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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
22/198

5−7

 重たい深緑の謎の鉱物はレジウム国の兵士たちがロナール国側の山の麓まで運び、馬に乗せてくれた。


「重かっただろう。助かった」


 勝手に頂上の泉の水を盗んだにも関わらす、アレスフレイムはまるで許すかのように兵士に労いの言葉を掛けた。

「とんでもございません………ッ!」

 兵士たちもアレスフレイムの器の大きさに感極まっていた。

「では、明日。我が国でお待ちしております!」

 兵士たちは敬礼をすると再び自国へ戻って行った。

 ノインの馬に鉱物を乗せ、リリーナたちは畑へと戻った。




「アレスフレイム殿下! 万歳! アレスフレイム殿下! 我が国の英雄!」


 畑へ戻ると水路に水が戻って喜びに満ちた農民たちが外でアレスフレイムたちを出迎えていた。


「どいつもこいつも俺しか見えていないのかよ……」


 遠くから農民たちの声援が見えてくると、馬に乗りながらアレスフレイムは不機嫌に舌打ちをした。

 宿舎の前に着き、馬を停めると農民たちはこぞって集まり、口々にアレスフレイムに感謝の言葉を投げていた。


「悪いが部屋に夕飯をすぐ運んで欲しい。危険物を回収したから以降は誰も建物に近付くな」


 ノインが馬から深緑の鉱物を乗ろすと農民たちは忽ち退き、料理番が大広間に食事を並べると建物は一気に静まり返った。

 大きな食卓に三人分の食事が並べられていた。

 一般的な国民はテーブルマナーなど習う必要は無く、王族と食事を共にすることなど無い。だが、これは三人で同時に食卓を囲むのが自然。ノインはアレスフレイムがテーブルマナーの無い者との食事に気分を害さないか不安で仕方がなかったが、近くの床に鉱物を置き、三人は椅子に腰を掛けた。


 そう、ノインが心配しているのは勿論、リリーナの食べ方が王族に比べて酷く汚いだろうということ。

 だが、その心配は不要だった。

 むしろ、その辺の貴族の令嬢よりも美しい作法だった。


「貴様、テーブルマナーもロズウェル家で習ったのか」


 アレスフレイムも事の不自然さに気付いていたらしい。リリーナは一旦スプーンを置くと、何食わぬ顔で


「野菜への敬意ですので、教えていただきました」


 ブレねぇなぁ、アレスフレイムとノインは同時に心の中で呟いたのであった。




 食事を終えると他に誰もいない宿舎のため、リリーナは率先して食器を重ねて厨房へ運ぼうとした。

「それくらいやる。大人しく座っていろ」

 アレスフレイムがそっとリリーナから皿を引き継いだので、流石にリリーナもノインも慌てて

「むしろ私がやりますわ」

「殿下がお座りになってください!」

 と第二王子に皿洗いなどさせるものかと引き留めたが、アレスフレイムは頑固として食器を厨房に運ぶと、金糸で施された赤い燕尾服を脱ぎ捨て、シャツ姿になり、王子でもあろうことが慣れたように食器洗いをした。

 ノインは脱ぎ捨てられた燕尾服を抱え、寝室へ急いで運んでハンガーに掛けて整えている。

 リリーナはというと、厨房に入り食器棚を覗き込んでいた。


「何をしているんだ。気が散る」

 シンクに目を向けたままアレスフレイムが不機嫌そうに追い出そうとする。

「コップを探しているんです。何か飲みたくて」

「あーはいはい、そうですか」

 コップを見つけると棚から取り出し、正にアレスフレイムが今水を流しているのに横からコップを蛇口に近付かせ、コップ三つ分の水を拝借した。


「貴様…………ッ、随分と肝が座っているんだな」

 

 怒りで眉をピクピクとさせるアレスフレイムを他所に、リリーナは三つのコップに手をかざし


聖水生成(アスモス・ホイエン)


 と唱えるとぽぉっと仄かに水が光り、すぐに元の色に戻って聖水が作られた。

 それから近くに置いてあった布巾を持ってアレスフレイムの横に立ち、彼が洗った食器を拭き上げていった。

 彼女のライトグリーンの雑に結われた柔らかな髪からは水と土の匂い。アレスフレイムはちらっと彼女を横目で見ると、長いまつ毛に隠された彼女の瞳は濁ったピンクよりもグリーンの割合が強く、服装さえ見なければ森の女神にしか見えなかった。

 二人は並んで立ち、黙々とシンクに残る洗い物を地道に片付けた。


 寝室から小走りで厨房に戻ったノインは主人に洗い物をさせるなど自身を許せない衝動に駆られたが、蛇口から水を流しながら食器をカチャカチャと鳴らして黙って片付けていく二人の背中を見てそっと気配を消しながら後退りをした。


 不覚にも、夫婦のようだった。


 女性と並んであんなに気の張っていない主人を見たのは初めてだ。ノインは厨房には二人だけにして、食卓を拭き上げていった。



 だが、程なくして30分後。


「貴様ぁぁぁあっ! どうして他国兵の目の前で魔法を使いやがった!!」


 荒れるフレイム降臨。

 ノインは話が漏れないようにと部屋を魔法円盾を唱えて囲っている。

 三人は大広間へ戻り、明日に備えて今日の出来事を振り返る、という時に彼がリリーナの咄嗟の行動を思い出し、大説教に至った。


「仕方がありませんでしょう。あの兵士だけに任せていては、土砂崩れと大洪水が起きたでしょうから」


 リリーナは自身が作った聖水の入ったコップに両手を添えて座ったまま反論をしていた。


「だったら俺を使えば良かっただろう! 貴様は自分のバカでかい魔力を知られないように配慮すべきだ!」

「鉱物を掘り起こす魔法を使った直後に魔法円盾を即座に出せると?」

「く……ッ! 無理かもしれないが、貴様の力が他国に知られる方がリスクが高い!」

「大洪水が起きては事態が明るみになり、ロナール国王の耳に届き、戦争が起きたかもしれません。彼の国の策略で」

「な………ッ!」

 

 ノインも動揺をしたが、辺りに手を構えて魔法の盾を出現させ続け、耳を傾けていた。

 アレスフレイムもリリーナの言葉に驚愕をしたが、鉱物を退かせば良いだけにならない仕組みはどう考えても誰かの手が加えられている。


 ロナールに戦争を仕掛けさせたい奴がいるということか………。


「彼の国の予測はあるのか」

「ゲルー大国です。近くの木が言うには竜が岩を運んできた、と」


 ゲルー国は世界で最も好戦国だ。

 竜騎士を率いて侵略をされようものなら、戦争もせずに降参させてしまう程の恐ろしい軍事力を備えている。

 平和の国と位置付けされるレジウム国に自ら手を出したくはない、か。愚王の図らいでレジウム国を侵略させようとし、世界中がロナールに敵意を向いたところでゲルー国が侵略をしようと目論んでいたのだろうか。


「恐らく、その鉱物は魔法が施されています。水を無効にするような効果があるのかと」

「ノイン、一旦魔法を解除してそいつに水魔法を」

「畏まりました」


 ノインは魔法円盾を消すと、一旦手を下ろして軽く手首を振った後、片手を前に構えて


水ノ魔鎖(アクア・チェーン)!」


 彼の手から水を螺旋状に纏った鎖が放出されると、深緑の鉱物は吸い込むように水ノ魔鎖を無効化し、周りにも水が飛び散った形跡を残さなかった。


「属性は1つしか使えないのが通常と仰っていましたので、恐らく他の属性魔法だと耐性は無いかと思います」

 リリーナがそう言うとアレスフレイムは指を口元に付けて考え

「…………罠だな。仮に洪水を起こさずに回収出来たとして、解体して研究をするとして」

「ええ、爆発でもするかもしれません」

「けれど、このまま放置もあまり良いものでも無いな。何が起こるか予測が出来ない」


 三人は鉱物を囲むようにして立ち


「彼女に魔法円盾を習得してもらうのはどうでしょうか。壊すのは一人、爆発を抑えるのは二人にして」


 ノインが静かに提案をするとアレスフレイムは少しだけ考え込み、


「…………そうだな。仮にレジウムに魔力を察知されても然程問題でも無いだろう。貴様、魔法円盾を使うコツは…」


 リリーナは試しにアレスフレイムに向かって手を構え


魔強鎧盾(マギア・アスピダ)!」

「おい! 俺で新技を試すな!」


 するとアレスフレイムを守るように彼女の瞳と同じ色のライトグリーンと薄っすらピンクの光りが取り囲み、リリーナが腕を下ろしてもその光は消えることが無かった。


「…………ちなみに防御系の魔法を使った経験は?」

「初めてです。土いじりで使わない系統なので」

「またオリジナルか」

「最悪防御魔法が間に合わなかった時のために殿下を事前に保護をした方がよろしいかと思いまして」


 普通はそんなにしれっと無属性魔法の上級レベルのオリジナルを作れねーよ! とアレスフレイムとノインは心の中でツッコむのであった。


「魔法円盾は使えそうか」

「はい」

「油断するなよ」


 アレスフレイムは腰に掛けてあった剣の鞘を抜き、前に構え


炎ノ魔剣(フレイムソード)!」


 と唱えると、剣に螺旋状に赤々とした炎が舞った。

 リリーナとノインも両手を前に出して構えた。


「行くぞ」


 アレスフレイムが剣を振り上げて勢い良く下げ、鉱物を断ち切ろうとした瞬間に


魔法円盾(グライスシールド)!!」


 リリーナとノインは同時に詠唱し、真っ二つになる鉱物を球形の盾が取り囲んだ。

 アレスフレイムが刃を下ろし、抜くと鉱物は真っ二つに割れ、その瞬間光を放ちながら魔法円盾の中で燃え盛る炎が激しく回り、リリーナたちは歯を食いしばりながら大爆発を抑え込んだ。


魔法円盾(グライスシールド)!」


 剣を鞘に戻したアレスフレイムも共に防御魔法を唱え、ただただ爆風と爆炎が収まるまで耐えていた。




 その頃、龍の鳴き声が夜空に響く城の頂上では


「割れた!」


 国の長が身に付けていた深緑のペンダントが突然パリンと割れ、興奮した面持ちで大きな窓へと走って国の端を眺めた。


「………………何故、静寂な夜なのか」


 炎の海を期待していた。が、裏切られ、怒りを窓ガラスにぶつけ、音を立てながら割れ、その者の拳からは血が垂れ落ちた。

 



ご覧いただきありがとうございます!

ご感想など励みになるのでいただけると嬉しいです。


では、また。

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