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「キュイちゃん頑張って! 丘まであと少し!」
子ども竜に跨って声援を送るココ。背後にはレジウムとエレンが乗る火竜と水竜も追う。少し遅れて聖獣ケルベロス、そしてスカーレットと傀儡になってしまったセティーが疾風の速さで追っていた。
『私は森の中で魔女スカーレットを誘き寄せるわ。ココはセティー様を。丘なら彼の姿もよく見えるし、彼が素早くてもココなら何とかなると思うの』
「私なら何とかなるってどういうことですか、リリーナさんっ!」
早朝、リリーナから受けたのはこんなアドバイス。あまりにも漠然で、とりあえずスカーレットと離れるべく太陽の丘へと急いだ。
「太陽の丘の魔女! 風使いは思った以上に速い! 強化魔法で竜の速度を上げなさい!」
ココの背後から声を荒げるのはレジウム。巨体の竜で飛び、木のてっぺんに身体と羽根が当たりまくり、そこら中の木々が揺れたり倒れたりしている。
「強化魔法っ!? そ、そんなの、私出来ないですっ」
「何だと!?」
上級魔法ではあるが、光属性の基本的な呪文だろう、とレジウムは愕然としたが、すぐに気持ちを切り替えなければならない。
「光ノ強化!」
竜に乗りながら腕を伸ばし、ココが乗るキュイに強化魔法を施したレジウム。
「キュイ!」
魔法を受けてキラキラと金色の輝きを得たキュイは力強く羽撃き、セティーとの距離を広げていった。
「風ノ強刃」
ビュゥゥゥゥゥゥと、風と同じ速さで森を駆け抜けるセティーが背後から攻撃魔法を繰り出す。
「来るわ! 魔法円盾!!」
ココ、レジウムの後ろで叫ぶのはエレン。前方の仲間に知らせつつ、咄嗟に防御魔法を唱えた。
だが、風の動きは予測不能。風ノ強刃はエレンの魔法円盾を躱し、木々の間を通り抜け、レジウムが乗る水竜を傷付けた。
「光ノ回復! 攻撃が来るぞ!!」
水竜の傷を癒やしつつ、レジウムは声を張り上げながらココに警告。
ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!!
風ノ強刃が空を切り、そして木々をも切り薙ぎ倒していく。ココはというと、全ての攻撃を避けていた。
後ろも振り返らずに。
「っ!? 攻撃が見えているのか!?」
子ども竜が、それとも太陽の丘の魔女が……!?
目で見ながらでも瞬時に避けることが難しい攻撃さえ、竜が素早く動きながら鮮やかに躱している。レジウムには信じ難く、子ども竜の動きを凝視すれば背中に乗るココが竜に手を付けながら動きの指示をしていた。
魔力を読み取る能力がずば抜けて長けている……!?
あまりにも後ろを見向きもせずに避けきるのなら、とレジウムは推測をした。
だが、ついにセティーがレジウムとエレンを追い越し、レジウム達の前に憚った。
「不味い!」
真正面から放たれた風ノ強刃。木々と共に竜達にも無数の傷を負い、「グォオオオオッ!」と唸り声が上がる。そしてセティーはまたココを追った。
「っ!? 大丈夫ですか!?」
竜の唸り声に思わず振り向くココ。
「気にするな! 行きなさい! 早く!」
レジウムに背中を押され、ココは再び丘を目指すべく前へ飛んだ。
「レジウム国王、降りて追い駆けます!」
エレンも負傷をしていたが、何とか彼女を守ろうと身を削って追おうとする。
「乗っていなさい! すぐに回復する!」
レジウムは瞳を黄金色に一層輝かせた。太陽が南天で照り輝くように。
「周囲回復!」
両腕を広げるとレジウムとエレンと竜達を包むように辺りは黄金色に輝き、瞬く間に傷を癒やしていった。
「追うぞ!」
「はい!」
間に合ってくれ、そう切に願いながら迷いの森を竜に乗って荒々しく二人は駆け抜けていった。
「はぁっはぁっはぁ」
迷いの森からある場所を通り抜ければ世界で最も高い大地に辿り着く。太陽の丘。世界で最も太陽に近いその場所は今日も日差しが熱い。息を切らしたココが先に辿り着いた。 「王様達……大丈夫だったかな……」
もう誰も失いたくない。自分を守ってくれたばかりに、誰かの命が犠牲になるなんて……。
最愛の母を迷いの森で目の前で亡くした過去を持つココ。レジウム達の安否が心配で仕方がなかった。
だが心配も束の間。
ビュオオオオオオッッ!!
「っ!? キュイちゃん、上に上がって!!」
森から鋭い刃が疾風の速さで襲いかかる。間一髪で直撃は免れたが、
「キュウウウウウッッ!!!!」
「キュイちゃん!?」
キュイの脹ら脛に掠れてしまい、血がダラダラと流れ落ち、バランスを崩しながら飛んでいる。
しかし、心を失ったセティーに情は無い。次から次へと攻撃の風を投げつけていく。
「魔法円盾! お願い、誰かキュイちゃんを安全な場所に!」
するとキュイの母親の火竜が勢い良く空から舞い、キュイを背中に乗せて飛び立った。
「セティー!! 目を覚まして!!」
ココはセティーと血を分けた兄妹、彼女も風となり、空を飛ぶ。
だが、彼女の声は兄に届かない。
「セティー! セティー!!」
兄の攻撃を避けながら呼び続ける。何度も何度も。たった一人の家族を取り戻すために。
ぴちょん。
ココの右手の小指から水が揺れ動く感覚があった。指輪だ。リリーナの聖水の力が宿った指輪から潤いが満ちていく感覚をココは感じた。
「そうだ、リリーナさんのっ」
空を飛び回りながらココは僅かなタイミングを見計らい、
「聖水っ!」
と指輪を煌めかせ、彼女の手から聖水を放つ。
紛れもない、リリーナと同じ聖水の力。
だが、風の彼に呆気なく避けられてしまう。
「聖水!!」
もう一度唱えるも結果は同じ。水は風に素早さは敵わない。
「どうしよう……」
途端にいつもの自信喪失の表情になるココ。そして隙が出てしまい、
「風ノ強刃!」
「っ!?」
間に合わない!!!!!
避けきれなく、風に八つ裂きにされてしまいそうに……。
「土ノ魔壁!!」
太陽の丘の入り口から聞こえたのは、地上に生きる騎士の声。土を隆起させ、風の攻撃を強靭な硬さで彼女を守り抜いた。
地上で生きる民がこの世で最も太陽に近い場所で太陽の丘の民を守るとは。
「エレン副団長さんっ!!」
レジウムも同時に太陽の丘に辿り着く。
「お待たせ!」
「間一髪だったな」
二人の無事に思わず少し涙ぐむココ。レジウムとエレンは竜に乗ったままココの前に出た。
「森よりも見晴らしが良い場所を選んだのは我々に確実にお前を守らせるためか」
「え」
リリーナの作戦の真意をレジウムが呟く。
「彼を取り戻すことに専念しなさい、太陽の丘の魔女。貴女の命は我々が守り抜く」
「ええ、森よりもこっちの方が動きやすいわ。風の動きもよく見える!」
セティーとレジウム達が対峙。エレンがレジウムよりもさらに前に出て、
「土ノ魔斧!」
エレンの身長程の巨大な斧を投げ回し、風魔法を打ち消していく。そしてセティーの攻撃に当たってもすぐにレジウムが回復魔法で傷を癒やした。
「でも、私、どうしたら………っ」
目の前で二人が自分のために戦っているのを見れば、プレッシャーとなり焦りが募るココ。さっき指輪の力を使っても失敗に終わった。
ふと指輪に視線を落とす。リリーナと庭の植物達と作った指輪を。
『かならず、いきて、やくそく』
そうだ、マリアさんと約束したんだ。指切りげんまん、したんだ。
『出来るかどうかは二の次よ。魔力の源は、叶えたい意志があるかどうか』
そうだ、リリーナさんにも前に言われたんだ。諦めちゃだめ、絶対にセティーをもとに戻すんだ……!
今のセティーには私の声が届かない、想いも。
だから叶えたい、セティーに私の声と想いが叶うようにって!
でも、どうやって。水を放つだけでは風のセティーの速さに追いつけないというのに……。
「あ」
『…………人間には』
ふとココの脳裏に過ったのは白薔薇姫の言葉だった。




