7−4
「植物紡糸!」
ココが両手を前に出して唱えれば、風が渦を巻きながら舞い、サージは橙の花を揺らしながら自身のツルを一本を差し出した。
光に包まれたツルは茎から抜け、次第に細長い無数の筋となって分かれていく。やがて筋はくるくるとうねり、三つの束になっていくと、次の形となったのは三つ編み。編みながら輪となり、端と端が結ばれていく。
「リリーナ、今よ! 聖水を!」
サージに呼ばれ、ココの横で両手を前に出すリリーナ。黒い編み上げのブーツでしっかりと地に足を踏みしめる。
「聖水!」
シャアアアアアア!!!
降り注ぐ太陽の光で照らされ、白く煌めく聖水。サージの三つ編みの輪を目掛けて放たれ、輪が聖水で包まれた。
「つっ………上手く調和されていかないわね……っ」
ツンとツルを張りながら苦しそうに呟くサージ。リリーナも歯を食いしばって懸命に融合させようとするが苦戦している。
「くっ…う……っっ…っ」
同じく歯を食いしばるココ。
―――――どうして…!? どうして上手く出来ないの!? 私が頼りないから? 私が、本物の太陽の丘の魔女じゃないから…?
不安と焦りが募る。それでも諦めずに彼女は腕が攣りそうになる程魔力を送り続けた。
「永久ノ結」
突然、ぽわぁっとツルの指輪が輝き出した。
「マリア!?」
新芽をぐっと伸ばし、葉を広げると新緑にまだらのプラチナブロンド模様を眩しいくらいに光らせたのだった。庭の主のユズでさえも新芽のマリアが強力な魔法をもたらすのは予想外。いつもは隣のリンドウに隠れ、日陰でひっそりと暮らすマリア。だが、堂々と葉を伸ばし、陽の光を浴びながら指輪を形成していく。植物の筋だった指輪が白金へと。
完成されると指輪はココの聞き手である右手へと飛び、小指に収まった。
「無事に完成……出来たのでしょうか」
どこかまだ不安気に指輪を見つめるココ。リリーナは額から汗が垂れながら、サージへと寄った。
「サージ、気分はどう?」
「平気よ、何でもないわ! 成功したみたいね。マリア、あなたすごいわね! ココリッシュ、あなたも良く頑張ったわね!」
息を切らしながらも明るく応えるサージ。ココは庭中を見渡し、
「皆さん、ありがとうございますっ!」
と目を潤ませながら大きな声で礼を言った。
「コ…コ……………」
すると、マリアの方から遠慮がちに声をかけた。ココはまだ小さなマリアとなるべく目線を合わせるべく、前屈みになってしゃがむ。
「マリアさん、でしたよねっ。ありがとうございました。おかげで無事に指輪が完成しました。あとは、私が頑張って、リリーナさんと、そして私を信じて、大切な人を取り戻しますっ」
小指に嵌った小さな指輪に彼女は大きな誓いを立てた。
「かならず、いきて、やくそく」
一生懸命に片言で話すマリアにココは胸が熱くなり、
「はい! 必ず!」
と小指をそっとマリアの葉に触れた。指切りげんまんをするように。
前向きになったココを横目にほっとするリリーナ。
「ココ、私、あなたに謝りたいと思っていたの」
「いえっ、リリーナさん、それなら私が…っ!」
「あなたが怒って当然のことをしたわ。私抜きに新種の種を植えたなんて聞いたら、私だったら発狂してしまいそうになるもの」
「え」
―――――そこじゃない!!!!!
思わず心の中で大ツッコミするココ。
「違うんですっ、それは私がやき………っ」
―――――今、私、何て言おうと……………っ。
思わず出てしまいそうな言葉をココは咄嗟に飲み込んだ。ココがリリーナに苛ついた態度をしてしまった理由を………。
「私、最近になってようやくなのよ。屋敷の人や植物以外と話すようになったのは」
「え、貴族の方だからパーティーとかありそうなのに」
「片っ端から断ったし、両親も無理強いする人じゃなかったわ。だからなのか、どうも苦手なの。人の気持ちを考えることって」
「リリーナさん……」
―――――賢くて、キレイで、勇敢なリリーナさんでも、苦手なことってあるんだ。それも、何だか人間染みてて、幼さもあるような……。私、貴族やリリーナさんって苦労とかしてなさそうなイメージがあったけど、リリーナさんの悩みってこんなにも身近なことだったなんて…。
いつも自信無さげでおどおどとしているココ。真っ直ぐにリリーナを見た。そして自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「苦手でも良いと思いますっ! それを差し引いても、私、リリーナさんのこと大好きって気持ちの方がたくさんありますから!」
苦手でも良い、ココから出た意外な言葉にリリーナは少しだけ口を開いた。そして、ふっと軽く息を吐いて微笑を浮かべる。僅かな笑みに思わずココが頬を染めて見惚れてしまった。
「ありがとう。父から言われた言葉を思い出したわ。自分の生き方にもっと自信を持ちなさいって」
そしてリリーナは空を見上げた。遥か北の地を見つめるかのように。
「明日、何があっても庭師としての誇りと気高さを失わないようにするわ。ココも」
「はいっ! 恵みの大地を守り抜きます、太陽の丘の魔女として!」
無邪気に微笑みながらココは右手の小指をスッとリリーナに差し出す。リリーナも少しだけ照れ臭そうにしながらも、美しい指を絡めた。
「約束ですよっ!」
「ええ、約束」
固く結ばれた小指。二人は決意の輝きを瞳に宿し、そっと指を離した。
「そろそろ城に戻りましょう。アレスフレイム様やアンティス様が私達のことを探すわ」
「そうですねっ。お邪魔しましたっ」
リリーナの庭に別れを告げ、二人はユズの木に隠れ、魔法を唱えようとした。
「あ、あの、リリーナさん」
「何?」
だが、どうしても気になることがある、とココは勇気を振り絞ってリリーナの気持ちを問うことにした。
「ニックのこと、どう思ってますか? あ、あの、リリーナさんにとってニックってどういう人なのか、とか」
「彼のこと?」
“彼”と聞き、ココの心臓はドキンッ! と跳ね上がる。
「一緒に苦難を乗り越えたことがある関係だし、戦友とは思うけれど……正直……」
「しょ、正直………!?」
アレスフレイム様より魅力的なの。はたまた、私は友とは見ていなくて特別な異性として見ているわ…などなど、その後に続く言葉をココは超ハイスピードで妄想しまくる。
「ココの幼馴染って思っているわ。ココに出会わなかったら繋がりが無かった気もするし」
「そ、そうですか……ははっ」
―――――私、今……ほっとした……かも………。
彼を想うと心臓がどっくどっくと熱を帯びる。けれども、アンティスに会う時も同じく心臓がばくばくと鳴る。なのに、リリーナとニックが男女として結ばれたくないと思うのは単なる幼馴染としての我儘だろうか………。
「……聞かないの?」
「えっ?」
突然リリーナからの質問に真意が全く理解出来ないココ。ハッとして彼女を見ると、リリーナは視線を逸らしていた。
「…………ココのことは、どう想っているか、とか」
「えっえっえっ!? あっ! わ、私のことはどう思っているんですか!?」
どこか照れながらリリーナが頭に結った髪から解けた髪を耳にかける。
「友達だと思っているわ………ダメ、かしら…………」
リリーナには仲直りの仕方がわからない。
喧嘩の仕方もわからない。
人の気持ちもわからない。
自分の気持ちでさえわからない時もある。
この言い方が人間関係を結ぶ正しいやり方かさえも疑問。
けれども、けれども、友達で在りたい、そう言葉にして伝えるのは今までで彼女の経験からしたら大した危険は無いかもしれなくても、大きな勇気を振り絞る。
ココにも真正面から勿論伝わった。
「友達…………はいっ、お友達です…………っ!」
「そう…良かった」
ほっ。
そして、ぽっ。
安心と喜びをほんのりと含ませた美しき微笑み。
リリーナのとびきり美しい表情に、同性のココでさえも、顔をぶぉおおおっ!! と急に赤らめた。
「はわっ! はわわわわわ! 今の……っ、アレスフレイム様にもお見せしたかったです…っ!」
「え、アレスフレイム様? 雇用主だから?」
「え」
一気にリリーナの人の気持ちがわからない現実に引き戻される。あんなにも女性としてリリーナに熱い愛情を注いでいるのが端から見てもわかるのに、肝心の本人はわかっていない。アレスフレイム様もなかなか不?憫、とココは内心同情するも、ふぐに「ぷっ!」と笑いが溢れ、
「なんでもないですっ。戻りましょう、一緒にっ!」
リリーナの手をぎゅっと握った。
柑橘の香りを漂わせるユズの木の後ろ、明日に向けて顔を上げる乙女達。そして優しく見守り、祈りを捧げる植物達。
爽やかな風と共に発ったのは、一人の庭師と一人のメイドであった。
数ある作品の中からご覧下さりありがとうございます!
これにて第六章が終わりです。
ラスボス候補が出揃いましたが、皆さん的には誰がラスボスだと思いますか?
次章はバトル&バトル&バトルです。
ゲルー国との決戦をひたすら描きます。R15っぽい要素が微妙に出てくるかな、微妙に。痴女だったり、とあるキャラの死に方が惨かったり……とにかく戦います!
9月25日現在ブックマーク55名の方々、本当にありがとうございます!嬉しいです。不定期連載なのに登録していただけて有り難い限りです。ネット小説大賞運営チームからのご感想までいただけて、感謝感激!
さらに、皆様からのご感想等をいただけたら本当に嬉しいです。お気軽に書いていただけると助かります。
では、また第七章もよろしくお願い致します。




