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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
176/198

5−5

 こぽぉこぽぉ。

 陽の光を受けたリリーナの聖剣は水面が揺らめくように照り輝いた。

 刃が向かうのはゲルー国王、ラノ。

「行きます………!」

 青の炎のように静かに熱き決意を口からリリーナは漏らすと、聖剣の先端が二つに分かれ、それぞれから勢い良く聖水が螺旋を描きながら宙に浮かぶラノへと飛んだ。

「クッ…!」

 ラノは聖水から逃れようとさらに上昇し、片手の手の平を上に向けながら広げて付け根をそっと口元に添え、息を放つ。仕草こそまるで妖精のように幻想的ではあったが、


 ボォオオオオオオオオオオ!!!!!!


 灼熱の炎を放つのは正に竜の息吹。

「守って!」

 リリーナが聖剣を振ると、ラノに向かって噴出した聖水が戻り、炎の息吹を包み込んで蒸発。じゅわあああと音が鳴り、熱気が広がる。

 蒸気の中、ラノが急降下。バキバキと鉤爪を再生させ、再び落下の勢いに任せてリリーナを切り裂こうとした。

魔法円盾(グライスシールド)!」

 咄嗟にリリーナもまた防御魔法を発動。だがラノの鋭い爪に大破され、リリーナは剣を振って聖水を操ると、ラノは避けるべくまた急上昇した。


 厄介だ。


 互いに相手の攻撃が少し喰らうだけでも致命傷になりかねない。ラノはリリーナの聖剣を、リリーナはラノの爪と自由に素早く飛ぶ羽根が煩わしかった。


 ――――眼の前で攻撃されそうになると、まず守りに入ってしまう………。


 死の恐怖から大胆な反撃が出来ない。リリーナは何か打開策を考えようとするが、ラノの鉤爪や吐息を前に考える余裕など無くなる。攻撃の度に防御魔法を繰り出すが、それでは埒が明かない。もしリリーナの魔力が底付けば、負けが決まる。


 ―――――私一人では、こんなにも無力なの……!?


 いつもならアレスフレイムやノイン、白薔薇姫達が助けてくれる。だが今は一人。リリーナは己の力だけで何とか切り抜けようと歯を食いしばるも………。

「大地と共に燃え盛れ!」

 ラノの強力な炎の息吹を前に防御魔法を張り、追い込まれるだけ。


 大地と共に。


 ラノの放った言葉がリリーナをハッとさせた。こぽこぽぉと脈を打つように聖剣を掲げ、リリーナは大地を蹴りながら駆け出して行く。

「お願い! 私と共に戦って!」

 先程聖水の粒に当たった際、ラノの身体はそこだけ光と共に消えていく様子だった。血など出ない。彼女の予想通り実体ではないことが証明される。


 つまり、命を奪ってはいけない、という大地のタブーに反しない。


「脅威の身体は幻。命は別にある。今こそ、大地が奪われるのを黙って見るだけの歯痒さから解放され、共に立ち向かおう!」


 果敢に大地を奮起させ、駆ける彼女はまるで革命の女神。植物達は彼女の声と聖剣を合図に茎や幹を揺らし、葉を落とすと聖剣の回りを螺旋状に舞った。大小の様々な種類の葉は聖剣から聖水を取り込み、自らの意思でラノへと鋭く飛ぶ。

「くそっ!」

 ラノは爪を使って葉を切り落とすも、同時に長い鉤爪が聖水の効果で消滅させられていった。ラノが勢い良く木から川の上へと飛ぶと、

「逃さない!」

 リリーナは聖剣をまるで指揮のように振った。応えたのは川の水。何本もの水の柱が噴出すると、水がうねるようにラノを追い、ラノは水の追手を間一髪ですり抜けて飛ぶ。

「チッ! ヤツを喰うのは後回しだ!」

 ブゥウウウウンンン!!!!!

 ラノは羽根を強く羽撃かせ、水や葉を飛び散らせた。そして一気に上昇し、目にも止まらぬ速さでロナール国の中心へと去ろうとする。

「駄目!」

 逃がすまいとリリーナは水を操ろうとするもラノに避けられてしまう。走るリリーナにラノを追うなど無謀。ラノの侵入にリリーナは止めたいが敵わなく、絶望が次第に見えてきそうな状況だ。


水ノ魔壁(アクアウォール)


 だが突然、巨大な水の壁がラノの前に立ちはだかった。その壁は余りにも長く、リリーナから見ても壁の端が見当たらない。


「初めまして。助太刀に参りました。僕はアンセクト国筆頭魔道士、マリク・アエイクと申します」

 紺色のローブを纏い、ブラウンの癖っ毛な頭の柔和な魔道士、マリクが突然リリーナの目の前に姿を現した。

「どうして……」

 白薔薇姫の大地の伝達も今は停止してしまっている。何故他国が異変に気付いて助けに来てくれたのかリリーナはすぐには理解出来なかった。

「蟲がお隣のレジウム国の王様に助けを求めたんですよ。で、蟲語がわからない王様がウチの陛下に送ってくれたみたいで。死ぬ気で守れ、守れなかったら死ねと僕が派遣された訳なんですよ。いやぁ、ブラックな職種ですよね、ウチの筆頭魔道士って」

 マリクがにこやかに話すのも束の間で、ロナールを攻められないと思ったラノが巨大な炎の息吹をマリク達に放つ。

「で、水属性を使う僕と相性も良いだろうって!」

 マリクは片手を前に出すと、リリーナが放った聖剣の螺旋状の聖水をさらに増加させ、ラノの息吹を相殺。

「アレは幻影ですね。どうしたら倒せると思います?」

 リリーナの前に一歩出て背を向けながら聞くマリク。彼に命令したアレーニの言いつけを従うように彼女を守っていく。

「私の聖水を浴びせれば」

「了解」

「でもあの羽根が問題。どんなに魔法で追ってもすり抜けられてしまうわ」

「なるほど」

 なぞなぞを解くのを楽しむ子どものようにマリクはにこやかに考える。そしてフッと顔を少しリリーナへ振り向かせ、

「君はあの時の特殊な鎧の送り主ですね? 君の力と頭を信じて無茶させますね、死ぬ気で」

 にこやかな内容では無い事を言い放ったのだった。リリーナもこの男が何をするのか気が気ではない。

 マリクは両手を巨大な水の壁に向けた。

 ドォォン! と彼の魔力が増幅されていく。

「水ノ魔壁を大増幅させます! さぁ、水中戦ですよ!」

 水中戦、全く予期せぬ言葉にリリーナは戸惑いしかない。が、水の壁はあっという間に形をドーム状に変え、ラノの飲み込み、そしてリリーナや術者であるマリクをも飲み込んでいった。


 ―――――苦しい………!


 リリーナは水に呑まれ、地から水中へと浮かぶ。

 上の方で羽根が上手く使えず藻掻くラノの姿があった。今仕留めればラノを消せる。が、息遣いもせずにラノに接近するのは不可能。


 ―――――そうだ、あの魔法を使えば………!


 リリーナは聖剣をぎゅっと握り締め、剣に祈りを集中した。

 そして心の中で唱える。幼い頃から慣れ親しんだ、大地と共存し続けたあの魔法を。


 ―――――聖水生成(アスモス・ホイエン)!!


 聖剣が光る。そして光はやがてドーム状の水一帯へと広がり、マリクが放った水が全て聖水へと変わった。

「ぐっぐぁぁ!!」

 苦しそうにするラノは最後に抗うように、鉤爪を水中で伸ばしてリリーナを襲おうとするも、マリクが手の平を前に出して聖水で押し返し、ラノの爪は完全に消え、そして光と共に幻影も完全に消えたのだった。

 

 ラノが消えたのを確認すると、マリクは魔法を解き、二人はずぶ濡れになりながら再び地に足をつけた。

「素晴らしいですね。ロナールは雷の使い手と言い、驚く魔法の使い手ばかりです」

「ありがとうございます。助けていただいて」

「いいえ。さて、そちらの王城の様子も見に行きますかね。ウチと同じ状況だと聞いたんですが」

「アンセクト国も?」

 ロナールだけでなくアンセクト国でも同時にゲルーに攻められたというのだろうか。ロナールの王城でも白薔薇姫が大地の伝達が出来ない程、苦戦しているのかもしれない。それがアンセクト国で同時に起こすこは何故だろうか、とリリーナは眉をひそめた。

「人間に対して大した損害を与えないのですが、蟲に危害を与えたようなまるで遊びをしてきたんですよ。ウチの陛下の地雷踏みまくりです。まぁ大して戦力も大きくなさそうだから、お宅の国だと雷の使い手クンと風の使い手クンの二人が居れば十分倒せる相手だと思いますよ」

 蟲に危害なら、植物に危害が与えられた可能性が高い。先程戦った相手も本体では無い。

 まるで遊び、マリクの言葉に引っかかるリリーナ。


『歴代最強とされる太陽の丘の魔女、フローラの亡骸』


 敵の目的はフローラ。まだどこにフローラが居るのか把握していない様子だった。その証拠にリリーナと戦ってもフローラの存在に全く気付かれなかったのだから。

「大地の伝達を止めるのが目的だとしたら……」

 考えながらハッとするリリーナ。フローラの事を調べたいのなら、真っ先に思い浮かぶ場所がある。


「太陽の丘が危ない………!」




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