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「セティー…っ」
再びスカーレットを目にして震えるココ。セティーの瞳には生命力が無く、スカーレットの操り人形になったままなのが見て取れる。
「あら」
宙に浮いた魔法陣からスカーレットは見下ろし、リリーナに視線を向けた。
「あなたがフローラと縁のある庭師とやらね」
見下すかのような嘲笑。朝日に照らされてその顔さえ美しい。彼女自身が抱く魔力の強さに、レジウム達はその空気だけで固唾を呑んだ。
そしてリリーナも、いや、リリーナの中に棲むフローラも動揺を隠せない。心臓がドクンドクンと跳ね上がり、不安定になっている。
―――――スカーレット……どうして……………っ
フローラの悲しみを含ませた声を無言で静かに受け入れるリリーナ。冷静さを努め、フローラの動揺に飲み込まれないようにと姿勢良く立っていた。
「さぁセティー、あの太陽の丘の民を殺してしまって! 私を愉しませるのよ!」
来たか!? とココ達はスカーレットの命令と同時に動く。
「キュイちゃん!」
ココは子ども竜のキュイに乗り、一気に森の奥へと駆け抜けた。セティーもスカーレットに操られ、魔法陣から急降下し、ココを追う。
「火竜! 水竜! 我々も追うぞ!」
レジウムが空に声を上げると、大人の火竜と水竜も低空し、レジウムとエレンがそれぞれ飛び乗って森へと急いだ。
「ぽんこつなんか瞬殺でしょうよ。あなたに守れるのかしら? あの子の血祭りを拝めたら、次はあなたね、フローラの宿り主」
スカーレットの頭上に浮かぶのは灰色の羽毛竜。すぐに彼女の下に降り、スカーレットは羽毛竜の背中に乗る。セティーがココを殺めるのを高みの見物をするために。
「私は彼女を追いません。追いかけるとでも思いましたか? 予想が外れてどんな気分でしょうか」
リリーナはココを追わない。森の前に広がる草原で風で草がうねる中、静かに上を見上げた。
「あ?」
自分の方が上に居るのにまるでリリーナに見下され、口の端をひくひくとさせるスカーレット。
「ハニビ様、行きますよ! 浮遊!」
するとリリーナはスカーレットに背を向け、迷いの森へと飛んだ。
「マイクイーン!」
ハニビの呼び声を聞いてどこからともなく女王蜂が舞い、彼女の背中を抱き締めて力強く羽音を鳴らして羽撃く。ハニビは宙に浮き、森へと飛んだ。
「ちょっと何太陽の丘の魔女を煽っているの!? 前からコミュ障だとは思ってたけど、本当に信じられない!」
明らかにイライラしながらリリーナに怒るハニビ。だが、リリーナは表情一つ変えずに前を向いて飛んでいる。二人が飛んだ後は枯れ葉がぶわっと舞い上がった。
「魔女スカーレットは私を追います。二手に分かれてハニビ様は泉へと急いでください。あらん限り水を蒸発してください。場所は蟲が教えてくれます」
「そうしたらあなたは……っ!」
一人で魔女に立ち向かうのは無謀過ぎる。そう言いたいハニビだったが、ふと兄であるアレーニに国を発つ際に言われた言葉を思い出した。
『きっと、いや絶対、リリーナターシャから無茶な指示をされると思う。彼女の危険さえも顧みないような。だけど必ず指示に従って欲しい。話し合う時間さえ無いだろう。そんな過酷な状況でも彼女は相手に打ち勝つ方法を冷静に編み出せるんだ。本当に、驚かされてばかりになるよ』
ハニビは唇をきゅっと食いしばり、リリーナへ反論することをやめた。
「いい!? 私が成し遂げてあげるんだから、勝手にくたばるんじゃないわよ!」
ブブフブブン! 羽音の大合奏。雌蜂の大群が合流すると、リリーナと分かれて泉へと急いだのだった。
「あら、鬼ごっこでもやるつもり? ま、捕まえるのは私じゃないけど」
森の入り口で長い髪をくるくると指で巻きながら地に足を着けて歩むスカーレット。
「森の主の苔よ、ネズミ共を捕らえなさい」
ザザザザザァ……!
スカーレットの声は唄声のように美しく森に澄み渡る。森中の至る所に生息する苔がどくんっと高鳴り彼女の声に反応。
だが、
「聖水ノ聖剣!」
木々をすり抜けながら飛ぶリリーナが魔法を唱えた。コポコポォと清らかな音を奏で、彼女の右手に剣先が二股に分かれた聖剣が握られる。聖剣を掲げれば、忽ち剣先が円を描くように聖水を放ち、森中に聖水が散りばめられていった。ドクンドクンとスカーレットに反応していた苔も聖水を飲んで正気を取り戻す。
「庭師のくせに剣なんか不釣り合いなのよ。本当に腹が立つわ、その魔法」
パキッと小枝を踏みながらスカーレットが森を踏み入れた。森にピリリッとした緊張感が走る。
「私に喧嘩売ったこと後悔させてあげる」
シャアッ! シャアッ! シャアッ! シャアッ! 森の木々の間から木漏れ日が降り落ちる。まるで音を立てて燃え上がるように。
スカーレットの長い髪がぶわっと舞い、紅い毛先がまるで炎の揺らめき。白に近いご金色の髪を輝かせ、同時に瞳も燦々と輝かせる。
ジュルン、ニュル、ニュルニュルニュルニュルッ……。彼女の足元を囲むように魔法陣が紅と白に描かれ、弦のように長い茎から幾つものシルバーリーフの葉がうねりながら現れ、次第に丸みを帯びた白い花が葉の間から生えてきた。ほとんどは白い花、だが紅く染まった花も見受けられる。
花は貪ろうとするかのように、花弁を開閉。蠢く無数の大蛇の如く。
灰色の羽根を羽撃かせると、スカーレットは目にも止まらぬ速さで森を飛んだ。
更新遅くなりまして申し訳ございません。
私生活が引っ越し等ありまして、時間を上手く作れず遅れてしまいました。
次回はもうちょっと早く上げられる予定です。今後ともよろしくお願い致します。




