5−5
頂上に兵士が来ているのを草木から聞いたというリリーナの言葉をノインもアレスフレイムも全く疑わなかった。
先頭に立つノインが手を前に構え、
「魔法円盾」
と唱えると、三人を透明な半球形の盾が囲った。
「これは、先程馬車でも使った…」
「こちらの足音や話し声なども相手に聞こえなくなる。勿論、不意打ちの攻撃も上級魔法なら一回ぐらいは耐えられる」
ノインは顔だけ振り返りリリーナに説明をすると、また前を向き、山を歩いて行った。
途中途中、分かれ道ではリリーナが草木に聞きながら案内をし、間もなく頂上というところに差し掛かった。
さらに緊張感が増していき、男の声が聞こえ始めてきた。
「なぁ、そろそろヤバくないか」
「仕方無いだろ。金が無い上に水不足だから、これしか方法はない。国の外れの方だからあの王なら気にも止めないだろうよ」
大量のバケツに水を汲み、兵士たちは両肩に担ぎ、さらに綱を結んで肩から下げ、持ち運ぼうとしていた。
頂上には底が透き通って見える程美しい泉があり、中心からは地中から水が水中で吹き上げていた。
畑に流れるはずだった水路には土嚢が敷き詰められていて、水は相手国側に流れている。
男たちの大きな背中には赤い十字が描かれていて、白の騎士服に目立っていた。
「レジウム国です」
ノインが振り返り、アレスフレイムに聞こえる程度の小さな声で伝達する。
「奴らが去るまで待とう」
アレスフレイムの判断で三人は草むらに身を隠して兵士たちが去っていくのをひたすらに待った。
去りきったところでノインが立ち上がり、少し先まで偵察をすると、リリーナたちに頷き安全であることを伝えた。
「あれは兵士たちが勝手にやってるな。国の命令ではなさそうだ」
アレスフレイムが腕組みをしながら頂上から隣国のレジウムを臨んだ。
一方リリーナは脇目もふらずに乾いた川底に立ち、土嚢を退かそうとした。
「おい、俺たちがやる、貴様は見張ってろ」
とアレスフレイムも川底へ行こうとしたのでノインが慌てて後から付いてきて土嚢を退かした。
その間にリリーナは山の主である高い一本杉に近付き、目の前に立つと丁重にお辞儀をした。
「お願い致します。経緯をお聞かせ願いますでしょうか」
草木と話せるなど信じられないが、彼女の真剣な様子に疑うことの方が難しかった。
リリーナが杉の木と会話をしている間にアレスフレイムたちは土嚢をひたすら運び出していた。やがて次第に残りの土嚢の隙間から泉の水は元の川へと流れて行き、最後の土嚢を取るとひんやりと美しい水がさらさらと山を下って行った。
無論、アレスフレイムとノインは全身汗と水で濡れていた。
「風邪を引かれては大変ですわ」
リリーナがそう言うと、山中の木々が揺れ、アレスフレイムたちに風を送り、木の隙間からは太陽の光が降り注ぎ、あっと言う間に彼らを乾かしていった。
「水を戻してくれたお礼とのことです」
杉の木に片手を添えて微笑を浮かぶリリーナは森の女神そのもののようだった。
ライトグリーンの髪は揺れ、珍しい瞳である少し混じったピンクが日に照らされて輝き、黒のつなぎ姿であろうが何よりも美しかった。
が、一瞬にして元の無表情に戻り
「あちらの国でも植物たちが水不足で飢えているそうです」
植物たちが、とは言うが恐らく田畑の収穫量が減り、人も飢えているのだろう。
朝が早かったからまだ日は高い。
「そのままレジウムへ下山しよう」
「ちょっ! 何を仰っているのですか! 急に隣国の王子が事前に連絡もせずに入国をしたら混乱を招きます!」
アレスフレイムの決断にノインは止めようとする。
「水は戻したからいずれにしても兵士が盗んだことがバレたとわかるだろう。変に事が大きくなって愚王の耳に入る前に片付けるぞ」
アレスフレイムは先頭に立ち、速歩きで下山をした。リリーナはもう一度杉の木にお辞儀をし、急いで彼らに付いていった。
「さて、この罪の報酬はどうすべきか」
足元に気をつけて歩きながらレジウム国との交渉についてアレスフレイムから議題が上がった。
「不法侵入の上にこちらも損害を受けましたからね……畑の損害の金額に少し上乗せした額を請求するのはどうでしょうか」
これはノインの意見。
「却下だ」
「えっ」
「さっき奴らが金が無いとかほざいていただろ。国の金が無くなって最初にしわ寄せが行くのは国民だ。国民にとばっちりを受けない策を考えたい」
「なるほど、難しいですね」
「貴様だったらどうする」
背を向けたままアレスフレイムはリリーナに聞いた。
「私なら、報酬は考えてないと言います」
「は?」
アレスフレイムは不機嫌そうに振り返ると
「貴様にしてはつまらない考えだな。やはり貴様も女だな。同情して無償で和解をしようとか」
「無償で? まさか」
「は?」
涼しい顔をしてアレスフレイムの言いがかりを否定すると、リリーナは淡々と自身の考えを述べた。
「こちらから報酬内容を申し上げるのは、これくらいで許してやるということです。相手の手の内も見えませんし、出来る範囲で最大限の償いを相手に考えさせて実行させたいです」
つまり、彼女は許してなどやらないということだ。
アレスフレイムもノインも彼女が淡々と何よりも大きな償いをさせてやろうとする策に驚きで何も言えずにいた。
「多くの植物たちが枯れたのです。無償で和解を求めるはずが無いでしょう?」
そうだ、彼女にとっては「野菜たちは殺された」という考えなのだ。
無表情の彼女からは滾々と怒りがとめどなく湧き続けていた、畑に着いたときからずっと。
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では、また。