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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
178/198

6−2

 ココからはその女が何を握り締めているのか見えなかった。

 腰まで伸びる長い髪は半分より下が緩やかにウェーブし、全体は白に近い黄金色だが、毛先だけ赤い。その色はまるで花か、それとも血か。

 女の服の背中には大きな黒い鳥の両羽が閉じられている形をで刺繍されている。糸が光沢しているからか、黒くても天使かと思えてしまう程神々しささえあった。

「あら」

 ケルベロスの足音とココの魔力に気付いた女はゆっくりと振り返る。

 怖いくらいに美しき太陽の丘の魔女。陽の如く輝く黄金色の瞳は、額に前髪を垂らさない顔のためにより一層くっきりと見る者の視線と心を奪う。絹と麻で縫われた民族衣装。膝下までのワンピースの裾には彼女を象徴する花が縫われ、そこから竜皮のブーツが赤黒く光る。

「ウゥゥゥゥゥ」

 ケルベロスは警戒し、唸り声を上げた。だが、ケルベロスの警戒心を全く気にせずにココが降りて感動の余りに涙さえ浮かべながら女へと近付く。

「あの、あの……生き残っていた人がいたなんて知らなくて。私、ココリッシュと言います。ずっとずっと太陽の丘の魔女は私が最後だと思っていて」

 女性は無言で微笑を浮かべながらココへと近付いた。圧倒的な美しさにココでさえも心を奪われそうになる。

「あなた、地上から来たの? 変わった格好してるけど」

 そうか、太陽の丘の民は迷いの森から出るのは厳禁だとココは思い出し、

「あ、はいっ。ずっと魔力を抑えてて」

「ねぇ、どこから来たの? すごく良い臭いがする」

 ふわっと女に抱き締められるココ。魅惑的な雰囲気に完全に飲まれてしまっている。

 柔らかな長い髪、胸の暖かさ。ココは女の魅力に落ち着かなさもあれば、抱かれた温もりに蕩けてしまいそうになる。

「わ、私、ロナールのお城で使えていて」

「へぇ、ロナール城ね……」

 女は微笑みながら口元をココの耳元に寄せ、囁いた。

「教えてくれてありがとう。もう用済みよ」

 悪魔の囁きを。

「え」

 辺り一面の草がブワッと舞い、一斉にココに刃を向けた。そして瞬く間に切り刻もうと襲いかかった。


風ノ魔鎖(ウインドチェーン)!」


 が、間一髪でセティーの魔法がココの腰に巻き付け、彼女を急いで引っ張り上げた。そしてセティーの背後にココを下ろす。

「あら、完全に仕留めたと思ったのに」

 あら意外、という風に女は少しだけ口を尖らせた。

「今の間に合ったの偉いわね。あなた下界人なのに。っていうか、あなた、ココリッシュだっけ? 太陽の丘の魔女の名を語るなら今くらいの気付きなさいよ。警戒心無さすぎて呆れちゃうわ」

「え………え…………」

 混乱して頭の中が整理出来ないココ。まだ彼女を仲間だと思っているからだ。

「ココ、逃げろ! 急いでアイツを呼んで来てくれ!」

「でも……でも………」

「行け!」

 足がすくんで動けない。ココは震えているばかりだった。

「本当にぽんこつね。見た感じ、ハーフ? で、同じ瞳の色をしたあなたたちは兄妹ってところかしら」

 楽しいものを見つけた、と女は不気味な笑みを浮かべる。ココはぞくりと震え上がるが、セティーは精神を集中して手を前に構えた。

「ケルベロス! ココを連れて行け!」

 セティーは獣とは話せない。だが、ケルベロスを一瞬見て懸命に叫んだ。どうか通じてくれと願いながら。

「ウォン!」

 ケルベロスはまるでセティーの言葉を理解したように返事をし、ココの襟首を口で捕まえると背中に放り投げて乗せた。そして全速力で森へと戻ろうとする。


「無駄よ」


 静かに美しい声が丘で奏でると、木々は枝を伸ばしたり倒れたりとケルベロスの前の道を塞ぎ、幾つものツル性の植物たちが捕えようと素早く伸びてきた。

「きゃああっ!? みんな、どうしたの!? どうしてそんなことをするの!? やめて!!」

 ココの声はまるで植物達に全く届かない。それからさらに上空から大型の鳥達が長い(くちばし)を鋭利に光らせて滑降してきた。

魔法円盾(グライスシールド)!」

 ココは慌てて防御魔法を唱え、その身を守った。いや、鳥にも植物にも襲われ、盾を継続させるのが必死だ。傷付いた竜達が鳥を追い払おうとするが、鳥の喙に竜達もさらに負傷してしまう。

「植物と鳥は私の傀儡。私は魔女ですもの。それも、ダブル能力者。あなたのようなぽんこつハーフなんか私の足元にも及ばないわ」

風ノ強刃(ウインドカッター)!」

 女がココを蔑んでいたところ、セティーがすかさず風の攻撃魔法を繰り出す。

 ヒュンヒュン! と目にも止まらない速さで鋭い風を操るも、女は避けてしまった。光の速さで。

「ふふっ、強いのね。私の髪がちょっとだけ切れちゃった」

 背後から声がし、セティーは急いで振り返る。

竜巻(トルネイド)封込(ブロキュス)!!」

 ゴォオオオオオオオ!!!!

 次にセティーを中心に辺りに巨大な竜巻を召喚。ココは益々苦しそうに手を前に出して防御魔法を守っている。

 太陽の丘の揺れも収まらない。地は揺れ、風は荒れるもセティーは歯を食いしばって竜巻を回し続けた。女と鳥達が離れ、ほんの僅かでもココが逃げられる時間を作るために。


「一時退散、なんて言うと思った?」


 声がしたのはセティーの真上。余裕の笑みさえ浮かべながら逆さになって女はセティーを見下ろして浮かんでいた。

「クッ!」

 真上に攻撃魔法を放とうと片手を上に掲げるセティー。だが、手首を女にぎゅっと掴まれた。見た目とは裏腹にセティーでさえも折れそうになる程強靭な力で。

「セティー!」

「あら、あなたセティーって言うの? 私はスカーレット。気に入ったわ。これからは私を守ってちょうだい」

「何を言って」

 真上からは太陽の光。逆光で黒い影となったスカーレットだが、揺らめく髪がまるで羽となり、闇に舞う天女にさえ見える。

 セティーでさえも目を奪われた。


魅了(チャーム)


 女が男の心を奪う禁断の魔法。スカーレットの瞳が黄金色と赤に煌めくと、セティーの瞳は共鳴するかのように、風色の瞳が赤く揺れる。

「しま…っ……!」

「セティー! セティー!!」

「流石ね、瞬殺に堕ちないなんて。苦しまなくていいのよ、私に身を委ねて楽になりなさい」

 スカーレットは色白の手を彼の頬に伸ばし、さらに逆さのまま顔を近付け、

「セティー!!! だめぇええええ!!!!」

 赤き唇を彼と重ねた。

「コ……コ…………ッ………………」

 張り詰めていた彼の片手は次第に力が抜け、その手をスカーレットへ伸ばした。求めるように彼女の身体を抱き寄せようと。竜巻も消え、スカーレットが宙から地に足を付けると、セティーは抜け殻のように無言で彼女を抱き締めた。

「嘘………セティー! セティー!! 目を覚まして!!」

 泣き叫びながらセティーの名を何度も呼ぶココ。だが、防御魔法の中でただ叫ぶだけの彼女はまるで無力だ。

「すごい素敵。他の太陽の民の男共は欲望に駆られてすぐに私を抱こうとしたのに。強い精神力を感じる」

「待って………今……他の太陽の民って………」

 ココの顔はすっかり青ざめていた。

 仲間達が北の地に行って帰らぬ者となったと聞き、予想も出来ない強い戦力がゲルーにはあると思っていた。竜騎士は強いのだと思っていた。

 だが、真の強さは太陽の丘の魔女。

「ほとんど(つがい)で来るんですもの。片方を魅了させたらもう片方は戦う意欲が消えるし、簡単に片付いたのよ。私しかダブル能力者っていなかったし、長老は王の力があったけど爺さんだから、みんな私よりも弱くてあっという間に服従したの。ま、使った後は竜の餌にしてやったわ」

 全く悪びれずに微笑みながら語るスカーレット。ココは怒りと悲しみで上手く言葉が出なかった。

 だが同時に驚愕的な事実に気付いた。

 太陽の丘の民が北の地に向かうべく降りるようになったのは、フローラが死んだのがきっかけ。荒れた大地が北から救いの声を出し、太陽の丘の民達がゲルー国へと男女で向かった。番組もの男女がゲルーへ行ったが戻って来た者は誰も居ない。2000年前からずっと。

「まさか2000年前から生きているの…………?」

 ココが弱々しい声で聞くと、スカーレットはセティーに口付けをし、

「あら、ぽんこつの割に鋭いじゃない? ご褒美に教えてあげるわ」

 ココへ顔を向けると、太陽の光を浴びて艷やかな大量の茎とシルバーリーフを足元から生やし、背中には黒と灰の大きな鳥の翼を生やした。

「私はスカーレット・ロフォス。ゲルー国竜騎士四天王であり、竜の血肉を喰って不老不死の身体を手に入れた太陽の丘の魔女よ」




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