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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
179/198

6−3

「ゲルー……竜騎士…………っ!?」

 驚愕で目を見開き、涙が落ちることさえ出来ないココ。理解不可能過ぎる事実に口も身体も上手く動かせない。

「ま、太陽の丘の魔女の名なんて語りたくないけど。愛着や誇りなんて全く無いし」

 毛先を指にくるくると巻きながらぼそりと呟くスカーレット。すっかり自我を失って抜け殻のように立つセティーをうっとりと見つめると彼の頬に手を添えてそっとキスをした。

「いいわ、私今とっても機嫌が良いから見逃してあげる。本当なら太陽の丘の魔女なんて即座に八つ裂きにして竜の胃袋に放り込みたいところだけど、彼、セティーとすぐに身体を重ねたいからあんたのことは明日に後回し」

 スカーレットが透き通るような片手を上げて、パチンと指を鳴らす。すると、上空から灰色の鳥のような羽毛を持った竜が羽撃きながら彼女の上へと舞い降りた。黒い影が太陽の丘を覆い尽くす。

「やめて! セティーを連れて行かないで! 私の唯一の家族なの!」

「そう、それはそれはとっても大切な人なのね」

 スカーレットはわざと同情めいた表情を作った。一方でココは懸命に説得を続ける。

「お願い! セティーは太陽の丘の民じゃないんです。酷い事をしないで」

「ふぅん……じゃあ、あんたの最期は私じゃなくて彼にとどめを刺させてあげる」

「え……」

 頭がついていけない。スカーレットは美しく微笑み、指先を赤い唇に当て黒い影の中、黄金色の瞳を煌めかせる。

「彼はもう私の操り人形。私よりも魔力が小さいんですもの、簡単に操れるわ。あんたを殺させるだって出来る」

「やめ……て…………そんなの……いや…………」

 大きな瞳に涙を溜めて震えるココを見て、スカーレットは口を開けて笑い声を上げた。 

「あははははっ! 最後の太陽の丘の民の絶望の淵で死んでいく様を見れるなんて楽しみね! さぁセティー行きましょう、私達の城へ」

 ちらっと羽毛竜をスカーレットが見上げると、竜は彼女の指示に気付き、低空飛行をして彼女達を背中に乗せて飛び立って行った。

 遠い遠い、最果ての北へと。


「…………っ……っ……セティー……っっ!!!」


 ココの悲痛な叫び声は彼等には届かなく、孤独に風になって消えていった。




 最北の国、ゲルーの針の城。大きなガラス窓がある部屋で蹲っている者がいた。

 ラノだ。

 竜の羽根を弱々しく身体に包み込ませ、黒曜石の床にうつ伏している。

 羽根で丸まったラノは国王というよりまるで子ども。痛みに耐えながら華奢な身体で縮こまっていた。幻影の魔法は本体が命を落としたり傷を負うことはないが、痛みは伴う。ラノはリリーナの聖水の力で身体を消滅させられた痛みが全身に走っていた。

 やがて、彼女の背後で太陽とシクラメンの魔法陣が浮かぶと、現れたのはスカーレットとセティー。

「あら」

 蹲るラノにスカーレットはすぐに気付いた。

「血は出てないみたいだけど、幻影でやられたの?」

 立ってラノを見下ろしたまま彼女が問う。

「ああ………特殊な水の使い手が居た………気を付けろ……庭師と語るが単なる庭師では」

「庭師にやられたのぉ!?」

 スカーレットは素っ頓狂な声を出すと、それから「あははははははっ!!!」と腹が捩れそう程笑い声を上げた。

「可哀想なラノ! とっても不様ね! せっかく人でも竜騎士でも無い唯一無二の身体を持ってでも人間に、それも庭師に敗北するなんて!」

 スカーレットは上機嫌にラノを罵った。屈辱的なラノはスカーレットの前で増々小さく縮こまる。

「明日発つわ。フローラのおおよその場所はわかったから」

 スカーレットは一歩前に出てラノに近寄り、

光ノ回復(ヒールロフォス)

 ふわりと軽く手を前に出し、ラノの痛みを消し去った。

「フローラの場所か……!?」

 ラノはまだ蹲り、スカーレットを見上げる。その横をツカツカと竜皮のブーツの靴音を響かせながら彼女が通り過ぎようとした。

「ええ、あのバカ女の臭いを漂わせた子に偶然会ったの………あら」

 くんっとスカーレットが鼻を軽く鳴らす。

「私、竜を食べてから妙に鼻が利くようになったのよねぇ」

 ふわりと髪を耳にかけ、スカーレットはしゃがみ、ラノを抱き締めた。


「……………あなたもフローラの臭いがする」


 そしてスカーレットは人差し指をラノの額に当てるとぽわぁと指先を光らせた。

「へぇ、この子が庭師………」

 ラノの記憶を読んでいるのだ。ふふっと微笑を浮かべながらラノがリリーナと戦った映像を眺めている。

「見た目は太陽の丘の民でも無いし、魔法の系統もフローラとは別物。何者かしら」

 映像を見終わるとスカーレットはラノの額から指を離し、再び立ち上がって窓を見た。遠い南の地を見つめるかのように。


「フローラの鍵を握っているのに間違いなさそうね」


 完全に勝ち誇ったかのように強気に微笑むスカーレット。それからセティーを見つめて腕を組むとガラス窓の部屋から隣に移ろうとした。

「そいつは………?」

「下界人にしては強いからもらってきちゃった。だって欲求不満なんだもの。今晩は絶対に部屋に入って来ないでよね、興が冷めるから」

「………禁断の魔法を使ったのか」

 ゆっくりと立ち上がるラノを見て、尚もスカーレットはまるで見下すかのように視線を向ける。

「魅了を使ったの。身体を重ねるのって愛を感じるんですもの。飽きたらあなたのことも構ってあげるから安心しなさい」

「……………」

 スカーレットに頭を撫でられ、俯くラノ。素直に黙るラノを見下ろして満足気に微笑むスカーレット。

「私はあのバカ女とは違うわ。捕まえた異性は手放さないし、邪魔をする者は排除する。命を奪ってでもね」

「……………我は邪魔しない」

「そう、イイコね。明日に備えてゆっくり寝なさい。冬眠しない程度にね」

 コツンコツンと石の床を打つ音が次第に遠ざかる。やがてスカーレットがセティーに跨る声が微かに聞こえ、それでもラノはその場から離れようとしない。

「………………疲れた」

 再びラノはゆっくりと横たわり、自身の羽根で身体を包ませ、膝を抱え込んだ。


 ひんやりとした温もりの無い石の上で、孤独な竜の王は眠りに就くのだった。



 

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