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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
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7−1 それぞれの役割

 庭師の朝は早い。


 朝日が昇るのとほぼ同刻に起床し、リリーナは白い袖付きのシャツに黒のつなぎに着替え………


 終わっている。


 いや、寝間着に着替えずに眠ってしまったのだ。

 つなぎの色が黒だから汚れが目立たないけれど、シーツを汚していたらどうしよう、とリリーナは掛布団を端に寄せてシーツをチェックした。


「何をしている」


 ぎょっとして声の主の方を見ると椅子に腰掛けたアレスフレイムの姿があった。


「殿下こそ何をなさってるんですか、仮にも女性の寝室ですよ」

「はーはー、それはそれは申し訳ございませんねぇ」


 彼は彼女のライトグリーンの寝癖混じりの頭をわしゃわしゃと雑に撫で、口元を手で隠しながらあくびを一つすると、立ち上がって部屋を出た。

 リリーナは手ぐしで髪を梳き、「何なのかしら……」と呟くと、昨晩の記憶が少しずつ蘇ってきた。


 そうだ、鉱物の大爆発を三人掛かりで魔法で抑えて、その後………記憶が無い。倒れたのだろうか。だとしたら………殿下は看病を? まさか一晩中、たったお一人で? いや、流石にノインと交代だろう。


 それと、何か夢を見た気がする。


 どんな夢だっただろうか……忘れてはいけない気がする……けれど、どうしても思い出せない。


「すっきりしない朝だわ………」


 リリーナは布団を畳み、厨房へ向かった。

 危険物を持ち帰ったと農民たちに伝えたのもあり、朝も誰も宿舎に寄り付いていなかった。

 厨房を回り、何があるのか確かめる。

「何もないわ………」

 別に保管庫があるのかもしれない。が、探して勝手に開けるのも憚れる。


 一か八か、やっみよう。


 リリーナは実家のロズウェル邸の庭を頭に描き、かなりの長距離だが自身をそこへ届かせるようにと自然のエネルギーを湧き上がらせた。


 彼らに、美味しい朝食を。


 そう願いを込めて、彼女は転移魔法を唱えた。一瞬で彼女の姿は消えたのだった。




「うわ…っ」


 着地に少し失敗しよろけるも、すぐにバランスを整え直した。

 以前よりも転移魔法の速度が上がっている。

 着地のタイミングが予想以上に早く、リリーナは思わず自分の手のひらを見つめ、身体に何か変化が起きたのではないかと疑った。


「おかえりなさい! リリーナ!」


 春の風が庭中を舞い、植物たちが歓迎し揺れている。

「ただいま」

 リリーナは庭の主のユズの木も元へ寄る。

「おかえり」

 枝をゆっくりと下ろし、兄のようなユズは春の青葉でゆっさりとリリーナを撫でた。リリーナも心地良さそうに頭を差し出す。

「野菜を取りにちょっと戻ってきたの。その前に、皆にも水をあげるわ」


 でも、いつも通りに水撒きをしたら時間が掛かって説教がましいアレスフレイムに不在にしたことがバレるかもしれない。


 どうしたら一気に聖水が撒けるかしら…………雨のように…。


 リリーナは両腕を横に広げ、


聖水(アスモス・)散開(スケドフィリック)!」


 新たなオリジナル魔法を唱えると、彼女の両方の手から水の粒が風に乗って舞い飛んだ。

 庭中に水の粒が行き渡り、春の訪れと共に開花した若い花たちはきゃっきゃと喜びの声を上げ、木々は地面に染み込んだ聖水を根に蓄えていく。

 

 リリーナもまるで舞っているかのようにくるりと回りながら魔法を放つ、暖かな庭の中心で春の祝福を挙げる女神のように。

 

 両腕を下げて水撒きを終えると、リリーナは家庭菜園の方へ歩き、

「あなたをいただいても良いかしら」

 としゃがんでハクサイに話しかけ

「召し上がれ」

 彼の返事を聞くと、「ありがとう」と深々と礼をして両手で重い野菜を引っこ抜いた。

 両腕でしっかり抱えながら勝手口に歩いて行った。


「まあ! リリーナターシャお嬢様!」


 勝手口から厨房に入ると朝早くから料理に精を出してくれているシェフたちが一斉にリリーナに注目した。

 近くにいた若手シェフのアンが慌てて重たいハクサイを代わりに抱く。

「ありがとう。これを四分の一に切ってもらっても良いかしら。残りは皆で召し上がって」

「畏まりました! ありがたく頂戴します」

「お嬢様もご朝食を召し上がりますか?」

 鍋の様子を見ながらシェフ長のバッファが尋ねる。

「ううん。すぐ職場に戻らないといけないの。あと、朝食を作らないといけなくて」

「王城だと従業員の朝食は用意されないのですか?」

「でしたら、パンも今切りますよ」

 口々に他のシェフたちも心配そうにリリーナに言葉をかけながら食材を用意し始める。

「ありがとう。三人分いただいても良いかしら」

「三人分???」

「王子と護衛の三人で朝食をいただくことになったの。男の人だから朝もよく食べるかしら」

「まあ、左様でございますか、王子と護衛の騎士様と……」


「王子ぃぃぃい!?!?」


 叫び声に近い驚きの声が湧き上がった。

「ごめんなさい。急に頼んでしまって」

「早急に上質なベーコンを炙りなさい! お嬢様のお野菜ですぐにスープを! 今日は鶏の骨も一緒に煮ること! バケット用のバターも切ったあと、品良く包むこと!」

 素早く料理長が指示を出し、シェフたちは一旦自分たちの作業を中断し、一斉に王族に献上をする料理に取り組もうとした。

「あ、違うの! 食材だけいただけたらいいわ! まだ眠っていらっしゃるから、料理は私が後でするわ!」

 

 それはそれで爆弾発言ではないのだろうか。王子が一人の女性の手料理を召し上がろうとしている。そして、一緒に食卓を囲む。

 仮にもリリーナターシャお嬢様が屋敷から出たのは二日前。たったそれだけの時間で王子と隠れ令嬢が親密な仲になったのだろうか。

 シェフたちは考え、丁重に上質な食材を袋に詰めていった。保冷庫から野菜を取り出し、


「お嬢様のお野菜は一旦凍らせると甘みがさらに一層増します。他のどんな食材でもお嬢様のお野菜に優るものはありません。凍らせたお野菜の方はスープに煮込み、今朝採れたばかりの新鮮なお野菜は切って生で味わっていただくのが宜しいかと思います。生野菜用に念の為にディップソースをすぐに用意しましょう。王子の好みの味はご存知でいらっしゃいますか?」

 聞かれてリリーナはまだまだ彼のことは何も知らないことに気付く。けれど、たった数日間で知ったことを出来る限り思い出した。


 そうだ、ほんの数日前に彼は戦火から帰ってきたばかり。隈が目立つ顔色だった。今も王城管理の畑や他国との交渉について彼は王に隠れながら精一杯国のために身を削るような程公務に徹している。


 そして、夜中も倒れたであろう私のために………。


「彼は………疲れているの。少しでも疲労回復が出来るように酸味か甘味の味付けでお願いしても良いかしら」


 一同は王子の体調を真剣に想うリリーナの姿を見てほぅとため息が出た。

 あの土いじりを生き甲斐にされて毎朝ご家族と食卓を囲まずに草花の世話を優先にしていた彼女が一人の男性の健康を願っている。ただただ高級食材を振舞って媚びりたいのではなく、純粋に心も身体も満たされる食事を望んでいる。

 王子を「彼」と呼び、まるで対等に労っている。


 リリーナターシャお嬢様は少々変わり者だが、決して頭の悪い方ではない。王子もお嬢様の聡明さに惹かれているのかもしれない。


「ふむ………でしたら、シンプルな物を用意しましょう。アン、レモンを用意しなさい。アッシュは凍ったまま野菜を切る」


 料理長が指示を出し、レモンを保管庫から出したアンは丁寧に輪切りにしていく。

 アッシュは腕を捲り、逞しい腕に力を入れながらまだ凍った硬い野菜をジョキジョキとリズム良く切っていく。


「領地で採れたレモンを用意しましょう。お好みで掛けるのも良し、掛けずに召し上がるのも良し。ぜひ朝採れ野菜そのものの味を王子にお楽しみいただきましょう」

「ありがとう」

「小さな豆皿は向こうでご用意出来そうですか? 輪切りにしたレモンを並べるのに見栄えが良いかと思います」

「わからないわ。借りても良いかしら」

「もちろんでございます。そこの戸棚からお好きな物をお選びください」


 バッファに言われてリリーナは戸棚を覗く。種々様々な食器が積んであり、小さい豆皿もあった。


 ここに住んでいた頃は食器なんて気にも留めなかったけど、誰かに食事を提供する側に立つとこんなにも真剣に悩むものね。

 

 そんなことを考えながら、リリーナは豆皿を見ていると、花の絵が描かれている物がいくつかあるのを見つけた。


「こういうのって、相手の瞳や髪と同じ色のが良いんだっけ」


 以前、妹のカロリーナから贈り物のセンスについてどうとか何か言ってた時にそんなことも聞かされた気がする。

 積み重なった小皿を一枚一枚浮かせながら絵柄を見ていた。


「あ」


 フレーミーの花。

 赤々と元気に咲き誇る、彼を象徴とする花が描かれていて、リリーナは迷うことなくそれを選んだ。

 ノイン用に紫の花のなんてあるかしらと探すと下の方に見知らぬ紫の花が描かれている絵皿があり、それも取った。そして、リリーナ自身用はたまたま一番上にあった適当な皿を選ぶ。


「この三枚を借りて良いかしら」

「もちろんでございます。差し上げても大丈夫ですよ」

「そう、お言葉に甘えていただこうかしら。ありがとう」


 リリーナは大事そうに皿を受け取り、シェフたちが詰めてくれた袋に一緒に入れた。割れないようにと野菜の隙間に詰め込んでおく。

「ありがとう! とっても助かったわ!」

 目を輝かせながら礼を言うリリーナに一同幸せな想いに満ち溢れた。

「こちらこそ王族の方に間接的に振る舞えるなんて夢のようでございます。どうか王子と騎士様にもよろしくお伝えくださいませ」

「わかったわ。支度中だったのに本当にありがとう」

 リリーナが勝手口から出ようとするとアンが慌ててドアを開け、リリーナは厨房から姿を消した。


「………………旦那様はご存知かしら」

「多分知らないだろう」

「伝えた方が良いかしら。王子に料理を振る舞う上に食事をするなんて……」

 リリーナが出て行った後、シェフたちは本人の前では言い出せずにいた疑問をそわそわと相談をし合った。

「お嬢様もお年頃ですし、まだ親に知られたくないのかも」

「そうだな。ここだけの秘密にしておこう」

 うんうんそうだ、と皆納得をする。

 が、しかし


「王子ってどっちだ?」


 国に王子は二人いる。

 女嫌いで気難しいが英雄的存在の第二王子、赤髪のアレスフレイム。

 長年クリエット家のご令嬢と添い遂げている心優しい第一王子、青髪のマルスブルー。


「お嬢様が選んだ皿の絵の色は、確か……」


 赤、紫、そして青。

「王子の専属騎士を知ってる人っている…?」

 全員首を横に振る。

「…………………」


 一同、まさかね、と沈黙をする。

 お嬢様は賢い方だが、男女の付き合いについては果てしなく疎そうだ。


「旦那様に一応報告をしよう」


 シェフたちが戸惑っていることなど知らないリリーナは転移魔法で宿舎の無人の厨房に戻り、鼻歌交じりで料理を始めるのだった。




ご覧いただきありがとうございます!

ご感想等励みになるのでいただけると嬉しいです。


では、また。

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