表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
21/198

5−6

 リリーナ一行が下山をしていくと、水の入った桶を大量に背負った他国の兵士たちに追い付いた。


「レジウム国の兵士よ、背負っている物は何か答えよ」


 背後から見下げてアレスフレイムが威圧的に声を張ると、兵士たちは顔を青ざめながら振り向き、誰もが言葉を失い、硬直していた。


「私の名はアレスフレイム•ロナール。ロナール国の第二王子だ。国王の元まで案内をせよ」


 国王に水を奪取しているのことを黙っているせいか、兵士たちは顔を合わせてどうするか躊躇い、返事をせずにいる。


「あ、その前にすぐそこの川の上流に連れて行っていただいてもよろしいでしょうか」


 アレスフレイムの背後から黒のつなぎ姿のリリーナが挙手をしながら申し出て、彼は舌打ちをし、兵士たちは益々返事に戸惑っている。


「山に染み込まれた水が流れないようになってしまったのではないでしょうか。王子と側近のノイン様は魔法を使えますので、お力添えが出来るかと思いますわ」


 へーへー、植物たちがそう教えてくれたんですか、とアレスフレイムは眉をぴくぴくと震わせていた。


「この者は王城庭師だ。怪しい見かけなのは重々承知だが、一人で庭師を務める知識と技術は備わっている。危害を加えるつもりは無い。苦しいからと水を勝手に持って行かれた以上、貴国の問題を未解決のままにするわけにもこちらはいきません」


 ノインが冷静にフォローを入れ、兵士たちも「じゃあ…」と恐る恐る川の上流側へと案内をした。


 上流へ着くと、川は干からびていて、水辺に生きるはずの植物たちは無惨に枯れ果てていた。

「本来であれば、山から水が湧き出て崖から滝になって流れてるはずなんです」

 先頭で道案内をした中堅の兵士がそう説明をすると、リリーナたちは崖の方へと目を向けるも一滴も水は落ちては来ない。


「……………最近、移民は管理しきれていますか」


 レジウム国は海に面していなく、他国に囲まれている。ロナールを含んだ戦争好きの王がいる強国にも接しているが、戦争を好まない国と連盟を組んでおり、「平和の国」として世界の中心で反戦争の姿勢を取っている。

 だが、その分、戦を好む国から逃れた亡命者も多く、この国は様々な人種が右往左往している。

 リリーナからの問いに兵士たちは顔を見合わせると、リリーナは軽くため息をつき


「失礼致しました、お答えいただかなくて結構です」


 再び崖の上を見上げ


「少しあちらを調査させていただいてもよろしいでしょうか」

「あ、あぁ。だが、あの上まで行く道は無いが」

「木を登れば行けます」

「はぁ!?」


 男共が声に出して驚愕をしていると、リリーナは慣れたように木に抱きかかえながら上に跳んで登っていき、崖の頂上よりも上に着くと勢い良く跳び、着地をしていた。


「な、な、何だ、本当に庭師か…!?」

 戸惑う兵士たちに対して

「我々も信じ難いですよ」

 アレスフレイムたちも額に手を付けて悩ませていた。


「………………やっぱり」


 湧き水が溢れるはずだった地面に手を付けると、地面の奥の方から噴き出したい水が何かに押さえつけられているのが感じられた。


「亡命者か…………他国兵か……はたまた………」


 レジウム国の誰かか…………。


 つまり、何者かがレジウムの必要水を奪い、移民者対応で財政難だからとロナールに兵士が手を出そうとしたことを予測したのかもしれない。ロナールの愚王は本来なら大切にしなければならない農地をまさかの国境付近に位置付けている。王城から離れた地なら他国兵たちも手を出しやすい。


 ロナールに平和国に戦争を仕掛させたい誰かがいる。


「誰がこんなことをしたのかわかる………?」


 周りに立つ木に訪ねると


「竜に乗った人間」

「竜が岩を運んだ」

「魔法を使った人間が大地を掘り起こした」


 リリーナは聞いてぞくりと身震いをした。


「ゲルー大国……………」


 それは世界で最も戦争を好む国。唯一竜騎士(ドラゴンナイト)を備える国で、絶対的王者でもある。が、そのため輸入は制限されどの国もゲルーには何も国の恵みを分け与えてはいない、表向きは。実際は侵略を恐れて軍事力が低い国はゲルー国に献上をしていると聞いたことがある。


「おい貴様! 黙ってないでさっさと報告しろ!」


 下で吠えるのはアレスフレイム。

 植物から得た情報はレジウムの兵には伝えないでおこう。混乱を生じてしまうかもしれない。


「本来なら湧き水が出る土は砂や砂利など柔らかいものです! 押し固められてるので、掘り起こしたら何かあるかもしれません!」


 上からリリーナも叫ぶと「わかった! 貴様はそこでじっとしてろ!」とアレスフレイムはリリーナを指で指した。


「土属性の魔法が使える者は居るか!」


 アレスフレイムが指揮を執る用にレジウムの兵士たちに声をかけると、一人の兵が挙手をして前へ出た。


 そう、移民が多い分、ロナールでは珍しい属性の魔法が使える者もレジウムでは多くいる。しかし、魔法学校に通う文化が無く、力が磨かれていないため一人ひとりの魔力は弱い。


「よし、次に風属性は居るか!」

 アレスフレイムは次に風属性の者を呼ぶと

「初級魔法しか使えませんが…」

 とニ名の若手の兵士が挙手をした。

「では、土魔法が使える兵よ、前へ出ろ。風魔法属性者たちよ、彼を彼女のところまで飛ばすのだ!」

 彼の号令に従い、ニ名の兵士が手を前に構え


風ノ輪舞(ウイングロンド)!」


 と同時に唱え、土属性の兵が崖の上へと舞い上がった。

 既に居るリリーナと向き合って立ち


「どうすれば………」

「おそらく、ここの真下に大きな岩のようなモノが埋められていて、水の噴水を妨げています。土を掘り返し、岩を退かして欲しいのです」

「わかった」

「それだけではありません。岩を退かしたら瞬時に土を再び戻してください。水が溢れ出たら崖崩れが起きるでしょう」

「えっ………」


 途端に自信を無くす兵士を見て、駄目だ彼だけでは失敗すると予感したリリーナは崖の下を覗き込み


「アレスフレイム様かノイン様のどちらかもこちらへお願い出来ますか!?」

「何をさせる気だ!?」

 簡単に首を縦に振らないアレスフレイム。

「多分岩とか何か大きいモノが埋められてると思うので、それを掘り出したいのですが、抜けたらすぐに水が噴き出ると思うのでそれをあの防御魔法で土が被さるまで抑えて欲しいんです! 下に待機されてる方は万が一崖崩れに備えて防御していてください!」

「取り出せばいいってわけでも無いのか……」


 誰かが仕組んだ罠の様だな………とアレスフレイムは考えた。


「わかった! では俺が上へ行こう。ノインは下を頼む」

「畏まりました」

「風属性、飛ばせ!」


 アレスフレイムが前に立つと、兵士たちは再び手を構えて魔法を唱え、アレスフレイムを上へと舞い上げた。


 崖の上に立ち、兵士は既に手を前に構えていた。その横でリリーナがしゃがみながら枝を使って地面に説明をしていた。


「おそらくこの辺りにこれくらいの大きさの岩のようなモノが埋められています。50センチくらいを円形で掘り起こすようなイメージをしてください。殿下はここから、おそらく水が溢れ出るでしょうから、このくらいの範囲を防御魔法で抑えてください」


 おそらく、という言葉を使ってはいるがほぼ間違いが無いだろう。

 アレスフレイムも両手を構え、いつでも詠唱出来るようにしている。


「では、始めてください」

土ノ掘起(アースディガップ)!」


 土魔法を唱えると大地は揺れて土が掘り返されていくが、肝心の岩は土に居着いたまま。兵士がその重みで肩に力が入り、余計な範囲まで土が舞い上がろうとしている。

 彼が術を使っている間にリリーナは人差し指だけ、地面に軽く埋めた。

 それを横目で見たアレスフレイムは、


 こいつ! 魔法を使いやがる気だな!


 と察して

「ノイン!」

 とだけ叫ぶとノインも何かを察して


魔法円盾(グライスシールド)!!」


 と二人は同時に唱えた。

 その直後にリリーナは揺れで周りには全く聞こえない小さな声で


大地鋭起(アース•トモス)


 そっと唱えると、先に唱えたアレスフレイムによる魔法円盾が生成される前に地面の一点がボコッと鋭く押し出し、大きな深緑色の鉱物を宙に飛ばした。

 隕石の如く落下していく鉱物をノインは魔法円盾で兵士たちへの直撃を防ぎ、ドシンと鈍く大きな音を立てて鉱物は地面に着いた。

 噴出を抑えられていた湧き水は邪魔が無くなり、抑えられていた分を勢い良く放出させようとしたが、間一髪でアレスフレイムの魔法円盾により再び塞がれていた。


「速く! 土を被せて!」


 リリーナに言われ、レジウム兵がはっとして舞い上げた土を魔法で元に戻していった。


「お願い、余分に溢れそうな水を根で吸い上げて」

「え…?」

「お前は土を戻すことに集中しろ!」


 アレスフレイムはわざと威圧的に兵士に命令をし、リリーナと植物の会話を聞かせないようにしていた。

 自然の莫大なエネルギーを抑え込むアレスフレイムは額から汗が流れ落ち、腕はバキバキと力を使い続けて張り裂けそうな程張っている。


「殿下! もう大丈夫です!」


 木の根たちが集まったことを指先で感じ取ったリリーナはアレスフレイムに伝え、彼は少し体制を崩しながら魔法を解除した。


 こぽこぽこぽ


 山の恵みの水が地面から溢れ出し、さらに下へと雨水のように落ちていくと、次第に水は増え、勢いを付けて滝と成り、さらに川へと下り、人々や動植物たちに恵みをもたらして行った。


「や………やった………水が………川が………戻っていく」


 兵士は安堵と感動で声が震え、水が流れて行くのを見続けていた。


「やった………これで……我が国にも水が戻った……申し訳ありませんでした」


 リリーナたちと崖の上にいた兵士が息を切らしながらアレスフレイムに謝罪をした。

 リリーナはそっとアレスフレイムに近づき


「今日は兵士も殿下もお疲れでしょう。一旦私たちも国へ戻りましょう。アレも我が国で調べさせていただいた方がよろしいかと」


 アレとは水を塞いでいた鉱物だ。

 水を塞ぐくらいなら水は別ルートで地面に染み込ませ、湧くはずだがそれが為されなかった。


 あの鉱物には魔法が秘められている。


 リリーナはそう直感をした。

 アレスフレイムはリリーナたちと一旦兵士の不在の場で話し合うべきだと判断し、「下へ降りるぞ」と二人に声をかけた。

「ノイン! そっちは問題ないか!?」

「はい! 無事でございます」

「だったらどうにかして俺たちを下ろせ!」

「え」

 ノインは主人の要望にどう応えるべきか悩んだ。

「あ、私は木から降りるのでお構いなく」

 一方で王城庭師は器用に木に捕まり、下へと降りていく。

 風属性が使える兵士たちも押し出すことは出来るが、自由に何かを引き寄せる程自由自在に風を操ることが出来ず、申し訳無さそうに黙っている。


「濡れてもよろしいなら」

 ノインがため息をついて言うと、

「構わん」

 とアレスフレイムは言い放った。


 ノインは肩幅より広く足を広げて立ち、少し身体を捻って片手を胸元に握り拳で近寄せていき、


水ノ魔鎖(アクア•チェーン)!!」


 掌を限界にまで広げながら崖の上へ向かって勢い良く腕を伸ばし、掌から螺旋状に水を纏った鎖が放たれ、アレスフレイムとレジウム兵の腰に巻き付き、ノインは鎖を握りながら引き戻し、彼らを下へと下ろしていった。勿論、彼らの服は濡れてしまった。


 仲間が降りて来た喜びとノインが使った水属性の上級魔法を目の当たりにし、すっかり兵士たちはアレスフレイムたちに尊敬の眼差しを向けていた。


「今日は一旦両者ともに引き上げだ。明日の午前に国王との密会を頼みたい。国王には我が国の王には告げ口をする気は無いと伝えておいてくれ」

「畏まりました!」

 兵士たちは一斉にアレスフレイムに頭を下げた。

「ロナール国の皆様、この度は誠に申し訳ございませんでした!」

 アレスフレイムは例の「ハッ」と蔑むような笑い方をし、

「お前たちの行為は許されることは無いが、無下に首を飛ばす気もない。桶に入っているのは同じ山の恵みだ。零さずに持ち帰れ。明日はここで待ち合わせよう。俺を待たせるなよ」

 アレスフレイムの言葉に兵士たちはぐっと涙を堪えていた。


「それと」


 さらにアレスフレイムが言葉を続けようとすると兵士たちは顔を上げてその先を待っていた。


「あの謎の鉱物については我が国で預かり、調査させていただく。異論は許さん」


 これで良いんだよな、とアレスフレイムはリリーナに視線を送るとリリーナは小さく頷いた。


 まるでチームワークの良い二人の目配せの様に見えたが、その後リリーナは勝手に魔法を使ったことをこっ酷く叱られるとはこの時は一切予測することなど出来なかった。




 

ご覧いただきありがとうございます!

ご感想などいただけると嬉しいです。

では、また。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ