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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
174/198

5−3

 レジウムとの国境に近い人里にリリーナは転移魔法で訪れた。人目に付かない場所に姿を現し、少し歩いて広大な畑へと足を踏み入れる。

 ここ王室管理の畑の作物は完全に輸出用。今日も農家たちがせっせと働いていた。

「ごきげんよう。皆元気かしら」

 近くに実っていたトマトに声をかける。赤く健康的に熟しているトマトを見て、そっと指を実に添えるリリーナ。

「こんにちは、リリーナ! みんな元気だよ! まだこの地に主は居ないんだけど、人間達が一生懸命に育ててくれているおかげで恵みの果実に成っていってるよ」

 ふっと安心したように微笑みかけ、リリーナは畑を見回した。

 懸命に働いてくれて居るけれど、いつか倒れてしまったら身も蓋もない。人手が足りないようにも見える。

「お父様に相談をしてみようかしら……」

 農作業はロズウェル家が特化している分野。わざわざ王室管理にせず、ロズウェル家が担えば人員も補充しやすい。何よりも経験豊富な領民が揃っているから今よりも効率的に作業が捗るはず。

「あ、アジュール様ぁ!」

 リリーナの姿に気付いた農家達が遠くから彼女に声をかける。彼女も考え事をしていたが、名前を呼ばれて手を振り返した。

 アジュール、たとえそれが偽りの名前でも。

「ね、みんな頑張っているでしょ!?」

「ええ、本当に」

 足元の小さな草が笑いながら彼女に話しかける。畑の端には用水路が流れ、脇に咲く小花がきゃっきゃっと楽しそうに水浴びをし、根から根へと水を行き渡らせた。

「この間なんてトマトの実がなりすぎて、摘み取るの大賑わいだったんだから!」

「まぁ」

 ふふっと笑みをこぼしながら植物との会話を楽しむリリーナ。一歩、一歩と畑を歩んでいく。


 突然、辺り一面沈黙が走った。


 いや、正確に言えば植物達の声が聞こえなくなった。人間達の大声は農地に響き渡り、鳥のさえずりも聞こえ、水が流れる音も聞こえる。

「どうしたの!?」

 思わずリリーナはしゃがんで植物達に触れながら声をかけた。

「………あ、リリーナ。ちょっとびっくりしたの。突然、白薔薇姫様との大地の伝達が途絶えて」

「白薔薇姫!?」

 王城で何かあったのか、とリリーナは立ち上がり、南の方角を見上げる。ここから城まであまりにも遠く、異変は見られない。

「ここには主がいないからわからないけれど、国境の山の主さまなら何か知ってるかも!」

「わかったわ。すぐに向かうわ」

 編み上げの黒いブーツの踵を蹴り、リリーナは走り出した。

「アジュール様ぁ、どちらに行かれるんですかぁ!?」

 突然何処かへ駆け出そうとするリリーナに声をかける農家達。

「山の山頂まで! 湧き水の調査をしに行きます!」

「それなら馬を…」

 大地の危機を感じる彼女には、それ以上返事をする時間さえも惜しく、必死に走る。ライトグリーンの髪が靡き、まるで風を切るように駆け抜ける。


 だが、妙な違和感を髪から感じた。


 葉の揺れ方が変わった。風向きだ。風向きに変化が起きた。


 ―――――何か来る!?


 リリーナは立ち止まり、咄嗟に両手を掲げた。

魔法円盾(グライスシールド)!!」

 農地だけでなく国境の山をも囲む半球の盾。リリーナは決して油断せず地に足を踏ん張り、腕に力を込めた。


 ブォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!


「っ!?」

 まるで半球の盾を喰うようにして燃える炎。リリーナの咄嗟の計らいで火から免れたものの、まるで超新星爆発かのように熱く目も開けられない光が暴発した。

「きゃあああああ!?」

 農家達は叫び、光と炎を避けるようにうずくまる。

「あっちの橋を渡ったところにある、フレーミーの花畑まで逃げて!!」

 リリーナは声を張り上げ、農家達に促した。王城庭師である彼女がこんなに絶大な魔法を使えたことにも農家達は驚愕をしたが、一人が逃げ始めようとすると次から次へと走って避難を始めたのだった。

「力を貸して、フローラ………!」

 全身で集中し、腕を下ろしながらも魔力の維持を感覚的に努め、リリーナもまた駆け出した。

 彼女が向かうのは光と炎の牙の元。農家達とは真逆の方角に果敢に進んだのだった。


 畑を抜けたら山から流れる川が続く。リリーナが出した盾の向こうで次第に爆炎が収まり、黒煙が舞った。


 バキィィイイイイインンッッ!!!!!


 黒煙から白き爪が刃を向け、盾を切り刻む。盾は無情にも硝子のように砕け散った。


「何故だ。何故この国は簡単に燃えてくれない。世界一愚かで滅ぶべきであるのに」


 黒煙からゆらゆらと何かが近付く。

 羽根を持つ者。

 硬い羽根を羽撃かせ、黒煙を舞わせ、堂々と天から降りてくる。


「あなたは………っ」


 顔は人間。洋服も着ている。短いが髪もある。腕もある。脚もある。

 頭頂部に二本の白い角もある。

 紅い羽根もある。

 長い爪もある。

 鱗もある。

 瞳は大きくぎらつかせ、黄金色で中心の黒目は縦に細長い。


 しかし足先が透明でまるで幽霊の様。


「お前がロナールの大盾か」


 美しくもありながらどこか凄みのある声色。

 ただ静かに問われたのに、リリーナは全身をびくりと震えてしまった。

「私は、王城庭師でございます」

 相手は人間でも竜でもない。いや、人間でも竜でもある。竜人、そう呼ぶのが相応しいかもしれない。

 竜人はリリーナの返事に明らかに苛つかせ、長い爪を擦らせた。

「フンッ、ふざけている。単なる庭師が敵うと思うのか。我は最北の地の王、ラノ・ロフォス」

「ロフォス………!?」


 聡明なリリーナにはその名が何を意味するのかすぐに理解をしてしまった。


『あの、実は私、太陽の丘の魔女なんです。本当の名前はココリッシュ・ロフォスといいます』


 以前ココが名乗った本当の名。

 単なる人間と竜が配合されて産まれた者ではない。

 その名が意味をするのは、太陽の丘の民と竜の間に産まれた者であること。


「お前………変わった臭いがするな。さっさと餌食にしてやろう……!」

 

 


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