3−1 光と風
「え、じゃあ竜ってすごい長生きなんですね」
迷いの森の前に広がる草原。先に到着していたリリーナとローブで身を隠したココ、そして普段男の姿だが本来である女性の姿をしたレジウム国王が立ち話をしていた。
日は昇ったばかり。まだ熱を帯びていないひんやりとした地面から風が涼しさを運ぶ。リリーナの雑に結ったライトグリーンの髪がさらさらと揺れた。上空には数匹の竜が飛び交い、ココの横には火竜の子どものキュイがちょこんと座っている。
「らしい。5000年生きてようやく大人になるそうだ。ラノという国王とそこに居る子ども竜は同じ時期に産まれたと竜達が言っている」
「キュイ?」
「へぇ、キュイちゃんって王様と同い年なんだね!」
竜について語るのはレジウム。つい最近彼女自身も知ったのだが、彼女が引き継ぐ太陽の丘の民の血は竜と話せる能力。難易度が桁外れに高い回復魔法を得意とするが、表向きは男として玉座に座り、中級程度の光魔法で国民の治療をし、太陽の丘の民の力のことは隠している。
「ラノの父親はは嘗ての竜達の長だったそうだ。ロナールで破壊兵器として無理矢理作られた子どもを竜達がゲルーへも無理矢理逃がしたらしい。だが、それでも一人の人間が追って来てラノを誑かしたと言っている」
「魔女スカーレットのことですね……」
話を聞きながらリリーナが呟いた。長い冬眠から目を覚ますと魔女スカーレットから両親の死やフローラのことを聞かされたとラノ本人の幻影から聞かされたことがある。レジウムもゆっくりと彼女に頷き、話を続けた。
「竜達にとってラノは幼子に見えるらしい。仲間同士でまだまだ見守りが必要だと心配している」
「…………」
確かに例えば幼い子どもが前王の愚王に誑かされているのを見れば、他人でも放っておけないだろう。
―――――初めて会った時は人間とは異質な見た目で思わず心が拒否をしてしまったけれど…。幼い子どもだと思えば、諭してあげた方が良いのではとも思えてくるわ………。私よりもうんと歳上でしょうけど。
もう一度再会するかしら。そうしたら、私はあの子になんて言葉をかければ良いのかしら。
永年、ロナールを憎み苦しむあの子に……。
リリーナが黙って切なそうな顔を浮かべると、レジウムもそれ以上は語らなかった。
「…………まぁ、予想はしていたが」
沈黙後、再びレジウムが口を開くと今度はココの方を見る。
「太陽の丘の民の生き残りか。守る相手とは」
「っ!?」
自身のことを何も話していないため、何故気付かれたのかと驚くココ。
「竜達が勝手に喋って来るのだ。私は変な詮索などしない」
「そ、そうなんですねっ。びっくりしちゃいました〜っ」
ココの心境はわかりやすく、レジウムはため息混じりで話した。
パァアアアアアアアアアアッ!
突如目の前の草の上に出現したのは大きな魔法陣。細かな線が無数に描かれている、まるで蜘蛛の巣のように。
「やぁやぁ、お待たせ♪」
魔法陣を描いた主はアレーニ。周りには今回リリーナ達と行動を共にするアレーニの妹のハニビとロナール国騎士団副団長のエレン、そしてアレスフレイムとアンティスも姿を現した。
「コイツラ今回はそっちチームじゃないのに一目合わせろって煩くてサ」
不機嫌そうにアレーニが指を指したのはアレスフレイムとアンティス。
「申し訳ございません。どうしても彼女に会いたくて」
アンティスがそう言うとココはローブで身を隠しながらびくっと震えた。自分の正体を他の人にバレたくないからだ。だがそんなことはお構いなしにアンティスは恋人のココの元へと小走りで歩み寄る。
「アンティス?」
勿論不審に思うアレスフレイム。何故あの身を隠した者とアンティスが知り合いなのか、と。
「………ッ」
名前を呼びたい。だが、この場で呼んではいけない。
アンティスはココの名を呼べないが、思わず抑えきれなくなってしまった。愛する彼女を抱き締めることを。
「アンティス様……っ」
逃げ出したい、ココは内心そう願ってしまった。自分が彼の腕の中に居るべきではない、と。
「生きて、生きて必ずまた抱き締め合おう」
「……………」
アンティスの抱擁は力強い。生きて残って欲しいとココに対する願いと、自身が生きようとする意思の強さの両方を感じる。
彼の想いを拒むのも、勇気が要ることなのかもしれない。
「はい…………」
たった一言、ココはそう答えて遠慮がちにアンティスを抱き締めたのだった。
「……………」
アンティスと謎の女との関係性も気になるが、アレスフレイムはリリーナへと近付いた。
「久々に見るな、ボサ頭」
リリーナは土いじり以外は全く興味が無い。故に髪を結うのも適当過ぎて雑に一つに結ぶものだから、ところどころ髪が垂れていた。普段は数少ない友人であり料理長のヴィックに綺麗にに結ってもらっている。
「失礼ですね」
少々むっとした顔でリリーナがアレスフレイムを見る。彼はそんな表情でさえ彼女が愛おしくて堪らない。
いざとなったら逃げろ、普段ならそう言葉掛けをするが、今回はそういうわけにはいかない。リリーナの魔力頼みの作戦だからだ。彼女が敵を打ち倒してくれなければ世界はゲルーの配下になるだろう。
アンティスと同じく愛おしい者を抱き締めたいが、リリーナの中に潜むフローラが不安定になるのも困る。
彼女の身の心配もある。が、誰よりも彼女の魔力と知恵を信じている。
「リリーナ、また後でな」
そしてまた、リリーナにも伝わる。彼が信じてくれていること。
「ええ、アレスフレイム様」
また会える、必ず。力強く見つめ合った後、アレスフレイムはまた城に戻るべく、アレーニの隣に立った。全く敵わないな、とアレーニは切なそうに軽く鼻息を漏らした。
「ハイハイ、団長サン、君も戻るヨ」
「あはい、すぐ行きます」
名残惜しそうにアンティスはココを放し、アレーニの隣に立つ。
それまで普段通りのふわふわした雰囲気から、急にピリッと空気を変えるアレーニ。
「では、これよりゲルー迎撃作戦を実行する。魔女スカーレットがロナール国筆頭魔道士セティーと同行し、こちらに来ることが想定される。万が一魔女スカーレットがロナール城へ向かった場合、竜またはリリーナターシャが持つカジュの葉を用いてこちらへ伝達をすること」
「任せて、お兄様!」
「承知した」
「了解!」
「畏まりました」
「あ、はいっ」
ハニビ、レジウム、エレン、リリーナ、そしてココがアレーニに返事をする。アレーニも緊張をしてはいるが笑顔を作り、
「健闘を祈る」
周囲転送魔法でアレスフレイム共々魔法陣を描いて姿を消したのだった。
「では、」
リリーナが今回集まったメンバーを見渡す。
「セティー様達が姿を現したら二手に分かれて森へ入ってください。彼女とレジウム国王、エレン副団長がセティー様奪還隊として太陽の丘を目指して下さい。セティー様は風。森の中よりも丘で視界が開けた方がこちらの有利です。私とハニビ様で森の中で魔女スカーレットがセティー様に行かないように時間稼ぎを願います」
「その魔女なんとかがセティーとやらから離れなかったらどうすんの?」
口を尖らせて反論するハニビ。リリーナがリーダーシップをしていることに明らかに不満そうだ。だが、リリーナは想定内という風に静かに答えた。
「私を見れば追って来ると思います。彼女の最終的な狙いは私の中にありますから」
「は?」
「あ、それと皆様ご注意下さい。森や丘では転移魔法は使えませんから、瞬間移動で攻撃を避けられないです」
「そうか、厄介だな。わかった」
レジウムは淡々と理解し、エレンは緊迫した表情でリリーナを見た。
「はぁ、なんで私がアンタと二人きりなのよ!」
文句たれまくりのハニビ。以前彼女はアレスフレイムを振り向かせようとしたが、彼がリリーナを想う故に玉砕。リリーナに良い印象など全く無いのだ。
「魔女スカーレットが会話が出来るのは植物と鳥。恐らく竜も少々。蟲の声は聞こえないんです」
「えっ、蟲さんと会話が出来るんですか!? すごいです!」
淡々と説明をするリリーナに続いて羨望の眼差しを向けるココ。
「ええ、そうよ! 私が打ってつけってことね! なら仕方がないわね」
ハニビが鼻を伸ばしていると、レジウムは呆れ、エレンは苦笑をしていた
ザザァ………サラサラサラザワザワザワザワ…。
「風が変わった」
ココが空を見上げる。他の女性達も続いて上を見た。
上空に太陽の光に照らされながら浮かび上がる黄金色の魔法陣。まるでハートのような形だが、丸みがありながら反り返ったような花弁の形にも見える。
「あの花は……」
魔法陣をじっと見つめるリリーナ。
予想通り、スカーレットとセティーが姿を現した。
「あら、お揃いで」
朝陽に照らされた太陽の丘の魔女は美しい。まるで人では無いかの様に。




