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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第七章 ゲルー国との決戦
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4−1 庭師と魔女

 灰色の羽根を羽撃かせ、まるで瞬間移動のようにリリーナの背後に着くスカーレット。

「く…っ」

 想像以上に速い! とリリーナがちらっと背後を見たのも束の間。

篝火ノ花(イグニス)

 ブォオオオオオッッ!!!!!!

 スカーレットの足元の魔法陣から生えた幾つものシクラメンの花々が口を開くように花弁を広がらせ、一斉に紅き炎を放射。木々の葉で影が多い森が一気に炎の明かりで眩しくなる。

聖水(アスモス)!!」

 間一髪リリーナは聖剣に力を加え、二股の剣先から勢い良く聖水を円を描くように放ち、自身の周りを取り囲んで防御。それでも炎の熱さに耐えきれず、汗が濁濁と流れ落ちた。

魔強鎧盾(マギア・アスピダ)!」

 ライトグリーンとローズピンクの光の鎧を身に纏って炎から抜け出すも一瞬で鎧の効果が切れてしまう。異様な程強い魔力。リリーナの防御魔法でさえスカーレットの攻撃にはたったの一回しか防げない。

 爆炎から抜け出すと、リリーナの眼の前に微笑のスカーレットが居た。

「へぇ、簡単には死んでくれないのね」

「っ!?」

 リリーナは咄嗟に聖剣を前に差し出して構える。するとスカーレットは灰色の翼をバサァと広げて次の手を打とうとした。

魔法円盾(グライスシールド)!」

「あら、勘が鋭いのね。優秀だわ」

 花の次は羽根。灰色の羽根を矢の如く射り、リリーナを襲う。カンカンカンカンとリリーナが唱えた盾を突き、次第にピキピキとヒビが…。

「そんな…っ!?」

 パリィイイイイン!!!!!!

 魔力が強大なリリーナが唱えた魔法円盾でさえ砕かれてしまった。

「さぁ、刺されなさい。羽根の矢に。鳥に啄められるように、その身を紅く染まるがいいわ!」

 鳥の抜けた羽根の硬き先端の羽柄は正に矢の如し。風を切り、無数の灰色の矢となってリリーナを刺そうとした。


 その時、


倭木針葉(シャン・キトゥロ)!」


 リリーナはトレードマークの黒のオーバーオールのポケットからある物(・・・)を取り出し、魔法を唱えると手元から濃い緑の光を放つ。そして目の前に浮かばせて召喚したのは赤褐色の所々尖った魔法陣。


 シュンッ!シュンシュンシュンシュンシュンシュッッ!!


 鳥の羽根よりも大量の深緑の針が鳥の羽根を迎え撃ったのだった。

「何っ!?」

 

 ―――――フローラ(バカ女)に特定の植物を召喚する能力は無かったはず………!?


 針の正体は針葉。鳥の羽根を射って動きを鈍らせたり撃ち落とすと、

聖水(アスモス)!」

 リリーナは聖剣に呼びかけ、聖水を操って全ての羽根を水浸しにした。

 すると、羽根は単純には落ちなかった。シュゥゥ……と音を立て、焦げ茶色になったと思えば次第に白く乾いて大地に降って行く。腐ちた枝のように。

「今のは……」

 単に魔力を撃ち落としたようには見えなかった。リリーナは不自然な羽根の消滅の様子に何かがひっかかっている。だが、分析する余裕など無い。

「意外と手強いわね。優秀、優秀。私はスカーレット。スカーレット・ロフォスよ。あなたの名を教えてもらおうかしら」

 灰色の翼を広げながら浮かぶスカーレット。美しく天女の様に微笑みかけるが、リリーナは聖剣を握りながら警戒を続けた。

「リリーナターシャ。リリーナターシャ・ロズウェルと申します」

「ロズ、ウェル……良い名前ね。ロフォスよりもずっと素敵。薔薇の様で」

 今までの作り物とは違う笑顔。まるで子どもが人の物を羨ましがるような、あどけない顔を初めてスカーレットはリリーナに見せた。

 だがそんな顔も一瞬で終わり、緊迫した微笑に戻る。まるで戦いの女神かのように。

「リリーナターシャ、あなたは優秀でもお連れの子はどうかしら? 私がなぁんにも気付いていないとでも思ってる?」


「はぁはぁはぁ…っ!」

 牝蜂の大群を引き連れて、女王蜂に抱えれながら木々の中を通り抜けるハニビ。

 突然、黒い影が森に揺れる。

 バサバサと風を揺らし、ガァガァと威嚇しな鳴き声を上げる影。木々の上、青空の下、空の支配者が森の餌を喰らい尽くそうと狙っていた。


「想定内です」

 スカーレットの問いに微塵も動揺することなく答えるリリーナ。逆にスカーレットにとって想定外。

「あら、お連れの子の力だけでなんとかなると思っているの? 随分甘く見られたものね」

 リリーナが想定しているよりも自分の力の方がうんと上だと言わんばかりに嘲笑するスカーレット。

 リリーナはまたオーバーオールのポケットから何かを取り出した。

 扇形の黄金葉。

「イチョウの葉……?」

「早朝に竜達にご協力を頂きました。大地の爆弾を仕掛けることを」

 するとリリーナは扇型の葉を高らかに上に掲げた。

銀杏爆弾(トゥギンコ・ヴァン)!」


「グァアアアア!!!」

「ガアアアアア!!!」

 突然木のてっぺんでボンボンと何かが弾けた。音が聞こえたと同時に鳥の鳴き声が次から次へと響き、バッサバッサと取り乱したような羽音さえも聞こえてくる。

 ハニビは上を見ずに前だけを見て突き進んだ。蟲に導かれながら泉を目指して。


「何この臭い!? 臭っ!!」

 堪らないと鼻を手で隠すスカーレット。

 そう、リリーナ達が仕掛けた爆弾とは、

「ギンナンです」

「ギンナン!?」

 イチョウが黄金色に染まると同時に実らせる、秋の果実、ギンナンだった。

 古の魔女相手にも怯まずに語る隠れ令嬢のリリーナ。背筋を伸ばして姿勢は美しく、瞳はピンクローズが僅かに揺らめく中、勇敢にライトグリーンが輝く。

「鳥類は強い臭い、特に甘くない香りついては特に苦手な種類が多いです。貴女ならいざという時は、既に太陽の丘に住んでいるような竜達には頼らず、植物と対話出来るフローラやココの力を考えて植物を避け、鳥達を操るだろうと目論んでおりました」

「素晴らしい推理力だわ。大地の中心の国との境に埋めた魔法岩の仕掛けを解いたのもロズウェル、あなたね」

 大地の中心の国とはレジウム国のこと。国境の山にゲルー国によって仕掛けられた魔力が込められた岩は、山やその周辺の自然を破壊しかけ、ロナール国を火の海にしようとした残酷な破壊兵器。枯れて命を失った植物達を思い出し、リリーナが醸し出す空気に緊張感が増す。

「ふふ、良いわね。いい顔してきた」

 憎しみに満ちた顔。リリーナが冷静さを欠き始めたのを悦に浸りながら見下ろすスカーレット。聖剣を握るリリーナの手にぎりぎりっと力が込まれた。


 ―――――落ち着きな、リリーナ。あたしがお前さんの心の傷を癒やしてやるよ。


 すると、ぽわぁっとリリーナのポケットから(よもぎ)色と白の光が瞬き、リリーナの胸元を温め、リリーナの平常心を取り戻そうとした。

「有り難うございます…っ。憎しみによる戦いに得られるものなどありませんものね」

 リリーナは胸元に手を添えてその植物にお礼を述べた。ポケット内に潜むのはヨモギの葉。

「あなた、さっきから魔法の繰り出し方が特殊ね。服に何を隠しているの?」

 怪訝そうにスカーレットがリリーナを睨むが、リリーナは怖じけない。憎しみに支配されない。

 あるのは、守りたい、という決意。大地だけでなく、自身の中に棲むフローラのことを。

「この国の地の植物の主達にお願いをしたのです。共に大地を守ることを」

 フレーミーの花畑の主、スギ。西の物作りの街の中心部で母の如く人々を加護する主、イチョウ。北西の草原で身を潜めながら癒やしの力に長けた主、ヨモギ。昨晩ココと分かれた後に、リリーナは密かに国を飛び廻り、植物達に頭を下げ、貴重な主の葉を頂戴しておいたのだった。

「へぇ、流石フローラと同じく植物使いなだけあるわね。奴等に鳥対策の入れ知恵でもしてもらったの?」

「いいえ」

 簡潔な否定の言葉がスカーレットの問いを潔く払拭させる。悉く予想通りの行動をしないリリーナにスカーレットは苛立ちを見せ始めた。

 リリーナは片手で聖剣を握りながら、もう片方の手で白いシャツの袖を雑に捲り上げた。令嬢らしからぬ、庭仕事で引き締まった腕が露となる。

「鳥対策は庭や畑仕事において必要な知識です。王城庭師、これが私の職でございますので」

「は………? 畑仕事…? 庭師………?」

 口の端をひくひくとさせるスカーレット。一方リリーナは完全に冷静さを取り戻し、勇気を込めて聖剣を握り締める。

「太陽の丘の魔女の貴女が何故大地を滅ぼそうとするのかだけは理解に苦しみます。ですが、立ち止まる理由にはなりません。大地も、そして」


 ―――――恐れないで。私を信じて。


「フローラも私が守り抜きます。庭師の誇りを賭けて」


  

 

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