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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
182/198

7−3

 薔薇の迷宮から出たリリーナとココの二人はやや俯きながら宿舎へと並んで歩いた。先程まで上空に竜が居ると聞いて避難をしていた使用人達が城に戻って来ているが、皆不安そうで落ち着かない雰囲気。


 ――――さて、明日はどうしようか………。


 リリーナはまずはセティーを取り戻す方法を静かに考えていた。以前、魅了の魔法で操られたアレスフレイムを聖水の貯水槽に白薔薇姫が放り投げて魔法を解かした事がある。今回もセティーに聖水を浴びければ解けるのではないかとリリーナは推測した。だがセティーは風使い。風と等しい彼の素早さに勝る早さがこちらにも求められる。


 ――――風よりも速い何か……………。


 一方ココは、自分の命が狙われているのもあり、今も緊張している。が………


『ココ!?』


 以前までは当たり前のように毎日合わさっていた視線。久し振りにニックに自分を見てもらえた、とココは密かに胸を熱くしていた。思わず涙が出そうになる程、嬉しさや安堵が込み上げて来るかの様。


「ココ!?」


 ふと名前を呼ばれて顔を上げると目の前から走って来るのは彼女の恋人、アンティス。ココを見つけると心配そうな顔で彼女に全力で駆け寄り、

「ココ………ッ!」

 大きな身体で彼女を力強く抱き締めた。

「君が心配で生きた心地がしなかった! 無事で良かった……。セティー殿も一緒だから大丈夫だろうと思いつつも、君を抱き締めるまでは不安で……ッ!」

「アンティス……様…………」

 だが隣にはセティーの姿は無い。

「…………っ」

 目にうるうるとまた涙を溜めるココ。そんな彼女を見てアンティスが指で彼女の涙をそっと拭う。

「怖かっただろう。もう安心だ。君を宿舎まで送ろう」

「アンティス団長」

 それまで黙って隣に立っていたリリーナが口を開いた。

「あ、君はアレスフレイム様の…」

「至急アレスフレイム様の元へお集まり下さい。セティー様はゲルー国に連れ去られました。魅了の魔法で呪縛されて」

「セティー殿が禁断の魔法で!?」

 アンティスもいつもは冷静沈着だが、こればかりは信じられないと目を見開いて声を荒げた。

「…………」

「彼女のことは私が責任を持って送ります。アレスフレイム様なら直ちに作戦会議を発足するでしょう。もう既にアンセクト国にも報告が行っているはずです」

 アンティスは騎士団団長。ココの傍に居たいが許されぬ身分。

「………ココ、必ずセティー殿を連れ戻すと約束しよう。君は安心して休んでくれ」

「アンティス様………」

「彼女を頼む」

「畏まりました」

 別れ惜しそうにアンティスがココから手を離すと、そっと彼女の額に軽く唇を触れ、それ以上何も言わず騎士団として城へと駆け抜けて行った。

「……………」

 ココもまた不安そうに彼の逞しい後ろ姿を見つめていた。アンティスの姿が見えなくなるまで。


「ねぇ、ココ」


 アンティスの姿が完全に見えなくなると声をかけたのはリリーナ。

「こんな時だけど、あなたを連れて行きたい場所があるの」

「え?」

 予想外の提案にココも表情に戸惑いが見える。

「大丈夫、安全な場所だから。周囲転送(エリアテレポート)

「ちょっ、ちょっ、リリーナさん!?」

 問答無用にココを巻き込んで場所を移動するリリーナ。明日は命懸けの戦いになるだろう。ココの性格上、怖くて怖くて怯え続けるだろう。

 だからこそ心の潤いを忘れないで欲しい。植物達と語り合える特別な力に誇りを持ち、蕾が開花するあの瞬間を守り続けたい、そんな大地を愛する芽生えを決して枯らさぬ様。


「ここは………?」

 着いた場所はロズウェル邸から少しだけ離れた場所。

「こっちよ」

 自宅までの道をリリーナが先に歩く。視界に大きな屋敷が目に飛び込み、ココは目をまんまるにした。

「おっきい!!!! あれ、お家ですか!?」

「そうよ。あなたの幼馴染も同じ様に驚いていたわ」

 ニックの様子を聞いただけで、ココは少し口をつぐみ、頬をほんのり赤く染めた。

「私達はすぐに城に戻らないといけないから、ほんの少しだけ」

 リリーナはやや速歩きで正門を潜り、彼女の庭にココを案内した。

「ユズ、大変なことになったの。力を貸して欲しい」

 リリーナの声を聞き、ユズの木がゆっくりと幹をリリーナ達へ傾ける。

「そちらの彼女は……太陽の丘の魔女だね?」

「あ、はい! 初めまして! ココリッシュと言います!」

 ココもリリーナと同じく植物と話せる。当たり前のように挨拶をした。

「悲しいことに古の太陽の丘の魔女と争わないといけないことになりそうなの。植物達が彼女の傀儡にならないために、何か力を貸してくれたら有り難いわ」

「古の魔女………?」

 ツル植物のサージが怪訝そうに聞く。ココが答える前に、リリーナはそっと自身の胸に手を添えた。落ち着いて聞いて欲しいとフローラに語るように。

「スカーレット・ロフォスです。竜の血肉を得て不老不死になったと言っていました……」

「スカーレットが!?」

 声を上げてからハッとして葉で口を抑えるかのような仕草をするサージ。そして他の植物達も乱れるように葉を揺らした。

 ドクンッ!!!!

「フローラ……大丈夫よ」

 リリーナの心臓も強く鼓動を打った。

「リリーナ、大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫よ。ユズ」

 これもリリーナにとって想定内。今回刃を交える相手がフローラの知っている人間かもしれないということを。

「………彼女は強い。恐らく、フローラの次に強い魔力を持っていたはず」

「けれど、野放しにする訳にもいかなくなったわ。向こうはフローラの亡骸が目的だから」

 ドクンドクンドクンドクンッ!!!!

 フローラが恐怖で不安定になっているのをリリーナは内側ら感じ取り、胸元をぽんぽんと優しく叩いている。リリーナは至って冷静に見える。

「リリーナ、君なら具体的な考えがあるんだろう? こんな力があったら良いとか」

 わかっているよ、とユズは自信を含ませながらリリーナに問いかけた。どんな無茶な要望でも応えてみせるよ、と。


 ユズの言う通り、リリーナの中で一つの答えはあった。


 風よりも速いものが何かであることを。


「ココに一時的でも良いから聖水の力を使える指輪か何かを作って欲しい」


 ヒントになったのはアンセクト国での戦い。蟲使いのアレーニと行動を共にしていなくても蟲を巨大化させていた。その理由はセティーがその時だけ身に付けていた指輪によるもの。ココにも同じ様にリリーナの聖水の力を分け与えたら、たとえ離れてしまってもココ一人でセティーを取り戻せるチャンスが出来るのではないかと考えていた。


「えっえっえっ??」

「君の力を………なるほど……随分難しい……」

「やってみましょう!」

 躊躇うユズを他所に奮起したのはサジー。持ち前の明るさで、重い空気を一瞬で吹き飛ばすかの様。

「わかったわ、指輪ね! お洒落で良いんじゃない? 作ってみましょうよ!」

「でもサージ」

「きっとお母さんなら言うわ。守るためなら失敗を恐れる暇なんて無いわって」

 サージがどの種から出来たかは知らないし、サージの他に同種の植物は無い。リリーナは彼女が言う“お母さん”が誰を指すのか気になったが、今は時間がない。明日に向けた対策が先だ。

「さぁ、ココリッシュ、唱えなさい! 太陽の丘の魔女なら、編み物は得意でしょ?」

 サージは橙の小さな花だが、いつでも太陽のような明るさを忘れない。

「皆で祈ろう。この時代を生きる、若者達の命を願って!」


 ユズの言葉を合図にリリーナの庭の植物達が皆一斉に花や枝を天高く見上げた。

 そして花と木々の一斉唱和が湧き上がった。


「太陽の恵みがあらんことを!」


 陽の光が一層増す。ココに照らされ、そしてサージにも照らされた。人の顔が無いツル植物だが、微笑みながらココを見て力強く頷いているのがわかる。

 そしてココも両手を合わせて祈りを込めた。

「太陽の恵みがありますように………!」

 陽の熱を帯びた手を前に、サージに向けた。サージは堂々と胸を張り、自身の役目を担おうとする。


植物紡糸(フィト・クロスティ)!」




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