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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
23/198

5−8

 三人掛かりで鉱物に仕掛けられた大爆発を魔法で抑え込み、収まった頃には三人共息を切らしていた。


 魔力が強大なリリーナでさえも。


 床に手を付いてしゃがみ込み、ずっと魔法を使って緊張していた腕が震えている。

「殿下………ご無事ですか……」

 ノインも息絶え絶えではあったが、自力で立ち上がり、アレスフレイムに近付こうとしている。

「ノイン、俺のことは良い。すぐにそれを飲め。回復薬だ」

 主に命令され、ノインはゆっくり食卓に近付き、リリーナが事前に用意してあった聖水を飲み、床にしゃがんで息を整えようとしていた。

 アレスフレイムは自身も倒れたい程疲弊をしていたが、食卓に置いてあった聖水入りのコップを持って、リリーナの前にしゃがみ、

「飲めるか」

 と差し出した。

「はぁ……はぁ…………くっっ…ぁ…!」

 手を伸ばそうとするも、体勢が崩れ、完全に上半身が床に倒れてしまった。

「リリーナ!」

 先にアレスフレイムは一口聖水を飲み、自身の体力を回復した後にリリーナの上半身を支えて起こして口元にコップを運ぶも、リリーナは全身を小刻みに震えていて上手く飲めないでいた。


 彼女の中の魔力が不安定に陥っている。


 魔力の強いアレスフレイムは彼女の中に流れている魔力が弱々しくなり、命と共に消えそうになっていることを察知した。


「くそ……っ! しっかりしろ! リリーナ! リリーナ!」


 彼女がいなければ国は焼け野原となっていただろう。

 三人掛かりで魔法で爆発を抑えていたが、リリーナの力が群を抜いて強く、ほぼ彼女の魔力のおかげで収まったようなものだった。


「リリーナ、飲め! 貴様が作った聖水を一口でも良いから飲むんだ! リリーナ!」


 何度も何度も彼女の名を叫ぶも、彼女の魅惑的な瞳からは光が失せてきて、次第に意識を失ってきてしまった。


 アレスフレイムは一瞬躊躇うも、再び聖水を口に含ませ、しっかりと腕を回して彼女の背中を包み、二の腕で彼女の首の後ろを支えながら、アレスフレイムはゆっくりと顔を彼女まで下ろし、唇を介して聖水を注いでいった。

 

 疲弊した彼女の唇は少し震えて冷たく、紫がかっていた。第二王子のアレスフレイムの口づけは彼女を蘇らせたい一心で熱く、そして根が誰よりも慈悲深い彼の心が彼女に温もりを与えた。


 弱々しくではあったが、こくん、と彼女は聖水を飲むことが出来た。

 アレスフレイムが唇を離すとリリーナは再び僅かに瞳を開かせた。


「殿…………下………………」


 囁くような声を出す彼女はアレスフレイムの腕の中で儚げだった。

 次第に唇の血色は戻り、震えも治まってきた。アレスフレイムはほっと胸を撫で下ろし、

「もっと飲めるか」

 とコップを口元に寄せると、リリーナはゆっくりと聖水を飲んでいった。


「今日はもう良い。ゆっくり休め」


 優しさを含ませた言い方にリリーナは心地良さを覚え、腕の中に包まれたまま眠りに落ちていった。

 アレスフレイムは彼女を起こさないようにゆっくりと抱きかかえて立ち上がり、すーすーと安定した寝息を聞くと、フッと軽く笑みが溢れた。


「私が運びましょう」

 ノインからの申し出に彼は即座に

「いや、俺が連れて行く」

 アレスフレイムは彼女の寝顔を見つめながら言った。

「………では、先に寝室の布団を剥いでおきます」

「俺の方の寝室を使わせよう。その方が上質なベッドだろう」

「畏まりました」

 ノインは速歩きでアレスフレイムに用意された寝室に行き、敷かれていた掛布団を剥いで、彼女をすぐに寝かせ置けるように準備をした。

 間もなく眠るリリーナを抱いたアレスフレイムが部屋に入り、慎重に彼女をベッドに寝かせた。

 寝室に向かう途中に雑に結ばれた髪ゴムは解け落ち、ふわっと柔らかなライトグリーンの髪が広がる。


「悪い、先に出てくれないか」


 ノインは主人の言葉に驚くも、失礼の無いように一礼をし、部屋を出ようとした。


「ノインも疲れただろう、早く休め」

「………ありがとうございます。アレスフレイム様もお早めにお休みくださいませ」


 ノインは部屋を出てそっと音を立てずに扉を閉めた。


 随分この二日間で柔らかになられた。


 長年宿っていた目の下の隈から解放されたかのように、彼に慢性的にあった苛つきが徐々に薄れてきている。

 あの風変わりな庭師のお陰と考えざるを得ない。

 しかし、単なる庭師では無い。

 庭師は一人の女として、きっと…………。


 ノインの心情は複雑ではあったが、魔力を消耗した身体は休みを欲していたため、用意された部屋のベッドに倒れるとそのまま眠りについてしまった。




「落ち着いてきたな………」


 彼女の細い手首にそっと指を添えて魔力の流れを確かめる。先程弱々しく不安定であったが、すっかり正常に戻っていた。


 彼女を失うかもしれないと思った時、戦火で仲間を失った時とは違う感情が湧き出た。


 失いたくない。

 彼女がこの世に居ない世界など考えたくない。

 あまりにも出会ってからの時間が短過ぎる。

 無表情な彼女に笑顔を咲かせたかった。

 もっとお忍びで街に出て彼女の好きな物を聞いたり、国民に混じって食べ歩きをしたり、たまには共に庭を手入れしたり、それから転移魔法を使ってこっそり夜中に小高い丘から星空を眺めたり、二人でこの国の美しい景色を臨んだり、


 もっと、二人で………………。


 そっと掛布団を掛けてやると、つなぎ姿が隠された彼女は絶世の美女でしかなかった。


「ったく、知識が無いからこんなことになるんだ。自分の限界も知らずに全力で魔力を使いやがって」


 眠る美しい彼女にもアレスフレイムは容赦なく説教をかました。こころなしか彼女は一瞬心地が悪そうに「んん……」と顔を曇らせた。

 それを見たアレスフレイムはフッと鼻から笑い、


「…………つなぎ姿も悪くねーよ」


 彼女の毛先を指先で少し梳き、音も立てずに立ち上がって。彼女の寝顔を見つめながら部屋を去ろうとした。


 が、ドアを背にして立ち止まった。


 すーすーと無防備な寝息が静かに響く。


 音を立てずに歩こうとするが、静寂な夜に床がゆっくりと軋む音さえも耳に良く届く。


 一歩、一歩、と。


 片膝を曲げて床に跪き、かさっと僅かに服が擦れる。

 ベッドに手が置かれ、軋む、ぎしっ…と。


 彼の吐息もほんの少しだけ、彼女の寝息に溶け込む。


 やがて音も無く、二人の唇は重なった。


 名家の領民の娘と第二王子、たとえ結ばれることが許されないと解ってはいても。

 彼の中に何かの名が付いた灯火は、暖かく、一生消えること無く灯り始めた。




ご覧いただきありがとうございます!

ご感想など励みになるのでいただけると嬉しいです。


では、また。

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