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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第一章 庭師と王子
18/198

5−3

 不自然な突風を魔法で打破しながら馬車を進ませる。

 アレスフレイムは眉間に皺を寄せながらふと窓の様子からリリーナへ視線を移すと、彼女はじっと外を見ながら儚げな表情を浮かばせていた。


 招かざるのはフローラだとは思う。けれど私がもしフローラという者であるなら、私自身も許されない客人であることになる。


 幼い頃から植物と会話が出来る彼女は、自分が植物たちに特別に選ばれた者だと思うこともあった。

 が、それは打ち砕かれた。

 

 リリーナターシャを知らない樹齢の高い植物にとって私は敵なのかもしれない。


 フローラについて早急に調べる必要がある……。


 カブは口を割ってくれる気配は無いし、白薔薇姫は抽象的なことしか言わないだろう。

 畑の一件が解決したら、早急に王城へ戻り、手始めに図書館で調べよう…………。


 一人で窓の外を見ながら真剣に考え込んでいるリリーナにアレスフレイムもノインも何も声をかけられずにいた。


 今度はアレスフレイムがただ黙って、リリーナが再び口を開くことを待っていた。




 次第に暴風が収まると、王室管理の畑が広がった。

 が、素人目から見ても荒れているのが一目瞭然だった。大地は乾いてヒビが入り、作物は枯れ果てたまま放置されていた。


「酷い……………酷すぎる…………………」


 ようやくリリーナが口を開いたかと思えば、怒りだった。燃え盛る赤い炎ではなく、静かな高熱を灯す青い炎のように。

 いつもはノインに怒りを宥めてもらうアレスフレイムも、表情を変えないリリーナが激怒のオーラを顕にしていたため、自分は今回は冷静に立ち振る舞わなくては、と覚悟をした。ノインはノインで、今回はこの庭師の機嫌に気を配らねばならないのかと気難しい表情を浮かべた。


 それに、農地は国境に近い。

 愚王が何も考えずに余っていた土地を畑にしてしまったがためにこんな王室管理の畑であるにも関わらず遠い。

 隣国のレジウムは魔法もそんなに盛んではなく、友好国ではあるが、彼女の存在は隠しておきたい。

 何が何でもこの女を知られてはならない、とアレスフレイムは一人心に誓うのであった。


 農地の管理人と思われる初老の貴族の男性やその同僚たちが大きな館の前で立ち、王子たちを出迎えた。


「アレスフレイム殿下! ようこそお越し下さいました。我が国の英雄に来ていただけるなんて、有り難い限りでございます」

「長旅でお疲れでしょう。ごゆっくり休まれてくださいませ」


 館の中へと貴族たちは招き入れようとするが、先に馬車を降りたアレスフレイムはリリーナに手を差し伸べ


「行くか」


 とだけ言うと


「ええ」


 とリリーナは日々の土いじりで小さな傷が幾つもあるも色白で美しい手を、戦で剣を振りかざして国を守る硬くて大きな彼の手に添えた。

 アレスフレイムがリリーナをエスコートして馬車から降ろすと二人の手は離れ、館の入り口の階段を横切り、真っ直ぐに畑へと向かった。

 後からノインも彼らには会釈だけして黙って付いて行く。


「あ、あの殿下……っ……ご昼食などは………」


 慌てる貴族たちを他所にアレスフレイムは歩きながら振り返り


「馬車の中に農業の専門書がある。読んでおけ」


 と言うと速歩きの彼女の横に小走りで並んだ。

 

 折角おもてなしを用意したのに去られてしまった面々は、唖然として立ち尽くしていた。用意した昼食を断られたのもあるが、何よりもあの気難しく短気で有名なアレスフレイムが一人の女性をエスコートしたことが衝撃的だった。

 それも、魔女のように不気味な服装の女を。

 この国では女性はズボンを履かない。たとえ、農業を生業にしていても。

 黒いつなぎ姿の彼女を見た彼らは王宮庭師だと結び付けることが出来ず、王子が不審者を連れて来たという感覚で警戒をしていた。


 広大な畑は見るも無惨で、辛うじて水分が不要な作物だけが残ってはいるが、水やりが必要な野菜は枯れてそのまま

横たわっている。土地全体が水不足なのが一目瞭然で、ヒビが割れていた。

 リリーナは畑に一歩入る前に


「王城庭師を務めるリリーナターシャ・アジュールと申します。皆様の大地に踏み入ることをお許しください」


 と丁重に最敬礼をするべくゆっくりと上半身を屈めた。

 あまりにも丁寧なお辞儀にアレスフレイムもノインも若干引き気味ではあるが、アレスフレイムはそれよりも意外なタイミングで彼女の名前を知れたことに収穫の喜びを密かに抱いていた。


 いつもなら誰かしら返事や反応を感じられるが、全く無い。

 リリーナは植物たちの許可も得られないまま畑に踏み入り、枯れた作物の前に膝を付いた。


「可哀想に…………」


 そっと素手で土を掘り、その場に枯れた野菜を置くと、上に土を被せてそっと両手で押した。

 立ち上がるとまた別の枯れた野菜に前に膝を付き、素手で土に埋めた。


 アレスフレイムたちは戦場で命を落とした兵士を埋めることと重ねて見ていた。

 遺体を腐らずに運ぶのは無理なため、本人とは無縁の土地に眠らさなければならないやるせなさ、守ることが出来たのではないかと自責の念、終わった命を大地に託す際のやりきれない気持ち、今彼女は似たような想いで枯れた植物たちを埋めているのではないだろうか。

 二人は目を合わせるとそれぞれ枯れた野菜をそっと土に埋めようと散らばった。


 こっそり見ていた農民たちが


「殿下! お手が汚れますよ! 手袋をお使いください!」


 と畑の外から声を張り上げたが、アレスフレイムは一瞬睨みつけるように視線を送ると、農民たちは怖気付いて何も言えなくなった。

 三人で畑中の枯れた野菜をようやく全て埋め終えると、リリーナは畑の端へと歩み、アレスフレイムたちもあとから続いた。

 底が少し丸みを帯びた溝が長く伸びていた。

 リリーナはしゃがみ、溝の底の土を摘み、指先で擦らせながら落としていく。


「いつから水が流れていないのかしら…………」

「水?」

「ええ、この溝は用水路です。川から流れる水を利用して畑に水を与えていたと思います。溝の土からは全く水分が感じられないので、2週間以上は水が途絶えているかと」

「つまり、川の水も乾ききっているのか」

「おそらく…………」


 周りを見渡すと、いくつかの山に囲まれていた。


「山で何か異変があるのかもしれません」


 アレスフレイムたちも山々を見渡し


「水源がどこか聞きに行って参ります」


 ノインは農民たちの元へ駆けて行った。

 リリーナはこの一帯の主はどこなのか辺りを見回したが、主特有のオーラを放つ植物は見つからない。


 主を失くした大地は死をもたらす。


 昔、ロズウェル家の庭の主のユズに教えられたことがある。

 こんなに広い大地が死んでしまう………。

 生き延びている野菜たちまで枯れてしまう………。


 何としてでも助けたい。


「聞け、リリーナ」


 突然名前を呼ばれてハッと声の主を見ると、アレスフレイムが真剣な眼差しで見つめていた。

 それも、植物たちにしか呼ばれていない愛称で呼ばれ、リリーナは彼を見つめ返しながらゆっくりと立ち上がった。


「この地は国の端、つまり国境に近い。山を越えると多国だ。貴様のことだから、こちらが止めに入っても力を使ってでもこの地を蘇らせようとするだろう。だが、万が一貴様が他国の手に渡ればそれこそ世界中の大地が燃えることになる」


 アレスフレイムはリリーナに近付くと、両肩を手で掴み


「俺たち以外に力を使っているのが見られたら貴様だけで逃げろ、わかったな」


 リリーナは口を半開きになりながら何も答えられずにいると、ノインが駆け足で戻り、アレスフレイムはリリーナから手を離した。


「どこの山から流れているか誰も知らないそうです」

「くそっ、川沿いを地道に辿るしか無いか」


 息を切らすノイン、そして何も知らない農民に苛立つアレスフレイム。


『いいかいリリーナ、おまえの力を決して人間に話してはいけないよ』


 幼い頃から私を見守ってくれたユズの言葉………。


『貴様だけで逃げろ』


 私を逃して、貴方だけで戦うつもりなの…………?


『あなたの心がアレスくんを許せると思ったら、色々とあなたを知ってもらっても良いと私は思うわ』


 そして昨夜の白薔薇姫の言葉…………。


「私、聞いてきます」


 そう言うとリリーナは水が不要な作物の方へと歩き出した。


「誰に聞いても同じだと思うぞ!」


 ノインの忠告を受け、リリーナは枯れた大地の息を吸うと意を決した。


「私、植物と会話が出来ます」



ご覧いただきありがとうございます!


ご感想など書いていただけると嬉しいです。


では、また。

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