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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
27/198

7−3

「行ってくる。何かあったら構わず超転移魔法で逃げろよ」


 宿舎を出てアレスフレイムとノインが馬に乗る前にリリーナは彼らを見送った。

「はい。殿下もノイン様もくれぐれもお気を付けて」

 まだ農民たちは家に籠もり、三人だけの静かな農村。まだ朝のひんやりとした空気が漂い、馬の吐息が白く曇る。

 いつ何時ゲルー大国から次の手を打たれるかわからない。彼の方が危険を伴うかもしれないのに、人の安否ばかり心配してくれる。


「どうか。無事に帰ってきてください」


 国王に黙って動くのだから、彼らに万が一のことが起きてもレジウムから報告など届くはずもない。戦争に行くわけでは無いが、それこそアレスフレイムたちには何が何でも生きて戻ってきて欲しい。たとえ国を裏切ることになっても。


「ハッ。当たり前だろ」


 アレスフレイムは軽く彼特有の嘲笑を浮かべるとリリーナの雑に結ばれた頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「なっ!」

「次会う時はもう少しまともに結えるようになれ」

「なんですって!」

 ムキになりながら彼の手を振り払い、顔を見上げてみる。


 彼の表情には“何か”があった。


 しかし、リリーナにはそれが何かはこの時はわからなかった。


 彼は息を吸い込むと

「皆の者聞け! 危険物は昨晩我々で破壊をしたから安心しろ! 王城庭師、リリーナターシャ・アジュールの指導の下、畑の再建に精を尽くせ!」

 農地に響き渡らせる程の大声を上げた。静かな朝に轟く彼の声に月々と農民たちは窓を開けて様子を窺っていた。

「あとは頼んだ、リリーナ」

 アレスフレイムたちは馬に乗り跨ると、颯爽と国境へと走らせた。彼らの姿が完全に見えなくなるまでリリーナはじっと見届け続けた。


 未だに農民たちは家に籠もっている。


 まだ危険物に警戒でもしているのか。ロズウェル家の領民たちの朝は早く、市場に出荷するために朝採れ新鮮野菜を皆で協力をしながら収穫をし、その中でも出来の良い物を選別し、値段を分ける。畑仕事は基本力仕事だ。太陽が燦々と照らされながらの作業は脱水症状を引き起こし兼ねないし、暑くなってからの水撒きは植物たちに熱湯風呂に浸からせるような行為に等しい。

 夕方に収穫をして夜中に王城へ運ぶ習慣なのだろうか。いや、夜中に運ぶには道中が長すぎて危険だ。それに一日の始まりに病気の植物がいないか見回すのが基本だと思うが……。


 彼らの“基本”に期待をしてはいけない、荒れた大地がそれを物語る。

 水路に水は再び流れるようになったが、土がカチカチに固まり、浸透することが出来てなく、意味を成していない。

 昨日弔ったが、枯れ果てた野菜をそのまま放置をする神経が何よりも許し難い。


 リリーナは宿舎に戻り、フライパンとレードルを取り出して外に出ると、人の気配の無い路地を歩きながらレードルでフライパンを叩いて人々を起こした。


「皆さま〜! 朝ですよ〜! 起きてください! 一人一本スコップをご用意なさって畑へお集まりください! アレスフレイム王子の命により、畑仕事を始めますわよ!」


 カンカンカンカンカンカン! と頭に響く音にたちまち農民たちは目を覚まし、不快そうな顔で窓から外を眺める。

「煩いぞ!」

 父と同い年ぐらいの男が窓から怒鳴り声を上げる。

「王子のお言葉でさえすぐに飛び上がりませんようでしたので、これくらいしないとお目覚めが難しいのかと思いましたの。王子からご紹介を預かりました、私が王城庭師のリリーナターシャ・アジュールと申します」

 全く怯むことなく男性に目を合わせながらリリーナは答える。朝の静かな農村に凛とした彼女の声が透き通る。

 

「誰がそんな魔女みたいな奴の言うことを聞くか!」

「そうだそうだ!」

「危険物だってお前が持ち込んだんだろ!」


 次々と怒号があちこちから響く。

 リリーナは黙って汚い言葉を浴びていた。


「お前は王子を魔法で誑かして偉そうな態度をしてるだけだろ!」

「魔女は洞窟に帰れ!」

「俺たちの村のやり方に指図するな!」

「最初からお前を気味が悪いと思ってたんだよ!」

「危険物で俺たちを脅しやがって!」

「静かにしろ! 魔女が!」


 リリーナはついに堪忍袋の緒が切れた。


「沢山の野菜たちを見殺しにしてその悪態は何事か!」


 隠れ令嬢の彼女の姿は凛々しく、怒りの姿は静かな威圧感があった。


「貴方方は家族が死んだら野道に放置するのですか。水を欲しても山に水を求めず、自分たちの生活水をただ優先にするのですか。今もアレスフレイム王子国境を越えて危険を覚悟で国を守ろうとしているのに、貴方方がそこまで意固地になって畑を守ろうとしない理由は何なのですか」


 リリーナは窓から顔を出す農民に睨みつけ。


「私はどの国の大地だろうが植物たちを守ります。貴方方がそのような態度でいらっしゃるのなら、私一人で畑を蘇らせましょう。ただし、帰国されたアレスフレイム王子にも正直に報告をさせていただきます」

「俺たちは一切手伝わないからな!」

 一人が窓をピシャリとがさつに閉めると次々に農民たちは窓を閉めていった。

 リリーナは孤高に一人畑へ向かった。畑の脇に置き去りにされたスコップを持つと、指揮をするかのように掲げた。


「まずは、私達が誰にも見られないようにしましょう」


 畑に手をかざし、「魔法円盾(グライスシールド)」と唱えると広大な土地が透明な盾で包み込まれた。これで、外に魔力が漏れる恐れも無い。


「大地たちよ! まずはあなたのベッドを作りましょう。柔らかな土は植物たちの根を優しく包み、美しい水を染み渡らせる」


 そして唄うように「大地震撼(アース・フィスモス)」と唱えた。スコップを掲げながら畑地を駆け出し、妖精のようにふわりと舞う。


 畑の土たちは踊るように掘り返され、ヒビ割れた大地とは打って変わり、土地の顔は健康そうで柔らかな濃い茶色と変わった。


「これで良し」


 リリーナは満足をすると魔法円盾を解除し、再び農民たちの家へと向かった。


「全ての土を掘り返したわ! 意欲のある方は種まきと水やりをやりましょう!」


 高らかに声をかけると、また村の男たちが窓を雑に開き


「うるせぇぞ!」

「こんな短時間に出来るわけが無いだろう!」

「いや………………本当に出来ている………」


 高い家に住む住人が信じられなさそうに呟く。初日に出迎えた管理人の初老の貴族だ。 

 慌てた様子で畑へ走る男たち。美しく柔らかな土壌、さらさらと平和に用水路に流れる水、今まで嗅いだことの無い濃厚な土の匂い。昨日とは見違える畑。


「お、お前はいったい何者だ………」


 静かに背後から歩くリリーナに恐る恐る農民たちは振り返る。


 魔女ですから、と言おうかとも思ったがやめた。


「王城庭師でございます」


 袖をわざと捲り、長年土いじりで鍛えた引き締まった腕を見せつけた。


 

  

 

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では、また。

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