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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第七章 ゲルー国との決戦
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2 針の城の朝

 その国は朝も夜も灰色の空。

 植物が姿を消した大地は乾いた砂が飛び、荒れている。

 孤独に鳴き声を上げる竜達。

 細長くまるで針のような城で国を治めているのは、王なのか、それとも。

「おはよう、ラノ。よく眠れた?」

 ぴたぴた、と黒曜石の床を歩む素足。白く透明感のある素肌は足だけでも女神の美しさを匂わせる。太陽の丘の魔女でありながらゲルー国竜騎士四天王のスカーレットは衣も何も覆わず、恥じらいもなく裸体で歩いていた。部屋に置いてあるガラスのピッチャーから水をグラスに注いで飲んでいる。

「ああ、眠れた。おかげで痛みも消えた」

 一方で硬い竜の紅い羽根で身を包みながら横になっていたのはゲルー国王ラノ。人間、正確に言えば太陽の丘の魔女と竜の間に産まれた王は見た目も大きさや身体は一見思春期の人間ぐらいだが、角や羽根や鱗もある。ゆっくりと上半身を起こし、スカーレットを見上げた。

「あら、良かったわね。私もスッキリしたし、今日は全力でぶっ潰せそう♡」

 スカーレットの寝室を見れば、抜け殻のように意思のないセティーが裸で仰向けになって天井を見上げている。

「………ああいうことをしたら魅了は解かれるんじゃなかったのか?」

「ん? 解かれたらまた魅了をかけるのを繰り返しただけよ」

 全く包み隠さずに答えるスカーレット。スカーレットはグラスの水を飲み干すとまた部屋へと戻って行く。

「セティー、私のセティー。さぁ、朝よ。太陽の丘の民の絶滅を私に見せて。2000年の恨みが今日ようやく晴れるわ」

 ふわっとスカーレットが長い髪を靡かせて仰向けのセティーに跨り、上半身を倒して肌を密着させながらキスをする。セティーは完全に彼女の操り人形。スカーレットを抱えながら身体を起こしていった。

 リップ音がラノの耳にも入る。

「…………」

 軽く羽根に付いた埃を手で払い、ラノはガラス窓へと近付いた。

 砂まみれの大地が広がる。その上に竜達が飛んで鳴き声を上げていた。ラノに語りかけるように。

「………復讐をするな、だと? 何故だ。お前達も長を殺されて悔しくないのか!?」

 ラノが竜と対峙していても、スカーレット達は二人の世界に浸っている。

「我はロナールを許せぬ。産まれるべきでなかった我のせいで、母は………父は…………っ」

 ラノの爪が窓に傷を付け、ギィイイイと不快音が鳴った。それでも誰もラノの手を止めようとしない。優しく背中を擦ろうともしない。

 硬い竜の羽根に隠されているのは丸まった背中。

 窓に竜達が集まり、鼻先をラノにガラス越しに触れようとしていた。孤独の王を慰めたいかのように。


魅了(チャーム)


 禁断の呪文が聞こえ、ラノは恐る恐るスカーレットの方へ向けるとセティーを抱き締めながら彼女は男を傀儡にする魔法を笑みを浮かべながら唱えていた。彼から離れると、呼吸を乱れながらまた仰向けに倒れるセティーを見下ろして満足そうに微笑み、それからラノの視線に気付くとゆっくりとラノに近付いていく。

 ぴたっ、ぴたっ、と汗で湿った素足で黒曜石の床が足跡を曇らせた。

「あら、竜が近い。あなた、竜に愛されてるのね」

「そうだろうか……」

 

 ―――――愛される理由なんてあるのだろうか、母の命を奪った化け物なのに。


 ラノが俯き、自問自答をしていると、そっと背後からスカーレットに抱き締められた。スカーレットの方が背が高い。ラノの頭部が丁度スカーレットの女性の膨らみに当たる。

「愛なんてほとんど一方通行よ。愛し合うなんてあっても期限付き。私もそうだったわ。どんなに愛しても叶わない人を愛してしまった。愛していない相手に想われても受け入れられなくて当然よ、わかるわ、ラノ」

 スカーレットがラノの頭頂部を頬擦りし、硬い黄金色の髪をそっと撫でた。窓の外では竜が睨み、唸り声を上げている。

「もし無期限の相思相愛があるなら、親子の愛だけ。ああ、ラノ、あなたはそれを奪われたのだから、可哀想!」

「……………」

「そもそもの諸悪の根源があの馬鹿女なのよ」

 途端にスカーレットの声のトーンが下がった。ラノはふとガラス越しに彼女の顔へと視線を上げると、無表情に冷徹な顔へと豹変したスカーレットを見てぶるっと震えてしまう。

「あの女さえ居なければすべてが上手くいったのよ。馬鹿みたいに下界へ行って勝手に死んで……愚かな下界人共がフローラや太陽の丘の民の存在を一生知らずに済んでいたら、あなたの母親の命は無駄になることなんてなかったの。ロナールだけじゃない、あなたが消すべきは」

「フローラ」

 ラノがスカーレットの話の続きを答えると、彼女はにっこりと微笑んだ。魔女の笑みという名に相応しい微笑みを。

「イイコね、ラノ。その通りよ。亡骸を見つけたら食い尽くしなさい。それが出来なかったら八つ裂きにして完全に消滅させるの。あの馬鹿女を完全にこの世界から亡き者にするために……!」

「………わかった」

 ラノの返事を聞くとスカーレットはラノの頭に優しくキスをした。そして後ろを向き、部屋に戻ると脱ぎ捨ててあった服を着始めていく。


 彼女の背中に刺繍された鳥の羽は、天女の羽か、それとも悪魔の羽か。




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