彼が生きて戻ってきた。

 うっすらと涙を浮かべた彼女は相変わらず雑に結んだ髪を揺らしながら駆け寄って来る。

 俺も馬から降りて彼女へと駆け寄る。

 二人は再会を喜び、思わず力強く抱き合った。

「おかえりなさい………っ……ご無事で良かった」

 俺の胸の中で彼女が嬉し泣きを溢している。

「戻ると言っただろう。ハッ、リリーナの泣き顔を拝めるとはな」

「み、見ないで下さい…っ」

 恥ずかしそうに胸元に顔を埋める彼女の身体を少し離し、俺は少し屈んでそっとキスをした。

 彼女も目を閉じ、一筋の涙を溢しながら「ん……」と甘えたような声を漏らす。

 もう一度唇を重ね、何度も重ね、互いに腕を回して抱き合い、そして……

「ここでは周りに見られてしまうわ。二人………きり……で………」


 はい、100%無理。


 アレスフレイムは馬を走らせながら妄想をしたが、無理があった。だが、少しくらい彼女からの褒美が欲しい。褒美をくれ、はいどうぞ、と言う流れには絶対にならないから仕向けるように作戦を練らなければならない。


 馬の蹄には気付く、これは約80%の確率で起こるはずだ。そしてそれを無視せず探すだろう。残りの20%は土いじりに没頭した時だ、全く見向きもしないかもしれない。ああ、それか農民も気付くだろうから、彼らも寄って来そうだ。彼らに出迎えを任せればいいわと彼女は畑仕事に専念をするかもしれない、いや、この確率はかなり高くないか?


 俺は馬を走らせ、彼女は音に気が付く。農民たちも気付き、集まって来るところへ「リリーナ!」と叫ぼう。流石に無視はしない彼女は仕方無しに俺が到着をするのを待つ。彼女の近くで馬を止めて降りると

「おかえりなさい。ご無事で何よりです」

 これくらいの労いの言葉なら淡々と掛けてくれるはずだ。

「ああレジウムとの交渉を済ませてきた。おお! 畑の拡大が進んでいるではないか!」

 畑を褒められ、彼女も嬉しくなるに違いない。そして何かぶっ飛んだ説明をしてくるだろう。そう、明らかに魔法を使った形跡があっても説教は我慢だ。彼女の説明を聞き終え、

「素晴らしい。リリーナを信頼して正解だった」

 と、軽く、そう軽く、抱き、頭をぽんぽんと撫でる。


 良し、これで行こう。


 最初の不可能極まり無い作戦に比べたら見違える程現実的な作戦に切り替わるところが流石と言うべきか。

 アレスフレイムは力強く馬を走らせ、畑へと急いだ。


 


 馬の走る音がする。

 リリーナは農民たちの種植えが上手く出来ているか畑を見回っていたが、ふと音の方へ目を向ける。

「殿下がお戻りだ! アレスフレイム殿下!」

 誰かが声を上げ、人々は彼へと注目をする。

「リリーナ!」

 王子は一人の女性の名を呼び、誰もが彼女に注目をし、王子の出迎えを彼女に譲った。

 リリーナはアレスフレイムに名を呼ばれ、彼の元へと歩み寄った。その歩みは次第に駆け足へと変わり、必死に両腕を振りながらアレスフレイムの元へと寄る。


 これは………! 感極まって抱き合うパターンか!


 アレスフレイムは急いで馬から降りて、彼女の元へと駆け出した。

 全力で自分の元へと来る彼女を胸に飛び込ませるため、腕を広げると


「ノイン様はどうなさったのですか!?」


 彼女は声が聞こえるくらいの距離になると立ち止まり、必死な形相で声を上げて問いかけた。

 アレスフレイムは、行き場を無くした広げた腕を下ろし、彼女の前でぜえぜえと息を切らした。確かに昨日農民たちが自分にだけ名指して帰還の喜びの声を上げられると腹を立てたが、彼女には今は自分の戻りを喜んでもらいたかった。

「何故殿下お一人なのですか!? ノイン様はご無事なんですか!??」

「無事だ…………後から戻る」

「先に王城へ戻られるのですか?」

「いや………貴様の様子を見に、転移魔法を途中使った」

「え? それだけの理由で別々にお戻りになったのですか?」

 それだけの理由で悪かったな、とアレスフレイムは手で汗で濡れた前髪を掻き上げ、

「貴様! 俺との約束を早々に破っただろう!?」

「約束?」

「アレを使っただろう!」

 アレとは魔法のことだ。農民たちのいる手前、魔法という言葉は伏せる。リリーナもピンと来て彼から目を逸らす。

「ちょっとだけです」

「俺は使うなと言ったはずだ」

「説教をするためにいち早く戻って来たのですか!?」

「開き直るのか!?」

「今殿下がお一人で行動をされる方が余程危険です!」

 王族に恐れもなさずに口喧嘩をする彼女に冷や冷やしながら農民たちは黙って見守っていた。

 違う、言い合いをしたくて早く戻って来た訳じゃない。なのに何故このような展開にならないといけないのだ、とアレスフレイムも苛立つ。


 そうだ、畑を褒めるんだ。


 一旦深呼吸をして先程立てた作戦を思い返す。

「畑はどうなったんだ」

「え、畑ですか?」

 言い合いから急に話題が変わり、リリーナは訝しげではあったが、背に広がる畑がよく見えるようにと身体を横に向けた。

 午後の陽の熱を帯びた風が土の匂いを届ける。アレスフレイムは広大な畑へ目を向けると濃い茶色の土壌にて、土を耕したりビニールシートを被せたりとして精を出している人々の姿が目に映った。

「畑を蘇らせたのですから大目に見て下さいませ」

 小声でバツが悪そうに言う彼女の姿も新鮮で思わずアレスフレイムはくっしゃくしゃに彼女のライトグリーンの髪を掻き乱した。

「なっ! 何ですかっ」

 振り払おうと少しだけ腕を上げるが、約束を破った手前仕方無しに頭を差し出した。

 

 やはり予想通りにはいかない女だな。


「すごいな! やはり貴様は俺の想像を簡単に超えるんだな!」

 彼は歯を見せて笑い、彼女の頭をぽんぽんと撫でるとその手を離した。

「畑だけでない。農民たちの意欲も蘇らせた」

 人の心は簡単に動かせるものではない。まるで別人のようにせっせと働く彼らを眩しそうに見つめた。

「ええ、水も風も土も恵まれている土地ですもの。豊かな畑になりますわ」

 隣でリリーナも彼と同じ景色を見つめる。

「………………状況は思ってた以上に過酷だった」

 小声で呟くアレスフレイムの言葉に、リリーナは驚きを交えながら彼を見上げた。

「だが、守り抜こう。人間が勝手に定めた国境を越えて、彼方まで続くこの大地を」

 そしてアレスフレイムは国境の山の頂上に聳え立つ一本杉をじっと見つめた。自分自身、そして隣に立つリリーナ、さらに自然の主に誓うように彼の決意は風に乗って彼女たちに届けた。


 ぽ……っ………。


 勇敢な彼の横顔にリリーナの心にもまた“何か”が芽を出そうとしていた。


 ユルサナイ……………。


 が、突如その芽は何者かに無惨に潰された。

 同時に彼女の中に漠然とした恐怖が襲いかかり、思わず彼女は腕を組み胸を抑えた。

「…………どうした」

 何か様子がおかしい。アレスフレイムは心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「いえ………………」


 今の感覚は……………?

 今の声は…………………?


 美しく怖い、それとも怖いくらいに美しい声色。


「……………………」

 腕をぎゅっと掴み、身体に渦巻くような恐怖心をどうにかして治めようとした。

 が、突然アレスフレイムに横抱きにして抱えられた。

「ちょっと! 何をなさるのっ」

「悪い、無理をさせすぎた。すぐに休め」

「自分で歩けますっ!」

 リリーナの言葉を無視してアレスフレイムは宿舎へと彼女を抱きながら歩いて行く。

 観念したリリーナは大人しくアレスフレイムに抱かれた。やがて彼の温もりに安心し、腕は緩み、すぐに微睡み、彼の腕の中で眠りに落ちていった。

 アレスフレイムは眠って体重が途端に掛かる彼女を軽く抱き直し、また今日も農民たちが自分の部屋にと用意した上質なベッドに寝かせた。




 まただ。


 あの扉がある。

 色を持たない茨に縛られた白い扉が。

 隙間から透明感のある腕が伸びていて、その手には若緑の小さなとても小さな芽が握られていた。


「やめて、大切にして」


 そう呼び掛けるが、腕の主は手の中でその芽を黒く腐ちさせた。


「やめて!!」


 芽を取り戻そうとリリーナは駆け出し、必死に腕を伸ばすが、扉から突風が吹き込み、虚しく煽られてしまう。


「やめて!! それは私の大切な…………!!」

「ユルサナイ。ゼッタイニ、ユルサナイ」


 あれは取り返さないといけない。なのに、届かない。

 もがき苦しむリリーナをさらに追い詰めるように腕の主の手は開かれ、黒い塵となった芽の残骸が突風に巻き込まれ、跡形もなく飛ばされていった。


 リリーナは涙を浮かべて少しでも飛ばされた芽を掴もうとするが、只々虚しさだけが残った。


 手の平には何も無い。

 私は守れなかった。


 ――――――大丈夫だ、大丈夫。


 声がする。どこから……………?

 声のする方へ振り向くと、リリーナは夢の中で眠りに落ちていった。 




ご覧いただきありがとうございます。

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