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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
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7−1 結び

「はぁっはぁっはぁ…!」

 無我夢中にロナール国内の北東から最南へと一気に転移魔法で到着。揺れる大地に足を付き、緊張した面持ちで迷いの森を見つめるのはリリーナ。

 ただでさえ先程ゲルー国の王、ラノの幻影と激闘をしたばかり。水中戦をしたために全身ずぶ濡れのままだ。身体は疲弊していたが、太陽の丘、つまり彼女の中に棲み着くフローラの故郷が危険に晒されているかもしれないと知れば、身体にムチを打つかのようにリリーナは歩みを止めなかった。揺れて不安定の中、黒いブーツで力強く一歩一歩踏みしめる。

「はぁ…はぁ……リリーナターシャ・ロズウェルと申します。お願い致します、どうか太陽の丘までお導き下さい」

 返事は無い。

 リリーナは不安を胸に抱き、鬱蒼とした森へ一人飛び込んで行ったのだった。

「お願い、誰か。誰でもいいわ。太陽の丘の場所を教えて下さい! 荒らしたりしないわ。守りたいだけ!」

 それでも返事が無い。

「………何かあったのね」

 植物達の声が全く聞こえない。辺り一帯の植物達がどことなく抜け殻のように脱力しているようにも見える。


「………フローラ……」


 そっと胸に手を添える。そうだ、ここはフローラの生まれ故郷。きっと太陽の丘までの道を知っているはず。

 たとえ生きていた頃と変わり果てた故郷であっても、守りたい願いが僅かにでもあれば教えてくれるかもしれない。


「お願いフローラ……太陽の丘が危険な目にあっているの………私を導いて……!」


 ……シュワワァッ。

 リリーナの視界に突然光の道が地面に描かれた。

「こっちね……!」

 木の根に気をつけながらも腕を振りながら森を駆け抜けるリリーナ。

 丘でどんな危険なことが待ち構えているかわからない。命の保証もないかもしれない。けれども、大地とフローラの思い出を守りたい、その一心が彼女の脚を果敢に動かしていく。

 突然、光に包まれた。

 視界が一瞬光で何も見えなくなるも、すぐに太陽の丘の景色が広がる。

 丘と呼ぶには余りにも高い場所。大陸が遠くまで見渡せ、リリーナはその圧巻な見晴らしに驚きで目を見開いた。

 そしてすぐにココを見つける。膝をついて泣いていて、慰めるようにケルベロスが直ぐ側に付いていた。

「ココ!」

 慌ててココに駆け寄るリリーナ。ココは俯いて嗚咽しながら泣いている。リリーナもしゃがみ、ココの世中をさすった。

「どうしたの? いったい何が起きたの?」

「うっ……ぅっ…セティーが……セティーが……っ」

「セティー?」

 辺りにはセティーは居ない。筆頭魔道士の彼に何が起きたというのか。

「ゲルー竜騎士で………太陽の丘の魔女が………」

「え…?」


 ―――――ゲルー竜騎士で、太陽の丘の魔女…………?」


 ココの言葉が理解出来なく、リリーナは一瞬思考が停止した。

「セティーが……魅了で…操られちゃって………ゲルーに…連れて行かれちゃって………」

「なんですって…!?」

 あの筆頭魔道士が操られるなんて考えられない、とリリーナは驚きが隠せない。

 そして、ココはさらに震えた声で続けた。

「明日………セティーに……私を殺させる………って……」

「っ!?」

 本当に太陽の丘の魔女なのだろうかと疑ってさえしまう。太陽の丘の民達は丘から広大な大地を守り続けた身も心も美しい民だとリリーナは思っていた。が、その一人が裏切ってゲルー側に寝返ったということが推測される。さっきゲルー国の王の言葉からも、辻褄が合うところがあった。


『我は長い冬眠をし、目を覚ますとロナールだけでなく全世界の頂点に立つ覇王の力が手に入る方法をある者から知らされた』


 それが裏切り者の太陽の丘の魔女のことだろう。太陽の丘の民に何か恨みでもあるのかもしれない。それにしたって、ココがいったい何をしたというのよ、とリリーナは静かに怒りの炎を燃やしていた。植物が犠牲になった時と同じ様に。

 が、流石にリリーナがたった一人で太陽の丘の魔女とゲルー国王に打ち勝てるとは思えない。

「戻りましょう。アレスフレイム様やあなたの幼馴染の力が必要だわ」

 リリーナにそっと声をかけられ、ココは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

「リリーナさん………」

「お願い、ソレイユ様を………助けて……っ」

「っ!?」

 ようやく聞こえた植物の声。見ると濡れたリリーナから垂れる聖水を飲んだ草が搾り取るような声で助けを懇願した。

「ソレイユって」

 この丘の主のことだろう、とリリーナが立ち上がって見渡せば、丘の先端に一輪の向日葵が茎を曲げて花弁をたれ下げているのが見える。

「大変!」

 主が消えれば太陽の丘は腐ちる。リリーナは慌てて向日葵の方へ駆け寄ると、茎に幾つもの爪痕が残っているのを見つけた。

 リリーナ単独で回復魔法を成功したことが無い。重傷を負った現王妃のスティラフィリーを治したことはあるが、植物の力を借りた。

 ソレイユの傷口をそっと握り、瞳を閉じて願いを込める。


「フローラ、力を貸して………!」


 聖水の力で傷が癒えることを。


聖水回復(アスモス・セラピー)!」


 リリーナか魔法を唱えれば、手の内からライトグリーンの光とローズピンクの光が混じった眩い水が手の内から溢れ出し、ソレイユに潤いを与えた。そしてみるみるうちに茎から根へと聖水は飲まれ、太陽の丘や迷いの森が一斉に二色の光を放ちながら生命力を取り戻していく。

「お主は………」

 不思議そうにリリーナに花弁を向けるソレイユ。対してリリーナは茎からそっと手を離し、一歩下がって最敬礼をした。

「初めまして。リリーナターシャ・ロズウェルと申します。勝手にあなた様の地を踏み入れたことをお許し下さい」

 やがてリリーナが上半身を戻すと、ソレイユとまるで互いを見つめているかのように、花弁も視線もじっと動かない。

「リリーナさん」

 名を呼ばれてリリーナが振り向くとココが泣き顔のまま立っていた。

「ココ」

 天から温かな日差しが雲間から差し込み、リリーナの身体を乾かしていく。

「必ず取り戻しましょう、あなたの大切な人を」

「でも…でも本当に強くて……植物のことも完全に操れていたんです……」

 リリーナにも不安がないと言えば嘘になる。けれども、ココだけでなくフローラもまた不安を抱えやすい人柄。だからこそ、リリーナは気丈に保とうと努めた。どんな風雨にも決して折れない一輪花のように。

「あなたも私も決して一人ではないわ。信頼出来る仲間と知恵と力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。私達を信じて。そして、あなたがあなた自身を信じて」

「私が……私を信じる…………」

 次第にココから涙の雨が止む。ケルベロスが二人を迷いの森の入り口まで連れて行こうと身体を低くし、二人が乗るのを待った。

「行きましょう、ココ」

 手を取り合いケルベロスに乗った二人は、風となって太陽の丘を降りて行く。


 雨は恵み。沢山降らした分、ココの決意は雲一つ無く鮮明に晴れ渡る。勇気と言う名の風を心に吹き上げながら。




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