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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
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6−1 太陽の丘の魔女

 丘と呼ぶにはあまりにも高過ぎる場所。

 大地の彼方まで見下ろす太陽の丘は風がざわめいていた。

 ゴツゴツとしながらも品良く照るブーツは竜皮。硬い踵のヒールを踏みしめながら丘の頂上へと訪れた者がいた。


「久し振りね、ソレイユ。元気にしていたかしら」


 ざわざわと丘に不自然な風が吹く。その者の民族衣装のスカートが揺らめいた。裾に刺繍された白、ピンク、そして赤のシクラメンを靡かせながら。

「何が起きている………お主が生きて戻って来るなどあり得ないだろうに」

 その者が見上げた先は太陽の丘の主、向日葵が花弁を俯かせていた。太陽の光をうんと浴びて本来なら陽に向かって咲き誇る花が、予期せぬ事態に陽から顔を背けてしまっているかの様。

「ふふっ、あなたでもびっくりしたかしら。太陽の丘(ここ)は陸の孤島だから、知らなくて当然よね」

 その者は白に近い黄金色の長い髪の端を指にくるませながら太陽の丘の民の墓場へとゆったりと歩いた。空中ではゲルーから逃れた竜達が警戒しながらグゥゥと唸っている。

「…………やっぱり作ってないのね、あのお方の墓」

 



 太陽の丘の入り口でもある守りの森、そこにココとセティーが訪れた。ココの母親の墓参りをするために。

 木漏れ日の少ない森は今日も苔が木々にびっちり生えて湿っぽくはあるがひんやりとしている。


 ガーガーガー、バサバサバサバサッ……。


「今日、鳥さんが多い」

 ふと木の上を見上げながら呟いたのはココ。不思議そうに辺りを見回している。

「そうだね。渡り鳥が偶然来たのかな」

 兄のセティーも相槌し、彼女の横に立って辺りを見た。少しばかり警戒しながら。

「だからかな、今日植物達が静かなの。全然お話をしていない」

「…………」

 セティーは周囲に他に誰か潜んでいないか魔力を察知しようと集中したが、何も感じない。それでもココが感じ取った違和感をセティーは警戒せずにはいられなかった。

「…………ねぇセティー」

「どうしたんだい!?」

 ココが立ち止まる。何事かとセティーは緊迫しながらココを見た。

「…………私、もうニックと一緒にいられないのかなぁ」

「え」

 何かと思えばニックの事の相談かと思わずセティーは拍子抜け。一方ココは今にも泣きそうで目を潤ませている。

「アンティス様とお付き合いをしてから、避けられているの。突き放されてるみたいに。友達に相談をしたら、お付き合いしているのに他の異性と親しくするのは良くないことだからって………」

「…………ココはどうしたいの?」

 優しい声色で聞くセティー。ゆっくりと、落ち着いて、ココが自分の心と向き合えるように。

「私は………ニックと離れたくないって思うの、ダメなのかなぁっ」

 セティーはココをなだめるように軽く彼女の髪を撫で、膝を曲げて目線の高さを合わせた。彼女の左右のお団子の間に兄の手が乗せられる。

「アンティスが傷付けばダメなことだと思う。逆にアンティスが気にしないと言えば平気かもしれない」

「じゃあ」

「でもねココ。あいつがもし他の女性と付き合って、家族になって、子どもが産まれて、他に守るべき者が出来た時にも同じことが言えるかな?」

「ニックが……他に……」

 一瞬、リリーナの姿がうっすらと思い浮かんだ。ニックがリリーナを愛し、彼女と一生を共にすると思うと胸が張り裂けそう。ココな手で胸元を押さえ、ぽろぽろと涙をこぼした。

「やだよぉ…………っ」

 もしかして…と思ったのはセティー。彼女の頭に乗せていた手を離し、すっと姿勢を戻す。

「ココ……」

 何て問いかけようか。セティーは頭の中で様々な言葉を思い浮かべたが、回りくどいことは止めよう、と静かに決断をした。

「生涯をともにする特別な異性は一人だけだよ。アンティスかニック、どっちが互いに幸せになれると思う?」

「それは………」


 ズズズズズズッッグラグラグラグラ!!!!!


「何っ!?」

「地震か!?」

 守りの森が地響きを鳴らして突然揺れ出した。咄嗟にセティーがココの頭を庇うように抱く。二人は強い地震など経験したことが無い。彼女達の頭上では鳥達が慌てたように羽撃いている影が飛び交った。

「はぁはぁはぁ……くっ…!」

「おばば様!?」

 漸く聞こえた植物の声。迷いの森の主である苔の声ではあるが、酷く息苦しそうだった。ココは慌てて膝を付き、地面に生えている苔に話しかける。

「おばば様! どうしたの!? 何が起きているの!?」

「はぁはぁはぁ……丘で……」

「丘でどうしたの!?」

「太陽の丘の魔女……」

「えっ!?」

「魔女が……居る…………」

「太陽の丘の魔女が………!?」

 自分が最後の生き残りの魔女だと思っていた。他に生き残りがいると知り、ココは頭より先に足が動く。仲間に会いに行こう、丘へ、丘へと抑えられない興奮が彼女の駆け足を強くした。

「ココ、待て! 一人で行くな!」

 先程から警戒しているセティーが叫んで彼女を止めようとするも、彼女の耳に届かない。慌てて彼も飛んで追いかける。 

 そして勇ましい獣の足音が森の奥から聞こえてくる。聖獣ケルベロスだ。一つの体に頭を三つ備えた番犬が駆け抜けて来た。

「ケルちゃん!」

 幼い頃から親しみのある聖獣にココは軽々と飛び乗った。ケルベロスの健脚は強く地面を蹴り、セティーとの距離をぐんぐんと引き離していく。

「ココ―――!!!!」




「あのお方………?」

 太陽の丘の主の向日葵、ソレイユが怪訝そうに聞く。

「私が愛してる人よ。死を恐れず、如何なる時も気高く美しい薔薇のように棘を向きながら咲き誇る人。最期もまるで微塵にも枯れずに花首が落ちたかのように命が散った」

 長髪の女は墓場から向日葵に再び視線を向け、ゆっくりと歩み寄った。

「ねぇソレイユ、私宝探しをしているの。協力してくれない?」

「宝探し………!?」

「あぁ、宝って言うのは間違いね。あんなクズ女のこと。フローラの亡骸、あなたどこにあるか知ってる?」

 フローラの亡骸と聞き、向日葵は高く伸びた茎をブルブルっと横に震わせた。

「知っているわけなかろう! 知っていれば、多くの太陽の丘の民達が犠牲になる必要なんて無かった!」

「あら、犠牲が出ても黙って見て見ぬ振りしかしなかったあなたが何を戯言ほざいているの?」

 ふふっと微笑むが冷血な空気を放つ。長髪の女は向日葵の目の前に立った。

「私考えたの。何年、何十年、何百年、何千年かけて大地を探し回っても見つからないのなら、隠されているんじゃないかって。貪欲の塊で大した知恵の無い下界人が隠しきれる代物じゃないわ。やるなら、あんた達植物がするでしょうね。あの女は植物使いだったから」

 雪のように白く美しい腕を伸ばす。微笑みながら、向日葵へと。

 そして、

「さぁ、吐きなさい!」

 腕のように太い茎に爪を立ててめり込ませ、力任せに握り締めた。鳥や竜のように鋭く尖った爪で傷付けながら。

「グゥアアア!!」

 竜達が一斉に上空から彼女に襲いかかろうとする。すると彼女の足元に紅と黄金色の魔法陣が浮かび、そこから無数の茎が勢い良く飛び出し、緑の葉一面に銀色を覆ったシルバーリーフを撒き散らすと瞬く間に竜達を切り刻んだ。

「あら、ここに来たら抗えると思ってるの? 北の地でも敵わなかったのに。そこで大人しくしていなさい」

 長髪の女は竜に見向きもせずにギリギリと向日葵の茎を締めていく。

「知ら……ない…………!」

 息苦しそうに答える向日葵ソレイユ。だが、返答に不満の彼女は手を離す気配は微塵にもない。

「あはは! 苦しい? まるで首絞めされてるみたいね! 知らないなら全大地に聞きなさい! 今すぐに!」

 ボゴオオオオオ!!!!!

 丘全体が揺れ、地が裂け、ボコボコと地面が盛り上がる。


 そんな最中、大地を蹴る力強い獣の足音が近付く。生き残りの仲間に会おうと期待に胸を膨らませたハーフの太陽の丘の魔女を乗せて。




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