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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
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1−1 花屋での出会い

 茶色のローブで身を隠しつつ、収穫したての野菜が詰まった麻の袋を持ってリリーナが足早に向かう先は街外れにある教会であった。


 正門からではなく、裏口に行き、木で出来た重たい扉を握り拳でドンドンと叩く。

 間もなくして年老いたシスターが扉を開け


「ロズウェルのお嬢様、お待たせいたしました」


 少し痛みを伴った腰を丁寧に曲げて礼をした。

 すかさずリリーナはシスターの肩にそっと手を触れて

「毎回このようなお辞儀をされなくて大丈夫ですわ、シスター。今日は色々と野菜を持ってきましたの。ぜひ子どもたちに」

 それでもシスターは「ありがとうございます…っ…ありがとうございます…」と深々とお辞儀を繰り返した。

「こちらに置けば良いかしら。今日は特に重たいので、誰かに運ぶのを手伝ってもらってください」

 扉付近の床に麻の袋ごとゆっくりと置き、彼女はしゃがみ、頭を下げるシスターを真剣な眼差しで見上げ

「頭を上げてください、シスター。私は幼い子どもたちを育てることは出来ません。たくさんの身寄りの無い子どもたちと過ごすあなたこそ私は頭が上がらない想いです」

 三大貴族の令嬢が跪くのを見てシスターは慌てて頭を上げて

「お嬢様、お立ちくださいませ!」と言うと、リリーナはすっと静かに立ち上がり、奥から子どもたちがシスターを探し出しているのを察して


「では失礼致します。今日も神のご加護があらんことを」


 と軽く一礼をし、ローブで再び顔を隠し教会に背を向けて足早く去って行った。


 教会内に飾ってある花たちが「子どもたちがそっちに行くよ!」と毎回教えてくれ、それを合図に立ち去るのが日課だ。リリーナは出来る限り人との接触は避け、奇跡のように美味しい野菜を育てることでさえも必要最小限の人間にしか教えないようにしている。


 そう、どうして、美味しく育てられるのか……理由を決して言えないから。




 そうだ、肥料がそろそろ切れる頃だったわ。


 リリーナは速歩きをしながら思い出し、その足を街の中心部へ向かわせた。

 黒に靴紐で結ばれたロングブーツの踵が街の煉瓦畳をコツコツと軽快に鳴らす。


 ここは城下町。


 彼女の鳴らす音などまるでそよ風に過ぎず、買い物客を呼びかける声や世間話で花を咲かせる奥様方、頬を染めながら腕を組む恋人たちなど人々で賑わっている。

 花屋は少し外れにある。恋人に内緒でこっそり花束を買いに行く男性客とたまに遭遇するだけでほとんど客に会ったことはない。

 おそらく王室が花を買っているのだろう。

 お茶会など花は欠かせない場所なのだから。


 土に植物を生けないのは、彼女には許し難いことではあるが。


 今日は珍しい客がいた。

 男女の子どもが二人。上が姉で下が弟だろうか、男の子が女の子のワンピースの裾をきゅっと握りしめて泣きべそをかいている。


「お花に元気がなくなってしまったの!お母様はこのお花が大好きで、元気にして欲しいの!」


 少女の手には一輪の橙色がくすんで萎れかけた花が差された一輪挿し用の細くて小さな硝子の花瓶。自分の買い物を済ます前にリリーナはそっと背後から見つめていた。

 この花屋の店主の中年の男と妻が気の毒そうな表情で少し膝を曲げて少女と同じ目線の高さに合わせ

「残念だけど、もう咲き続けることは難しいね。お水もキレイだし、茎も切った形跡があるし」

「そんな…っ」

 男の子は女の子の服でわんわんと泣き始めた。

「このお花はお店には無いけれど、他の似たような花ならあるから、それにしたらどうかしら?」

「駄目なの。このお花がお母様が好きだから。今は病気で伏せているの…お花まで元気が無くなったらお母様、ますますショックを受けるわ」

 真っ直ぐ少女が店主たちを見つめるも、大人は困ったなぁと顔を合わせている。


「鉢に植えないからよ」


 突然背後から声をかけられ、子どもたちは驚いて振り向き、ローブをまとった見るからに怪しい人に声をかけられ、後退りまでしている。

 リリーナは気にせず続けて

「人間も花も大地に足を付けます。美しいからという人間の傲慢な理由で根という名の花の足を奪い、水中に漂わせているのと同じですもの」


 あなたは他国から贈られたのね……


 本来なら真っ黄色の今は茶に濁った花を見つめ、次に店内の鉢植えを見渡す。


 誰か助けてはあげてくれませんか、と声をかけたいところだけど人の前では会話は出来ないわ。たとえ子ども相手でも不自然に思われる。


「土に植えたら元気になる?」

 女の子がリリーナに問うも店主はこう答えた。

「いや、病気の人に鉢植えをあげるのは縁起が悪いからよした方がいい。根が付く『根付く』が病気が長引く『寝付く』に連想をされると言われていてね」

 

 人間が勝手に考えた迷信ね、とリリーナは心の中で呆れ、


「花瓶の花を見るのと、この花が元気に咲くの、どちらがあなたのお母様の快復につながると思うかしら?」


 とリリーナは少しだけ子どもたちに顔を向けて問いかけると、悩まずに女の子が


「この花よ」


 と力強く答えたのを聞いて、ほんの僅かにだけ唇の端を柔らかく上げ、少女に近づき正面から花瓶にそっと手を触れ

「根が無くなってしまったから、他の根のある植物に助けてもらう必要があるわ。根から栄養を吸収しますからね。この国では見かけない植物みたいだけど………」

 と語りかけると


「なら僕とがいいよ!多分遠い祖先が同じだ」


 足元から紫色の花たちが声を上げた。


 "ありがとう"とリリーナは口だけ動かし、外遊び用のボール程の大きさの鉢を手に取り、

「この花と一緒の鉢に植えてあげたら良いと思うわ」

 女の子の陰に隠れていた男の子が

「色、全然違うよ?」

 と不安そうに聞くので、声色を優しくしようと気にしながら

「ええ、色は似てないわね。でもほら、花の下を見て」

 リリーナは鉢を子どもたちの頭よりも上に上げて

「花の下、(がく)と言って花を包んでる葉のような部分なんだけど、この枚数が同じなのよ。あと、花びらも数も」

 それを聞いた女の子が花瓶を持ち上げ、男の子も見上げ

「ほんとだ……」

 と同時に声を出し、男の子は店内にある他の花を見ようと床に手を付けて腰をかがめ、見比べると

「こっちのお花と全然違うよ!」

 とその姿勢のまま姉に報告をしたものだから、

「わかった、わかったから、ほら、ちゃんと立って」

 と姉の方が慌てて弟の背中を軽く叩き、弟の方は膝を手で払いながら立ち上がった。


「お姉さんが持ってるお花をください!」


 凛とした声で女の子は店主に申し出た。

 花屋の店主夫婦はあまり気乗りはしていない素振りだったが、拒否をするわけにもいかず会計を進めていく。

 リリーナは鉢を床に置き、そのまま片方の膝をつき、子どもたちに目線の高さを合わせ

「良かったら、私が大切なお花を鉢に植えるわ」

 と柔らかい声色で言うと

「…………お願いします」

 本当は自分たちの力でやってみたかったが、と躊躇いを僅かに見せるも姉弟はリリーナに花瓶を手渡した。

「ゴム手袋とスコップを持ってきましょうか」

 店主の妻の申し出に瞬時に

「素手でやりますので、お構いなく」

 鉢に目を向けたまま断った。


 それまで頭を覆っていたフードを後ろに降ろし、薄緑色の雑なひとつ結びのウェーブの髪を露わにし、ライトグリーンに僅かに濁ったローズピンクの瞳を光らせ、硝子の花瓶を指でなぞった。


 あぁ、大分弱ってる。

 痛いわね、苦しいわよね、

 なるべく痛くないようにするから、少し触れさせて…。


 指先に神経を全集中させる。

 そっと花瓶から萎れた花を手のひらに寝かせ、鉢の小花たちの茎の隙間にそっと人差し指を挿して穴を開け、土に指を押し込んだままそっと折り曲げて小花の根を探す。


 小花たちは根をリリーナの指先に集わせた。


 ありがとう、と消えそうなほどの微かな声で花たちに感謝を伝え、手のひらに寝かせていた橙の花を手で支えながら立たせ茎の先を穴へと静めた。集まってきた根と萎れた茎の先を接触させ、リリーナは指を戻し、そっと土を被せ直した。


「あとは、よろしく頼みますね」


 一仕事を終えてほっとした表情で視線を鉢に下ろしたまま、リリーナは土がついた手を鉢からそっと離した。

 一連の無駄のない美しい所作に花屋にいた誰もが言葉を失い、ただただ彼女を見つめていた。


「素晴らしい。実に大した腕前だ、お嬢さん」


 店のすぐ外から少し膨よかな小柄の老人が柏手のような重く強い拍手を打っていた。




いかがでしたでしょうか。

私生活の方が慌ただしく、前回投稿よりかなり日にちが経ってしまいましたが、次はもっと早いスパンで投稿出来るはず…はず…出来ます!!

ご感想、一言でも多文でもお待ちしております。書いていただいたら、柴田亜美先生の漫画並に鼻血を撒き散らして歓喜します。

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