6−1 大地の王
太陽が雲に隠れ、草原がさらさらさらと静かに風に揺れる。
彼の瞳も布で隠されていた。
金の髪を揺らし、腰に携える鞭に手を添えて待ち構えていた。
大地の脅威を。
「あら」
灰色の羽根を背に付けたスカーレットが森から出ると一人の青年が立っていることに気付き、見下ろす。
「待ち伏せ? あなた一人で?」
クスッと笑うとスカーレットは足元の魔法陣から生える巨大なシクラメンの花を彼に向けた。
「目隠しは魅了対策かしら。でも本末転倒じゃない? なぁんにも見えないでしょ」
「……………」
ぐっと彼が強く鞭を握る。
「でもごめんねぇ。遊ぶ暇なんて無いの」
スカーレットの右手が彼に向ける。と同時に、グシャアアアアッ!!! と白いシクラメンが大口を開くように花弁を開かせて彼に襲いかかった。
「雷光ノ鞭!」
バチィィッッ!!!!!
握っていた鞭を雷の鞭へと瞬時に変え、シクラメンを弾き燃やした。
「へぇ………」
一発で仕留めたかと思えた、が瞬時に弾き返され、スカーレットは笑みを浮かべながらも緊迫した空気を醸し出す。
「最近の下界人は強くなったのね。昔は瞬殺出来たのに」
ぶわぁっと彼女の毛先だけが赤い白き髪が広がって揺れると、
「篝火ノ花!」
片手を前に出してシクラメンの花々に命令をすれば、花弁から炎が放たれてまるで草原一体に火の花が咲き乱れた。バチバチと緑の草を黒く焦がしながら。
「チッ! 炎か! 庭師!! 出て来れるか!!?」
森に居るはずの王城庭師、リリーナに彼は呼びかける。すると、森からリリーナとハニビが駆け出して出て来たのだった。
「今消すわ!」
聖水の力で炎を鎮火させようと思ったその時、
―――――私のせいで、私のせいで、みんな、みんな、燃えちゃう……っっ!!
「いやぁああぁああぁああぁああっっっ!!!!!」
突如リリーナがまるで錯乱したかのように叫び声を上げた。両腕で胸元を抑え、ガクガクと全身震わせ、目からは大粒の涙が溢れ出す。彼女の瞳のピンクローズを潤ませながら。
「は!? 急にどうしたのよ!?」
ハニビがリリーナの急変に何事かと驚くも、意識をしっかりさせようと彼女の両肩を掴もうとしたその時、
ゴゥオオオオオオッッ!!!!!!!
「キャアアアアっっ!?」
リリーナから豪風が吹き荒れ、ハニビは吹き飛ばされてしまった。
荒々しい風が烈火を促進させる。音を鳴らせ、風よ、火花よ。灰色の羽根の女神の傘下で。
「あのバカ女の魔力はそこにあるのね。魂も。不思議ね、あなたの魂は別にあるのだから、生まれ変わりではないなんて」
「庭師、しっかりしろ!! 庭師!! 中に潜む魔女に飲み込まれるな!!」
額からは汗が流れ落ち続ける目隠しの彼。バチバチと雷の鞭で草原を叩いて火を消すが、次から次へと燃え移ってしまう。
「手ぶらでロナール城へ急ごうかと思ったけど」
フッとスカーレットの艷やかな唇が笑みを浮かべた。
「どうやらあなたは亡骸を導く鍵みたいね、ロズウェル」
羽根を広げ、上から獲物を見定めた。スカーレットはリリーナを目掛けて羽根を後ろにピッと揃えて直滑降。
「庭師ぃぃッッッ!!!!」
「蜂巣閉塞!」
暴風に吹き飛ばされたがハニビが立ち上がり、手の平から黄金色の粉を放ちながら魔法を唱え、六角形の箱にリリーナを封じた。だが、
「蟲なんて鳥の餌に過ぎないわ」
無数の硬い羽根がスカーレットから放たれると蜂の巣状の箱を突き刺し、打ち砕いていく。
「そんな…っ!!」
自分の得意技を呆気なく壊され、驚愕を隠せないハニビ。同時に全く敵わないと絶望感に襲われる。
スカーレットの手が伸びてリリーナを捕らえようとした。
「聖水円盾……っっ!」
ぽわぁぁああっっ!! と咄嗟にリリーナが自身を取り囲む聖水の盾を魔法で繰り出した。息遣いが荒く、肩が揺れながらも僅かに残るリリーナ自身の意思でスカーレットに抗う。聖水に迂闊に触れず腕を引っ込むスカーレット。
「ふっ……ほんっとこの水、嫌いだわ。フローラにも無かった力が何故こんな下界の小娘に」
女神の微笑みが崩れ、段々と沸々とした怒りが露わとなってきた。スカーレットの感情に比例するようにシクラメンの花々が火の球を花弁に蓄え膨らんでいく。
「放て」
ボォオオオオオオオ!!!!!
草原を焼き尽くそうと花々が巨大な火の球を放出。
「フローラ!! 恐れないで…っ!! 大地を守って……!!!」
リリーナも聖水の魔法で火を止めようとしたが、手が震えて定まらない。
「チッ!!」
鞭で打ち返そうかと彼が歯を食いしばった。
その時
「聖水!!」
ヒュンッ! と煌めきながら一筋の矢が森から草原に飛ぶ。聖水の矢を黄金色に光らせながら。
「風!!」
矢はやがて形を変え、風に乗った水となる。
「光ノ浄化!!」
聖水を含ませた風が黄金色の粒を放ちながら火を消し、息を苦しませる空気をも浄化し、大地に生命力を与えた。
「邪魔くさい……っ…ぽんこつ魔女のくせに!」
スカーレットが荒々しく羽根をココに撃つと
「邪魔なのはてめぇだ! くそババア!」
転移魔法で瞬間移動した彼がココの前に立ち、雷の鞭を一振りして全ての羽根を灰にした。後から竜に乗ったレジウムとエレンもココを守るように参上し、背後には横たわったセティーを背中に乗せたケルベロスもやって来た。
「今、何ですって……」
ついにスカーレットの堪忍袋の緒が切れ、巨大なシクラメンは熱さのあまり蒸気が昇っている。
「ババアだ、ババア! 2000年も生きているんだろ!? ババアに決まっているだろう!」
「………」
ココが心配そうに彼の背中を見つめる中、騎士団副団長のエレンは「どこかで……」と彼の声を思い出そうとしていた。
「坊や、お前は巨大な力を持っている。跪けば命は助けてあげる。大地の王に媚べばいいわ!」
熱々のシクラメンが襲いかかるも彼は目隠ししていても的確に鞭で払い落とす。
「大地の王だぁ? そんなのいねぇよ」
ヒュウウウウと不気味な風が舞う。スカーレットを中心に風が灰色へと色付く。
「太陽の丘は大地の玉座。絶対的な無敵の力を手に入れ、私は大地の頂点に立ち、八百万の命の王となるの!」
バクバクバクバクバクバクッッ!!!! まるで全てを蝕もうとシクラメンが水をよだれのように垂らし、花弁を開閉させた。その不気味な姿にリリーナも他の者達も恐怖で身震いしてしまう。
ただ彼を除いて。
「ハッ、同種族の群れに長ってのはいるがな」
鞭の持ち手をギュッと握り締めた。誰よりも何よりも勇ましい命を燃やして。
「大地の王ってのはいねぇんだよ!!!」
バチバチバチバチバチバチッッッ!!!!!
スカーレットの周りに放たれた灰色の緊迫した空気をまるで自分の色に染めるかの如く電気が弾く。
スカーレットと彼が緊迫した空気を漂わせながら睨み合っていると
「スカーレット!」
彼女を信じ必死に羽根を羽撃かせて飛ぶ姿が北より来た。ラノだ。




