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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
28/198

7−4

 アレスフレイムとノインは大地一面が陽の光に燦々と照らされた大地を力強い馬の足音を鳴らしながら駆け抜けていった。

 横には昨日から再び水が流れるようになった川がさらさらと平穏な音を流す。


 昨日はありがとう、僕たちすっかり元気に戻れたよ。


 水辺に生息する草花たちが彼らの姿を見つけて嬉しそうに身体を揺らす。


 間もなく隣国レジウムに跨がる山の入口に着こうとした頃だった。

「ッチ……! あの馬鹿!」

 アレスフレイムは馬を走らせながら舌打ちをした。


 一瞬、リリーナの巨大な魔力を感じた。


 その後は特に魔力を感じなかったため、魔法円盾でも使って気配を隠したのだろう。だとしても農民の奴らに見られなかっただろうか。

 山道の入口に到着し、馬を止まらせる。

 ノインもすぐ後ろからやってきて

「私だけでも戻りましょうか」

 と同じく彼女の魔力を察知したノインがアレスフレイムに提案する。

「いい、アイツを信じよう」

 一抹の不安を抱えてはいるが、彼女を信頼する道を選ぶ。初めて会ったときから肝が座りっぱなしの女だ、戻ったところで何故戻ったと逆に呆れられるだろう。


 それにしても………


 心配そうに見送る彼女の表情さえも唆られる。


 基本無表情だが、滲む程度に感情も見えてくる。だが、自分の安否を心の底から心配していた。彼女のことだ、無事じゃ済まなかったらその知らせさえ届かないことも解っていたはず。

 これが双方想い合う関係なら、あのまま唇を重ねただろう。

 流石に起きている時の彼女の唇を奪う程野蛮では無い。眠っていたら良いわけでは無いが、初めて自分の中に湧き出る“何か”の勢いを抑えるためか、それとも抑えられなかったためか、彼女に触れずにはいられなくなってきている。

 国の危機に関する交渉へ他国へ乗り込む時だというのに彼女のことを考えてしまうとは。

「重症だな…」

 アレスフレイムは軽くハッと笑って風の中に呟きを掻き消した。


「そういえば、昨日入山する前に何か言ってたな」

 ふと足を止めて上の方を見つめる。

「入山を植物たちに許可を願うことを言ってましたね」

「ああ、俺たちも一応しておくか」

 二人は並んでスクっと山を見上げた。

「アレスフレイム・ロナールとノイン・マーライと申す。足を踏み入れることを許し給え」

 アレスフレイムが頭を下げ、続いてノインも丁寧に頭を下げる。


 まぁご丁寧に。ようこそ、いらっしゃい。


 さらさらさらさら、と穏やかな風が流れ、草や樹の葉が進むべき方を示すかのように揺れ動く。


 くしゃり、と彼らは導かれるまま入山する。念の為、剣をすぐに抜けるようにグリップを片手に添えながら、ノインが前、すぐ後ろにアレスフレイムの順に進んだ。


 今日は特に陽射しが強くて彼らの体力を奪ってしまうわ。そう、優しい風を送って。そうね、葉で影を作ってあげましょう。良いわ、皆上手よ。


 昨日と同じ道を歩く。無駄な体力を消耗せず、二人は黙々と登り続ける。先に進むノインがたまに僅かに振り返ることさえも「気にするな、前を向け」とアレスフレイムは些細な行動さえも体力を温存するために控えろと言う。


 艷やかな葉で二つ水汲みを用意してあげましょう。そうね、わかりやすいようにそこの岩に置きましょう。あら、思っていたよりも早く着きそうよ。


 頂上に着くと昨日から再び自国にも流れ落ちるようになった泉が平和に渾渾と湧き出ている。そして、少し横に傾いていた木々は立ち上がり、気持ちの良い日向が一面に広がった。


 岩に用意された葉の水汲みを見てアレスフレイムは漸く異変に気付く。


「日陰を登り続けていた………」


 主の呟きを聞いたノインは「確かに…」と同調した。昨日も土嚢を片付けてずぶ濡れになった自分たちを乾かしてくれるかのように自然の風が舞い、陽の光が濡れた服を照らした。奇跡のような出来事だったが、もしや今日も植物たちに守られているのではないだろうか……。


 彼女が対話をしていた背の高い木の下へ歩み寄る。アレスフレイムはぐっと身体を反って上を見上げ、


「良き働きだ。礼を言おう」

 

 と、声を上げた。木のてっぺんにも届くように。


 あらあら、どういたしまして。


 ノインと泉の水を飲んで一息つくと、レジウム側に下山をした。


 レジウムの大地よ、良く聞いて。

 彼らは海の彼方まで続く大地を守る民。そちらへ行くわ。どうか、城の植物たちに彼らを守るように伝えてちょうだい。


 急にザザザァっと風が吹き、波のように葉が続いて揺れていく。


 承知した。


 大地の会話など全く聞こえないアレスフレイムたちは、只々真っ直ぐに下山し、レジウム国の兵士たちと合流をした。


 必ず生きて帰りなさい。貴方は現代のフローラの騎士なのだから。


 国境の山の主の庇護を受けながら、アレスフレイムたちは単独で他国へと乗り込んだ。




「ここからは馬車で移動をしていただきます」

 レジウムの兵士たちはアレスフレイムを馬車に乗せ、城へと急いだ。

 他国の王族が自由に馬で移動出来ないのは重々承知だが、アレスフレイムは居心地悪そうに腕を組んで座り、ノインがその横で緊張しながら両手を前に添えて座っている。


 城に着き、多くの兵に囲まれながら王が控える謁見の間へと通される。

 重い扉が開かれ、天井の高い部屋の奥に玉座があり、白髪でアレスフレイムよりも一回り程歳が上の王が構えていた。光属性の名に相応しく、色白で背丈も有り、細い瞳は黄金色に輝く。肘掛けに肩肘を立てながら彼らを待っていた。

 天井の中心は緑と黄色のステンドグラスが施され、まるで木漏れ日を浴びたような室内になっている。

 いや、本当に沢山の葉たちが部屋を覗くようにしてくるくると円を描きながら舞っていた。


 まさか、見守られている……………?


 アレスフレイムは一瞬だけステンドグラスに視線を移し、すぐに王に目を向けて許される場所まで近付き、膝を付いた。一歩後ろでノインも膝を付き、控えている。


「レジウム国王、お時間をいただけることを感謝申し上げる」

「ロナールの赤髪の第二王子、戦で負け知らずと聞く。其方の要望は何だ。私の子孫か」

 酷く疲れた顔をした国王にまるで何も信頼をされてないと言わんばかりの先制攻撃だ。

「要望は話し合いだ。血を流したくはない」

 アレスフレイムは腰に掛けてあった剣をベルトから外し、床を滑るように投げ捨てレジウム国の兵士に渡した。

 ノインは益々主の身の危険を心配するが、主と同様に自分の剣も捨てた。万が一の時は水ノ魔鎖で主を遠ざけ、自分が盾になる覚悟だ。

「戦いの場では、君が必ず相手の要となる人物を真っ先に仕留めるそうじゃないか。流血を好むと思ったが」

「命を落とさずに戦いが終わるのならそれを望む。幾千の兵士の命と引き換えに親玉だけを潰すだけだ」

「おやおや、君の狙いは私の命かい?」

「要望は話し合いと言ったはずだ。兵士から何も報告を受けていないのか」

 肘掛けに肘を立てながら身体を横に傾けてだらしない態度で聞くレジウム国王の態度にアレスフレイムは内心マグマの様に腹を立てたが、アレスフレイムは全く怯むことも声を荒げることもなく慎重に話しを進めた。

「ああ、ロナールに流れる湧き水を横取りしたって話かな。悪かったね。でも、我が国に本来流れるべき水が塞き止められたのは怪しい鉱物が埋められていたのが原因だったそうじゃないか」


 この王はロナールが最初に仕掛けたと疑っている。馬鹿か、と啖呵を切りたいところだが彼は押し殺した。


「そうだ、魔法が仕組まれた鉱物が原因だった。水を無効化にする力が施され、単に掘り起こせば洪水を引き起こし、仕掛けを理解して無事に回収出来たとしても解剖すれば大爆発を起こす、最悪な爆弾を仕掛けられたのが原因だ」

 兵士たちがざわつく。アレスフレイムたちが真剣に鉱物を掘り起こす姿を目の前で見たため、彼らはアレスフレイムを全く疑っていないが、国を守る自分たちの目を擦り抜け、そのような危険物が仕込まれたことにショックも隠せなかった。

「大爆発? 昨晩は静かだったが」

「余りにも罠としか思えなかったから爆発を想定して切って防御魔法で抑えつけた。ロナールの自作自演だと思っているのか?」

 レジウム国王は「ハハッ」と笑い声を上げた。

「直球だねぇ」

「笑い事ではねぇんだよ」

 アレスフレイムの言葉遣いに場が凍りつく。

「俺はレジウムの自作自演とは思っていない。第三者が戦争を引き起こそうとしている。世界の混乱中にアンタや血の後継者たちを攫おうと計画されている可能性だってあるってことだよ、笑えるのか」

 それまでだらしなく身体を横に傾けていた国王がゆっくりと背筋を伸ばす。

「愚王が統べるロナールに犯人役を擦り付けて世界の均衡を崩そうとしてる奴が間違いなく居る。戦争が好物のバカ親父には絶対に知らされてはならないから俺が単独で来た次第だ」

 

 膝を付いていたアレスフレイムが立ち上がる。


「レジウム国王よ、これが最後だ。俺の要望は話し合いだ」




ご覧いただきありがとうございます!

ご感想等励みになりますのでいただけると嬉しいです。


では、また。

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