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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
29/198

7−5

「応じよう。兵は隊長以外部屋から出るように。ロナールの専属騎士は留まることを許可しよう」


 レジウム国王は足を組み、視線をアレスフレイムだけに向けながら指示を出した。

 兵たちは一礼をしてから謁見の間を退室し、ノインはレジウム国王に膝を付きながら頭を下げた。


「第三者の目星は付いているのか」


 兵士たちが完全に退室すると、レジウム国王から口火を切った。

「まだ不明だ。ただ、鉱物は大人一人では運べない重さだった。馬か、はたまた他の生き物に運ばせただろうとは見ている」

「竜か……」

 レジウム国王は眉間に皺を寄せ、難しい顔を浮かべた。

「噂に聞くが、戦争の無い安穏の地を求めた亡命者の数が膨れているそうではないか。その中にスパイが紛れ込んでいる可能性はあるのか」

「可能性はある。今レジウムの国境の警備はザルだ。簡単に擦り抜くことが出来る」

「それでは我が国も困る。早急に入国審査を強化する必要がある。友好国に協力を仰げないのか」

 レジウム国王は悔しそうに足を揺する。

「亡命者たちのお陰で財政難だ。無償で手を貸す程他国も甘くはない」

「ならば此方から餌を用意しよう」

「は……」

 漸く交渉に辿り着けたとアレスフレイムはニヤリと笑みを浮かべる。

「我が国は気候に恵まれ、作物を育てやすい。今朝から国境に近い畑を拡大する様、我が国で最も収穫量を誇る領地で長年勤めた者に指揮を頼んだ。最初は分ける程度にしか出荷出来ないだろうが、次第にレジウム国を養える程の収穫量に膨れ上がるだろう」

「………条件は何だ」

 世界のどこかに戦いが起これば無関係だろうと参戦するような攻撃的な国のロナールの王子だ、さぞ冷酷な条件を差し出すだろうとレジウム国王は息を呑む。


「我が国への絶対的な信頼を約束しろ」


 予想外の言葉に国王は僅かに息を漏らすだけで何も言えずにいる。


「ただし我が父の愚王を国だと思わなくて良い。俺やそこに控えるノイン、そして騎士団長や筆頭魔道士等我が国の信頼の置ける者たちの言葉を信用しろ。どこに敵が潜むか判らない今、互いの信頼が絶対となる。先程の様な話もまともに聞かずに疑いの目を向けることなど今後は許さぬ」


 本当は畑の拡大を指揮する土いじりの玄人を一番に信用しろと言いたいが、流石にそれは避けた。


「他国に無様に罠を仕込まれた上に、無断で我が国の生活水を盗んだ挙げ句、再び貴国に命の源が流れ始めるようになっても感謝の言葉も無かったことは目を瞑ってやると言っているんだ。大地が戦争の海に変わり果てる前に、貴方の誠意を行動に移してもらいたい」


 突然、扉の向こうが騒がしくなった。兵士の叫び声や言葉にならない奇声が聞こえる。

 ノインは反射的に立ち上がり、アレスフレイムを背にして即座に魔法を発動出来るように手を前に構える。

 それから数秒も経たずにレジウム国の兵の三名が乱暴に扉を開き、レジウム兵の隊長が剣を引き抜き振り下ろそうとするも、相手の俊敏な動きに敵わず無惨に返り討ちにされた。


 ノインとアレスフレイムが間もなく魔法を唱えようとしたその瞬間だった。


 ガッシャァァアアアアンッッッ!!!! と頭上からさらに大きな音が放たれた。

 天井のステンドグラスが割れ砕き、刃を向けながら色鮮やかなガラス片を包んだおびただしい数の新緑の葉が急降下し、目にも留まらぬ速さで兵たちの手首や脚を斬り刻み、命は落とさなくても完全に動きを封じた。他の大量の葉はアレスフレイムたちの頭上で舞い、彼らにガラス片が落ちぬように風を起こしている。

 そして刃を持った葉は再び剣を向けるものなら許さぬと言わんばかりに兵士の周りを浮きながら取り囲んでいた。


 レジウム国王は立ち上がり、重たいローブを引き摺りながら負傷した隊長に近付き、光魔法を唱えて傷を癒やしていく。

「外はどうなっている…………ッ!?」

 一人で謁見の間を出ようとするレジウム国王を見て

「ノイン、後に続け! 俺はこいつらを見張る。案ずるな、俺は一人ではない」

 植物に守られるなんて信じ難いが、ノインは葉たちに主を託し、扉の向こうへと駆けて行った。




 数時間後、漸く落ち着きが戻った。負傷した兵士たちを国王自ら傷を光魔法で次々と治し、恐らくスパイであろう兵士たちは牢へ連れ出された。

 王を待っている間に床に散った血をノインが水魔法で清掃していった。そして、葉たちは「これも片付けお願いします」と言っているかのように割れたステンドグラスをノインの横に置いた。別の葉も箒のように床を掃き、ノインの横にガラスの欠片を集めた。

「わかった、やっておこう。主を守ってくれたこと、感謝申し上げる」

 思わずノインも自然と葉たちに言葉を掛けた。すると葉たちは螺旋を描きながら穴の空いた天井から外へと去っていった。

 ノインは一旦扉を出て兵士を呼び、ガラス片を片付けする様頼み、入室した兵は綺麗にガラスが纏められ、床に流れた筈の血が消えていることに何度も謝礼の言葉を申し上げながらガラスを回収して出て行った。


「待たせたな」


 国王が戻り、玉座まで行かずにアレスフレイムたちの近くに立つ。

「そっちはもう大丈夫なのか。兵士や家族の治療は済んだのか」

「家族の安否は確認した。兵士も命を落とした者はいない。手短に終わらせよう」

「来月にまた来る。用があれば、ノイン・マーライ宛に兵士の名でも使って手紙を送ってくれ」

「わかった。だが…………」

 レジウム国王は吹き抜けた天井を見上げた。

「さっきの葉の襲撃は何だ。其方の力か?」

「悪いが解らない。勝手に葉が入ってきたが、味方のようだったから放っておいた」

「信じ難いな、奇跡としか言えない光景だった」

 さらさらと穏やかな風が降り注ぐ。


「人間も植物も関係無い。大地は生ける者が守り続けるべきだ。きっと人間よりも彼らは敵の動きを知っているのだろう」


 植物を生き物としての対等な存在として認めるアレスフレイムの姿にレジウム国王は言葉を失った。彼を戦を好むと蔑んだ己の態度に恥ずかしさが込み上がる。


「レジウム国王、貴国の兵が恵みの水を塞き止めたせいで我が国の作物や水辺に住む植物たちは救い出す前に命を枯らしてしまった。平和を望むと謳う国として有るまじき残虐行為だ、その罪を忘れるな」


 レジウム国王は震えながら膝を落とし、ゆっくりと床に手を付き頭を下げて平伏し、全身で謝罪をした。


 リリーナ、貴様の代わりに彼らの死の十字架を背負わせてやったからな。


「ノイン、行くぞ」


 信頼すべき兵士の中にスパイが紛れ込み、さらに財政難。レジウムの危険度は予想以上に高い。

 父親の目を盗んでやらねばならない課題が山程ある。彼女の協力が何よりも力になる。人間離れした魔力だけでない、彼女という存在がアレスフレイムの力の源となる。


 平伏す国王を足早に通り過ぎ、アレスフレイムは自国へ、国境の山を越えて彼女の居る畑へと帰ろうとした。

 

 謁見の間の出ると昨日も行動を共にした兵たちが待ち伏せていた。

「悪いが早急に戻りたい。馬を借りれるか」

「畏まりました。何人かお供させていただくことが条件になりますが宜しいでしょうか」

「付いて来れるなら構わない」

 城を出たところに馬が二頭用意され、アレスフレイムとノインは初めて乗る馬だったが上手く乗りこなし、後からレジウムの兵たちが付いてくる。

 馬車移動よりも格段に早く山の麓に着き、アレスフレイムたちはレジウム国を後にした。


「ノイン、悪いが先に転移魔法で戻る」

「承知しました。お気を付けて」

 一秒でも早くリリーナの元に戻りたい一心でアレスフレイムは転移魔法を唱えた。


 が、その前に山の頂上へ立ち寄った。


 背が高き山の主、一本杉が彼を微笑み見下ろす。


 おかえりなさい。ご無事で何よりだわ。


「貴方の図らいだったのだろう。お陰でこの命、枯れることなく帰国が出来た。心より感謝致す」


 アレスフレイムは土に片膝を着き、片手を胸に添えて深く礼をした。


「あらいいのよ。頭を上げてちょうだい。貴方にはフローラを守ってもらえるだけで私達は有り難いと思っているのよ」

「は……」


 今、聞こえた…………?


「喋れるのか…………?」


 聞こえるのは穏やかな風の音のみ。間もなく午後の陽が最も高くなる中、アレスフレイムと山の主は互いに見つめ合いながら静かな時を過ごした。


 気のせいか………。


 そう思い、アレスフレイムは山の主に背を向け、再び転移魔法を唱えた。


「あらぁ、こんなことってあるのかしらね。思わず黙っちゃったわ。白薔薇姫様にご報告をした方が良いかしらね」


 国境の山の主は根を出来る限り遠くの地まで伸ばし、王城で君臨する白薔薇姫へ彼が自分たちと会話が出来るかもしれないと植物たちに伝達を促した。


 山の麓に転移魔法で到着したアレスフレイムは、一頭の馬に跨がり、

「悪いな、先にこいつを連れて行く。お前は後から必ず連れて帰るから、それまで待っていてくれ」

 ノインが乗るべき馬の立髪を撫で、アレスフレイムは馬を走らると川沿いの野道に力強い蹄の音を響かせた。




ご覧いただきありがとうございます!

ご感想等励みになりますのでいただけると嬉しいです。


では、また。

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