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『早くキューピットとやらをとっ捕まえれば? そいつに弓矢で射ってもらって服従させる血生臭い恋の実らせ方があるんでしょ、人間には』
操られたセティーを正気に戻す方法を考えていたココの頭に、ふと過ったのはかつて白薔薇姫に言われた言葉。まだ彼女がアンティスに片想いをしていた頃、なかなか想いを告げずに彼から逃げてばかりなのを白薔薇姫が見かねたのがきっかけ。
「想いを………貫く…………」
セティーに対して恋愛感情は無い。けれども、恋以上にかけがえのない感情を抱いている。ココにとって唯一生き残っている血の繋がりのある家族。どんな荒風にも負けず、彼に真っ直ぐに聖水を貫くのはこの方法だ、とココは閃く。
―――――お母さん、お父さん、力を貸して………っ!!
それを作るべくは、自身の力のみを頼ること。今まで誰から教わったわけでもない魔法を使うなど、ココにとって恐怖と責任で押しつぶされそうだが、亡き母と父に見守られていることを信じ、そっと胸に手を添えた。
「魔法円盾!!」
ココが一人魔法をこれから唱えようとする間もセティーとの攻防をレジウム達が懸命に繰り広げる。彼を決して殺してはならぬ。反撃が出来ない苦しみを抱きながらも、レジウムは防御魔法で、エレンは大斧でセティーの攻撃を相殺したりとココを守り抜く。命懸けで。
胸に手を添えた手はやがて首からひっそりと下げた風色の宝石へ。
「セティー、今私が助けるよ」
首から解かれた彼女を隠すための首飾り。彼女の周りに柔らかだが何にも屈しない風が舞い、プラチナブロンドの髪が陽に当たって一層煌めく。風に吹かれ、ココの姿を隠していたローブのフードも彼女の頭から後ろへと煽られた。
「あなたは………!?」
普段は王城で真面目に働くメイド。ココの姿を見てエレンは驚愕を覚えた。
だが、彼女の瞳は普段とは別物。太陽の丘の魔女の彼女の本来の色。
片目は風使いの血を引く緑の瞳、そしてもう片方は太陽の丘の民の証の黄金色の瞳。
オッドアイ、それがココの本来の姿だった。
「お願い……! 太陽の恵よ………っ!」
左手を高く掲げ、手の平いっぱいに陽の光を受ける。
「光ノ聖弓!!!」
シュワアアアアアアア!!!!!!!
天より円柱の陽がココへと光の速さで注がれた。太陽の暖かな熱が風から辺りへと伝わる。
「風!」
ココの背後から吹き抜ける追い風。まるで、正真正銘の風となった父が背中から押すように。
―――――信じるんだ。私を、私の力をっ!
「聖水!」
とぷんっと音を立てて右手小指の指輪から聖水がココの手の周りに螺旋状に飛び散っていく。喧嘩しても仲直りした友から託された大切な指輪。
―――――私は一人ぼっちじゃない。離れていても、私を助けてくれる人がいる。
ふと、一人の男の後ろ姿を一瞬思い浮かぶ。また再び笑顔を見せて欲しいと焦がれてしまう人の姿を。
「太陽ノ矢!!」
右手に煌めくのは一本の矢。黄金色に輝きながら螺旋に飛ぶ聖水に包まれる。天に向かってココが光ノ聖弓を引いていると、矢が弦に引っ張られるように自然と現れたのだった。
―――――太陽と風、お願い、私に力を………!!
太陽の丘から離れたリリーナの庭ではマリアが懸命に祈りを捧げ、追い風がびゅんびゅんと加勢する。
セティーは風。疾風の速さで飛ぶ彼を捕えるのは彼を上回る速さを要する。そして風の動きを察知する能力も。
―――――セティーの魔力はわかる。幼い頃からずっと一緒で、離れても、帰って来るのが待ち遠しくて、セティーの魔力を誰よりも早く1番に察して迎えていたんだから……!
ココは風が読める。そして、風よりも速いのは光。
「いっけぇぇえええええええええ!!!!!!」
今だ! そう思った瞬間、ココは矢を離し、目にも止まらぬ速さで一直線に太陽ノ矢が放たれた。空中にキラキラとした残像が残ったかと思えば、その瞬間、矢はセティーに命中した。
「が……ガ……ク…………ッ」
光と聖水が彼を包み込む。矢は輝きと潤いに満ちながらセティーの中へと吸収され、やがて傀儡された赤い瞳から元の風色の瞳へと戻っていった。
「やったか……!?」
レジウムとエレンは安堵しつつもまだ警戒しながら見つめる。
だが次の瞬間、セティーの瞳は閉じ、意識を失って空中から落下してしまったのだ。
「セティー!!」
飛んで下からセティーを支えようとココ。空中で彼を受け止め、ゆっくりと着地…………など彼女の筋力では無理だった。
「重っっ……!? きゃあああっっ!!」
セティーの重みに耐えきれるわけもなく、ココも一緒に落下していく。
レジウムとエレンが落下しそうな地点に急ぐが間に合わない。その横を、シュンッ!! と何かが勢い良く通り過ぎた。
「落ちちゃうううううううううう!!!!! セティー起きてえええええええ!!!!!」
もふんっ!!!
「えっ……?」
もふもふとした感覚に背中から落ちたココ。セティーを抱き締めた状態だが痛みは無い。
「ウォン!」
「ケルちゃん!」
間一髪、聖獣ケルベロスが背中で二人をキャッチ。温かな獣の毛に包まれ、ココもほっと胸をなでおろしつつ気持ち良さそうにしている。
「ケルちゃんありがとう〜、助かったよ〜っ」
大好きなココを助けることが出来、ケルベロスも誇らしげに鼻を鳴らした。
「大丈夫か!?」
駆け寄るのはレジウムとエレン。
「私は大丈夫です。でも、セティーが……」
「どれ、診させて」
するとケルベロスは伏せをしてセティーを触れやすいようにした。レジウムが彼の首元や手首などに指を触れ、慣れた手付きで診察。
「問題ない。落ち着いている。念の為、回復魔法をしておこう」
「ありがとうございますっ。セティー、良かった…っ」
「貴女も無事で良かった。周囲回復」
セティーだけでなく、ココやエレン、そして自身に回復魔法を唱えるレジウム。辺りが黄金色の光に包まれ、エレン達の傷が癒やされていく。
「みんな、みんな………本当にありがとうございます…っ」
一人じゃない。ココの勇気は周囲と共に花開いたのだった。




