7−2
スープも煮込み終え、テーブルに料理を運び終えると、シャツにズボンで少しだけ寝癖が付いたアレスフレイムが頭を掻きながらやってきた。
「起こしてしまいましたか」
「いや、自然と目が覚めた。カーテンを閉めなかったからな。まだ運ぶものはあるか?」
「いえ、これで全部です」
「顔を軽く洗ったらすぐ戻る」
「畏まりました。ノイン様は?」
「寝かせておけ。こんなに長時間ぶっ続けで寝られるなんて希少だからな」
すると速歩きの音が。
「遅くなりまして申し訳ございません!」
主よりも遅く起きてしまったノインは慌てた様子でジャケットを羽織りながらやってきた。
「気にするな。もっと休んでいても良かったくらいだ」
「そういうわけにもなりません……あ」
テーブルに並べられたご馳走に思わず目を奪われた。
「御口に合えばよろしいのですが。ぜひ召し上がってください」
「貴様が作ったのか?」
「ええ、農民の方々はまだ危険物に恐れて退避されているのだと思います」
「そうか」
二人して心の中で呟く、料理はまともなんだな、と。
むしろ料理の腕があるように見える。
「殿下、どうぞお顔を洗いに行かれてください」
「あ、ああ、すぐに戻る」
パンの酵母の香り、炙りベーコンのジューシーさ、スープの暖かさ、美味しい料理たちが鼻をくすぐる。
顔を洗ったアレスフレイムは急いで食卓に戻り、端の上座へ座る。
自分を象徴する赤い花が描かれた豆皿。
薄く輪切りにしたレモンの下にほんの僅かに顔を出した花を見て、アレスフレイムは唇をきゅっと閉じた。
リリーナは下座に座り、残った席にノインも座る。
ノインも自分の髪と同じ色の紫の花が描かれた小皿に気が付く。そのような待遇をされたことは無く、少し恥ずかしそうになった。
リリーナの豆皿に目を移すと……………。
青…………。
それまで穏やかな朝だったが、ノインは急に胃がキリキリと痛むような思いに駆られた。
彼女自身の緑では無く、何故よりにもよってマルスブルーの色を彼女は選んだのだろうかと緊張感が走る。
「毒は入っておりませんので、どうぞ安心をして召し上がってください」
「何故…………貴様の豆皿はその柄にしたんだ?」
「え、駄目ですか?」
彼女の本心を読み取ったアレスフレイムは眉をひくひくと動かす。
「面倒くさい質問で悪かったな。貴様が皿を選んだのか?」
「ええ」
他に誰もいないでしょう。ロズウェル邸に魔法で戻ったのは内緒だけど。
「そうか………貴様は…その、青が好きなのか?」
「そうですね。好きですね」
水や空が連想されるから。
一方で炎のような赤い色の髪のアレスフレイムの顔はすっかり凍りついている。
「そうか、好きか………」
「あ」
何か歯切れの悪いアレスフレイムに違和感を感じたリリーナは、
「そちらのお皿とお取替えしましょうか?」
アレスフレイムはこっちの皿を使いたいのかと察した。
ノインはその一言で「あ、絶対に深い意味が無いヤツ」と理解して
「アジュール、マルスブルー様を象徴するような青い皿を殿下に使わせるなんて止しなさい」
「え、そんなつもりで青いお皿を選んだわけではないわ。たまたま一番上にあって取りやすかったから。殿下はこっちのお皿の絵柄の方がお好みかと思ったのですが」
やっぱりな、とノインは納得し、アレスフレイムはほっと胸を撫で下ろす。
殿下に芽生えたばかりの“何か”がこじらせているな、とノインの心情は朝から疲れてしまった。
リリーナの振る舞った朝食は格別に美味しかった。
特に生野菜。瑞々しく甘いのにシャキッとした程よい歯応えも残る。ノインとアレスフレイムは初めて食べるリリーナが育たてた野菜にすっかり胃袋を掴まれた。
「よろしければ、朝採れ野菜にレモンを掛けて召し上がってください」
「この野菜はどこで収穫をした? それとも貴様が何か魔法でもかけたのか?」
「え」
無表情ながら明らかにリリーナからは「しまった」という表情が浮き彫りになった。
「……………今日は特別に叱らないでやろう。正直に言え」
本当に説教が飛ばないかリリーナは疑問ではあったが、少しため息をして観念をし、白状をすることにした。
「今朝、転移魔法でロズウェル家の畑へ帰りました」
アレスフレイムとノインの時間がまるで止まった。彼らの魔法の常識が付いていけなくなっている。
「転々と転移魔法を繰り返したのか?」
「いいえ、ここからひとっ飛びに」
常識離れの転移距離。アレスフレイムは額に手を付けて項垂れ、ノインはパンを持ったまま口を半開きに開けて止まっている。
「今朝……いえ、なんでもないです」
「まだ何かあるのか。言え」
「…………以前よりも魔法の出方がなんか、こう、なんか違うんです。ちょっと力を入れただけですごい魔力が発動するようになって。だから、遠い距離も移動出来るようになったんだと思います」
ただでさえ尋常離れの魔力なのにさらにレベルアップをしたのか、とアレスフレイムたちは朝から目が一気に覚めるようだった。
あまりにも頭が付いて行けず、アレスフレイムも勝手に魔法を使ったことを叱ることさえ出来なかった。
「ま、まぁいい………この野菜は貴様が育てたのか?」
「左様でございます。私個人で育てていて、主に領主様に献上しております。市場には出ておりません」
「ロズウェル氏の考えか?」
「そうですね」
愚王に商売道具にされるわけにいかないため、とは言えなかった。仮にも王はアレスフレイムの実の父親だ。
あの男の考えそうなことだな、とアレスフレイムは心の中で呟いた。領家の目先の利益よりも希少な野菜の安全の確保を選んだ、本当に頭のキレる男だな、と。
「上手い、こんなに上手い野菜を食べたのは初めてだ」
シャキッと生野菜を歯で噛んで、アレスフレイムはしみじみと褒めた。
リリーナも少しだけ照れくさそうにほっと微笑みが滲む。
「本当は王家に献上するのも禁止されているんだろ。ありがとう」
リリーナの目をまっすぐ見てアレスフレイムが優しく礼を述べる。
すると今度はリリーナとノインが言葉を失った。
あのアレスフレイムが妙に優しい。
全員が全員眠気が完全に吹き飛んでいった。
食事を終えて片付けもし、椅子に座りながら食休みを取る。
「今日は俺とノインだけでレジウム国へ向かう。庭師を連れて王と会うのは流石に不自然過ぎる。貴様は大人しくこっちで魔法学を勉強して待っていて欲しい」
「畏まりました。農民たちと畑の手入れに励みます」
こいつ、ほんっとに魔法学を学ぶ気無いな、とアレスフレイムは軽く舌打ちをする。
「ふと思ったのですが、ゲルー大国がレジウム国を攻める可能性はあるのでしょうか」
「無いな。全世界を敵に回すことになるから」
「レジウムが反戦争国の代表だからですか? それだけでは攻めない理由としては小さい気がします」
「はあ、貴様は変なところで観が働くな」
アレスフレイムは腕を組んで少しだけ考えた。
「各国の王族にだけ知られていることだ、誰にも言うなよ」
「はい」
というより話すような相手もいない。
「レジウム国の王は世界で唯一光魔法の中級魔法が使える。彼の子孫は決して他国の王家との結婚は許されず、光魔法保持者の正当な後継者の一族として世界から守られるべき立場として崇められている。これがレジウムが絶対的に攻められない理由だ」
「では、レジウムの王族をこの世から消すことが世界の均衡を崩す一番の方法なのですね」
リリーナの言葉にアレスフレイムは黙って耳を傾けながら血の気が引いていた。
確かにその通りだ。ゲルー大国は強い、別段光魔法に固執する必要も無い。
「大悪党なら攫って遺伝子だけ頂戴しそうですけどね」
それだ………………。
ロナールに攻めさせて世界中がロナールを目掛けて攻めてる内にレジウムの国王、または王族の誰かを混乱の最中に誘拐をし、自身の国に光魔法属性の後継者を残し続けるのが狙いだろう。
そしてその者が国にいると知られれば、例えゲルー大国に非があろうとも他国は攻撃が出来ない。
「レジウムの王族たちの護衛にも力を入れる必要があるな…」
「ええ、難民も多くなっているみたいなので、手下の者も紛れ込み易いかと思います」
「今、財力に欠けたレジウムに政策は無理でしょう。同盟国に協力をしてもらうしかないかと」
ノインも話に加わる。
「ロナールが同盟を組むことは出来ないのですか?」
「俺のバカ親父がとんだドンパチ好きだ。奴が死なない限り無理だ」
そして時期王であって欲しい兄のマルスブルーは未だに王の器では無い。
「殿下がどこまでお話をされて、レジウム王がどこまで信じて、レジウム王の呼び掛けに同盟国がどこまで協力をするか次第ですね」
そうだな、とアレスフレイムは考える。
「貴様は報酬要請をこれだけやれば許してやることだと言ったな。なら、こちらに非が無いのに救いの手を差し出したらどうなる?」
アレスフレイムの中で何か一つの答えが出たようだった。リリーナにも解けるかを試すかのように笑みを浮かべる。
リリーナもあまり考えずにすぐに言葉が出た。
「侵略の手を使わない服従に近い友好関係を結ぶでしょう」
つまり、どうしても舵取りはロナール側が取りたい。ならば、そのためにこちらから利益を与える必要がある。
愚王が国境に近いところに畑を作ったのが、まさか利点になろうとしている。
「畑の拡大を頼む」
「畏まりました。国内の野菜についてはロズウェル家の領地にお任せください。この土地全てを輸出用にしても問題はございません。国境にも近いのでレジウム経由で運びやすいと思います」
「ノイン、行くぞ」
「はっ!」
それぞれの役割は決まった。
朝日が高い山からようやく覗き始め、リリーナたちは動き出していった。
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では、また。




