5−4
ギンッッッ!!!!
ラノは竜の鉤爪を尖らせ、羽根を羽撃かせて浮かぶと勢い良くリリーナへと下降した。
「魔法円盾!!」
咄嗟にリリーナは自身の周りだけに強固な半円の盾で取り囲む。
そして
「魔強鎧盾!」
ライトグリーンとローズピンクの光の衣を身に纏い、二重に防御魔法で防ごうとした。
だが、
キンッ!! ギンッッッ!!! パキィィンン!!!
ラノの鋭い爪に何度も削られると魔法円盾がまたしても呆気なく砕け散ってしまう。
「くっ……魔法円盾!!」
再び半円の盾で防ごうとするも、またしても砕くのはラノの爪。
若干ラノは苛ついたように鼻を鳴らした。
「盾ばかり構えても我は退かぬ! ロナールの盾よ、国境の地で砕け散るがいい!」
胸元に潜むカジュの葉も助けないのは、恐らく王城でも何か起きている。いつまでも盾ばかり出しても助けは来ないかもしれない。
―――――私が…………守らないと……………。
背後には避難中の農家達。そして豊かな実りを再び取り戻した畑。彼女が守りたいと願う対象は広く、どんな小さな雑草一つでもかけがえのない命だ。
リリーナは悟り、両腕を高く掲げた。
「……っ!?」
新たな手の構え、ラノは警戒し、羽根を使ってリリーナと距離を取る。
相手の足元は薄く幽霊の様に透明。ならば実体では無いはず。
聖水の力で幻影を消し去れるかもしれない、彼女は僅かな時間で推測をした。
「聖水散開!」
本来なら水遣りに使う魔法。羽根を使って素早く飛ぶラノに少しでも命中すべく、リリーナは手から一斉に聖水の粒を撒き散らした。
「そんな小粒の水魔法、恐れに足らぬ! ふん、ロノールの盾の力はその程度か………」
単なる水飛沫と油断し、リリーナに近付くラノ。リリーナの放った聖水の粒は着実にラノの幻影に飛んでいき、
シュワァ、シュワァァ
ライトグリーンの光の粒を煌めかせながら小さな穴を開けていった。
「っ!? チッ! 厄介な水だ……!」
慌ててラノは急上昇。リリーナも見上げて目で追った。
「特殊な水の使い手よ、何故ロナールの盾となる!? お前は自然界の護りとなるならば、ロナールこそが真の敵だろう!?」
上から振られるラノの声色は憎悪一色。
「あなたこそ何故ロナールに恨みを募らせているのでしょうか。自然界の敵とも言える国王は失脚しました。それでも許せないのでしょうか」
ゲルーは散々ロナールに滅亡を望むような事を仕掛けてきた。だがそれは国を滅ぼすだけでなく、大地を焼け野原にでもしてしまおうという企て。植物を我が子のように大切に育てるリリーナには許し難い。
「我の母と父はロナール国に殺された」
「…………」
好戦家の先代の王がまた何か非道な事をしたのか、とリリーナは心苦しくなりながらラノの話に耳を傾けた。
「太陽の丘の魔女の母はロナールの王族に拘束され、母を助けようとした火竜の父と無理矢理交配させられ、我が産まれた。最強の兵器を作るために」
「なんてことを……」
あまりもの残虐な行いにさすがのリリーナも聞いただけで吐き気がしそうだ。
「出産で母は命を落とした。父は敵を討とうとしたが、ロナールの連中に包囲され命を奪われた。太陽の丘に住まう竜達は我を連れ、最南の国ロナールから最北の地、ゲルーへと逃れたのだ。我は長い冬眠をし、目を覚ますとロナールだけでなく全世界の頂点に立つ覇王の力が手に入る方法をある者から知らされた」
『太陽の丘の民の大人達もあなたの母親を見殺しにしたの。ロナールは下界人も天上人も非道徳的の恐ろしい民族の集まり。でもね、彼等でさえまだ見つけていないお宝があるの。太陽の丘の民の力でさえも握り潰す事が出来る力が』
「覇王の力……」
リリーナはぞくりと悪寒がした。彼女が一番良く知っている。まだ誰も見付けていないが瀑台な力を秘めているであろう、あの存在を。
「歴代最強とされる太陽の丘の魔女、フローラの亡骸」
ドクドクッと心臓が爆発しそうだった。それはリリーナによるものか、フローラによるものか。
「あの国が無ければ、竜でも人間でも無い我など存在せずに済んだ。ロナールの王族も太陽の丘の民も、敵だ! フローラの力を手に入れ、我は全ての命を統べる覇王となりて、愚かな人間共が作り出す過ちの命の連鎖を断ち切るのだ!」
邪魔なリリーナを消すべく、ラノは両手の鉤爪をさらに鋭く伸ばし、上空から一気に下降してリリーナに襲いかかった。
「フローラ、私があなたを守るわ。信じて」
そっと片手を胸元に添え、中に棲み着くフローラを落ち着かせようとするリリーナ。右手を下ろし、手をゆっくりと開かせる。ふっくらと開花する花のように。
今までも前世の人格が呼び覚まされたシャドやエレンに直接襲われた事もあるリリーナ。あの時は魂を鎮め、救う事を願った。
今、彼女の清らかな魂が燃えているのは…………。
「聖水ノ聖剣」
彼女の髪と瞳と同じ色のライトグリーンの光が右手に集められると、やがてコポコポォと音を立てながら聖水が湧き出、剣の形となり持ち手が彼女の手の中に収まった。
地に足を踏ん張り、上から直下してきたラノの鉤爪を払うと、鉤爪はライトグリーンの光と共に消滅。
「ぐっ!?」
ラノは悔しそうに再び空へと舞い上がった。
リリーナの頭頂部から結ばれたライトグリーンの髪が風に靡き、彼女に賛同するように草達がざわざわと奏でながら揺れ動く。
「全ての命を統べる権利などこの世に存在しない。あるのは共存。人間は動物の命を奪って食らい時にはその血肉も無駄にし、また、目で愛でるためだけに草花を切る、生き物の中で最も愚かかもしれない。復讐のために犠牲になってもいい大地なんて無いわ」
竜人相手にも怯まない隠れ令嬢。只々、大地と大切な仲間達と、そしてフローラを守るべく清らかな魂を燃え上がらせた。
――――たとえ実体が不明確な相手でも、本当は殺すなんて怖い。それでも………
「私は庭師。ロナールの、いいえ…大地の盾となり、剣となろう!」
大地の脅威を相手に刃を向ける決意を抱いた。




