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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
173/198

5−2

「太陽の丘の魔女だと……!?」

 白薔薇姫の推測に驚愕を隠せないアレスフレイムとノイン。白薔薇姫はツッと茨の枝を上に突っ張るように伸ばしながら答えた。

「推測に過ぎ無いけどね…っ! 明らかに人に向けた喧嘩じゃないわ。大地の機能や生命力を低下させたいのが腹が立つくらい伝わるわ」

「わかった、竜を止めに行く」

 白薔薇姫に背を向けて急いで薔薇の迷宮から出ようとするアレスフレイムとノインだったが、

「無理よ。竜が居る場所が高過ぎる」

 白薔薇姫は冷静に彼等を止めた。

「このままにしておくのか!?」

「あなた達には無理って話。坊やに託すしかないわ」

「坊や………?」

 アレスフレイム達が誰のことだと疑問を抱いていたのも束の間、白薔薇姫の前に突如雷の魔法陣がバチバチと浮かび上がる。

 姿を現したのは雷の鞭を握り締めたローブを身に纏う者。

「おい白ババア、上に俺の雷も落とすけど持ち堪えられるか」

 ローブの者の後ろ姿を見てアレスフレイムは迷いの森で助けてくれた者だと察した。そして白薔薇姫と知り合いだったのかと同時に驚きも抱く。

「随分私もナメられたものね。坊やの雷ぐらいどうってことないわ。ババア相手にガキが遠慮するんじゃないわよ」

「わかった。腰がへし折れないか聞きに来ただけだ」

「ほんっと生意気。だけど1つ忠告を聞きなさい。首飾りは決して外してはいけないわ。今回は奴等の目的は戦う事ではない。あなたの存在を知られて敵地に逃げられるのは避けるのよ」

「ああ、わかった。素直に聞いてやるよ」

 そう言うとローブの者は魔法陣と共に姿を消したのだった。


 ドンドォォンドォォオオオオオンッッ!!!!!!


 真上にいくつもの雷が落ちたような音と振動。

「くっ…っ! 派手にやってくれるわね…!」

 今にも枝が千切れてしまいそうな白薔薇姫。氷竜と火竜の息吹に耐え、巨大な魔法陣を上空に描いて孤高に大地を守る。さらに強烈な雷が撃ち落とされ、彼女一輪で守り耐えようとしているのが白薔薇姫の魔力の強さをアレスフレイム達に再認識させた。

「アレスくん、前髪くん、お願いがあるわ……っ!」

「何だ!?」

 アレスフレイムもノインも自分達に何か出来ることはないかと緊張した面持ちで白薔薇姫を見つめた。


「裏庭に大きな切り株が居るでしょ? それの手入れをすぐにしてきて欲しい」


「は?」

 予想外な頼みに思わずすぐに受け入れられないアレスフレイム。

「理由は聞かずに今すぐにやって! 正直、こっちはかなりキツイ……っ!」

「わかった!」

 アレスフレイムとノインは完全には納得はしていないものの、白薔薇姫の要求に応えるべく、転移魔法ですぐに飛んだ。裏庭へと。


 裏庭へ着いた彼等は真っ先に切り株に近付いた。

「これは…!?」

 植物達が切り株に向かって傾いている。

 まるで切り株に生命力を投じてでも献身しようとしているようにさえ見えた。植物達が持つ魔力の流れが地下、根から切り株に流れているのが感じ取れる。

 庭の奥、白の壁の日陰となって潜む白銀の切り株はすっかり木肌が荒れ、すぐにでも腐ちて枯れそうだった。

 寒暖の差を急激に付けた竜の影響だろう、木肌の先が所々黒くなっていたり、霜でじっとりとしている。

「リリーナは!?」

 こんな時こそ王城庭師リリーナが迷わず飛んで来そうなのに不在。アレスフレイム達は敷地内に彼女が居ないことを悟り、一抹の不安を覚えた。

 しかも彼等に植物の手入れなど本格的にしたことはない。

「荒れた部分は切った方がいいのか? そのままの方がいいのか?」

「……………」

 切り株に聞いても返事はない。

「カジュ、どっちの方が良いんだ」

 中庭の大木、カジュの分身である葉。いつもは彼の胸元に身を隠し、ひゅるりと姿を現して彼等の助けをするが、全く無反応。彼もまた竜からの影響を受けて自由に動けない。

「困りましたね………」

 ノインも歯がゆそうに辺りを見、アレスフレイムと同時にある物があることに気付いた。

 貯水槽だ。リリーナが魔法を仕掛け、絶やすことなく湧き出る命の聖水。

「マルス、聞こえるか!?」

 マルスブルーは国王であり、アレスフレイムの実兄。血の繋がった兄弟に使える精神感応(テレパシー)の力を使い、離れた場所から語りかける。

「アレス!? どういうこと!? 急にエドガーが避難命令出したり。竜がいるって本当なの!? 全然見えないけど。空に浮かぶ薔薇の魔法陣は何?」

 国王でありながら国民の避難を優先にしているのだろう。周囲のざわついた声も聞こえる。

「騎士団の連中が居れば可能な限り裏庭……わかんねぇか。厨房に来させてくれ! 大至急だ!」

 裏庭は厨房の裏手。理由なんて話す時間も無く、アレスフレイムは要件のみをマルスブルーに伝えた。

 少し前なら「どうして?」「何で教えてくれないの?」「僕に話しても無駄だと思ってる?」そんな言葉をマルスブルーはアレスフレイムに連投していただろう。しかし今は違う。

「わかったよ。君の頼みなら!」

 兄として弟を信じ、国王として国を守る者に手を差し出す。

「騎士団の皆! 大至急厨房に集まるように! 王弟アレスフレイムの指示だ!」

 国王の声は騎士にも届き、彼等もまたマルスブルーに従い、転移魔法を使える者は魔法で移動をし、他の者は駆け出して厨房へと向かうのだった。


 アレスフレイムは腰に着けてある水筒、これもまたリリーナが手掛けた聖水が湧き出る物を取り、蓋を外して真っ先に切り株に聖水をかけ回した。ノインは厨房へ行き、寸胴鍋を持って裏庭に戻る。以前リリーナがジョウロをアレスフレイムから贈られる前に寸胴鍋で水遣りをしていたのを覚えていたからだ。貯水槽に鍋を沈めて両腕で持ち上げ、手酌で他の植物達に聖水を与えた。

「アレスフレイム様! 参りました!」

 厨房まで転移魔法で来た騎士団達が彼の気配を感じて勝手口から裏庭へと次々に飛び出して来る。その中に騎士団団長のアンティスと副団長のエレンも居た。

「今すぐに庭中の水遣りをしろ! 鍋でもバケツでも何でもいい、そこの貯水槽から水を汲んで敷地内の植物にそこの水を与えるんだ!」

「は………?」

 この緊急事態に水遣りをしろとは…と騎士団達は理解に苦しみ、首を縦に振らない。騎士団の反応に怒りが込み上げるアレスフレイム。

「空から地上を守る魔法陣の柄を見てわからないのか!? 薔薇が、植物達が大地を守っている! 二度も指示は言わん!」

 騎士団を見向きもせず切り株に水遣りをし、木肌の様子を覗うアレスフレイムの必死な姿に理由もわかっていない騎士団も従うしかなかった。

「承知致しました」

 先に返事をしたのはエレン。以前薔薇の迷宮でリリーナに深い傷を癒やしてもらった記憶がある。あの薔薇にも何か意味がある、彼女はそう確信し、厨房から大鍋を取り出した。流石、大斧使いである。彼女の姿を見て他の騎士団達も夢中で水を汲み、各自敷地内に散らばった。

「ノインも行け。お前は植物の声が聞こえる。特に弱っている奴を救いに行ってくれ。俺はここに残って切り株の様子を見る」

「畏まりました!」

 ノインはそう言うと貯水槽の裏に置かれているライトグリーンのジョウロを抱えた。これも聖水が湧き出ている。そしてアレスフレイムを見ると、

「ジョウロ、お借りします」

 念の為、アレスフレイムの許可を得ようとした。というのも、このジョウロは初めてのアレスフレイムからリリーナへの贈り物だから。

 アレスフレイムは仕方ないなという風に笑う。

「お前になら構わない」

 ノインは主の許可が降りると、ジョウロの首を下にし、水を撒きながら中庭へと駆け出した。少年時代からの友、中庭の大木カジュへ水を与えるために。


「俺達で守るぞ、庭を…!」

 

 アレスフレイムの熱い決意を切り株は黙って聞き、老体に懸命に聖水を潤わせた。

 



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