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裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
171/198

4−5

 この国の筆頭魔道士は城に滞在する期間が短い。国王に報告を済ませると再び長期間各地を回って調査や結界を張りに出てしまう。


 セティーは必ず旅立つ前にココに会うようにしている。


「ココ、今日時間ある? 明日発つことにしたから、今日お墓参りしよう」

 セティーとココは血の繋がった異母兄妹。兄弟でしか使えない精神感応(テレパシー)の魔法を使い、離れた場所から語りかけた。セティーは城の屋根の上、ココは騎士団の宿舎の前の物干し場に居る

「明日!? そっか、早いね。うん、お父さんとお母さんのお墓参り、行きたい。片付けたらすぐ行ける」

 ちょうど騎士団の洗濯物を干し終えて返事をするココ。空になった洗濯籠を持ち、片付けようと近くの倉庫に向かおうとした。

 風か舞い、ココのメイド服がふわっと浮かぶ。セティーだ。マントをはためかせ、空から着地した。

「手伝うよ」

 そっと手を差し出し、ココの持っていた籠を代わりに持つセティー。ココは申し訳無さそうに慌てて、

「大丈夫だよっ。そこに仕舞うだけだから」

 セティーから取り返そうとするも、セティーは両腕を上に掲げてココに奪え返せないようにした。ぴょんぴょんとココは跳びながら手を伸ばすも届かない。

「ハハッ」

「もー! 私の仕事なのに〜っ」

 筆頭魔道士としての彼には見せない柔らかな笑顔。戯れ合う兄妹。セティーの束の間の帰城期間における僅かな家族の時間が、ココにとってかけがえのない幸せ。自然と笑顔の花が咲き、二人の風色の瞳が煌めく。


 だが突然、ココがびくっとしながら後ろを振り向いた。


「ココ?」

 セティーが聞くと、ココは強張った笑顔でセティーを見上げる。

「ううんっ、何でもないのっ。多分、こっちに向かって来てるから……」

「何が?」

 すると宿舎の角からやって来て姿を現したのはアンティス。小走りで彼女に駆け寄って行く。

「アンティス様……」


 ―――――僅かな魔力の流れも敏感に感知出来るのか…!?


 ココがアンティスに向ける反応も気になるが、セティーはそれよりも彼女の魔力感知のずば抜けた高さに驚きを隠せなかった。アンティスも魔力が強い方ではあるが、セティーやニックに比べたらかなり劣る。相手が魔法を使っていたりこちらが集中すれば魔力も感知しやすいが、然程魔力が強くもない相手に自然と察知するのは難しい。

「やはりここに居たんだね。お義兄さんも」

 再び勝手に義兄呼ばわりされてセティーは顔を引きつったが、怒りを顕にするのを抑えた、必死に。

「今少し時間が取れそうなんだ。ゆっくりお茶でもしないかい?」

 大事そうにココに微笑みを向けるアンティス。長身ではあるが、彼女に向ける特別な感情は威圧感が全く無い。

 が、ココは明らかに目を泳がせていた。

「あの……その………」

 セティーの胸元付近をきょろっと見て、地面を見て、アンティスの腹回り辺りを見て。いかにも返事に困っているのがセティーにもアンティスにも一目瞭然だ。

「あ、明日セティー殿が国を周りに発たれるから、今日はご家族で過ごされるのかな。お母様と三人で」

 アンティスも気遣いながらココに断りやすいように言う。が、セティーの母親は存命だがココは違う。アンティスに悪意など全く無いが、ココは亡き母を思い出し、思わず胸が苦しくなってしまった。

「違うん……です………」

「え?」

 俯きながら呟く声など届かない。アンティスは咄嗟に彼女の声を聞きやすくし、表情を確かめようと高い背丈を屈もうとしたところ、


「異母兄妹だ。私とココは。父親だけが共通している」


 はっきりとした声色でセティーがアンティスに自分に注意を向けさせた。

「異母………!?」

 つまり先代筆頭魔道士が正妻に隠れて他の女性と関係を持ったことを意味する。アンティスは信じられないと目を見開きセティーを見つめた。

「悪いが今日は二人だけで墓参りをさせてもらいたい。私達の父親と、妹の母親の」

「え………」

 ようやくアンティスは自分の失言に気付いた。それまでセティーに向けていた視線が彼女に移る。どうして、と言いたげな表情に落ちるアンティスと、それでも自信無さげに俯き続けるココを見兼ねて再びセティーが口を開いた。

「アンティス」


 同時に彼の中で二つの風が渦を巻く。


 突然の戦火に十分な準備を与えられないまま出戦する直前の父との会話が鮮明に思い出された。

『父上、私も戦場へ行きます! 少しでも戦力が多い方が良いはずです!』

『駄目だ。お前は残りなさい』

『ですが!』

 厳しい戦いなのは知っていた。だから父親の力になりたかった。残って父の帰りを待つなど、不安で押し潰されそうだったから。

『私にもしものことがあれば、ココとニックを守れるのはお前しかいない』

『不吉なことを言わないで下さい! これからも、二人で守り続けましょうよ!』

 身長差の無くなった親子の背丈。父は息子と向かい合わせに立ち、彼の両肩をぐっと掴みながら目線の高さを合わせたら。

『約束だ。いつか平和な世界が訪れたら、あの子を、あの子達を太陽の丘へ戻して欲しい』

『あの子……()……?』

 震えた声のセティーの問いに、父セスナは静かに肯いた。

『セティー、頼んだよ』

 父との最期の会話。

 子どもが産まれたばかりの若手の騎士を庇って死んだと聞かされた。

 筆頭魔道士の肩書が継承された日、セティーは一人、父親の墓の前で涙を流し続けた。

『必ず……必ず……約束を果たします……ッ……父上……ッ!!』

 頬から落ち風に飛ばされる涙。彼の涙はやがて風となり、誰にも、大地にも知られることは無い。

 誰よりも尊敬する父との約束を守るべく、セティーは孤高にロナール国土を守ってきた。時には父親の敵討ちをすべく愚王に刃を向けながら。


 以前ならアンティスとココの交際に猛反対し続けただろう。


 だが、先日のニックの言葉も思い出す。

『たとえ太陽の丘の魔女だとしても。一人の人間として、自分で選ぶ道を歩ませてやりてぇんだよ』


 ―――――父上、申し訳ございません。私は………妹と弟にどうも甘くなってしまいました。


 アンティスの名を呼びかけ、フッと笑みを溢すセティー。

「無理もない。妹は訳あって父と私で隠して生きてきた。これから知っていけばいい。他人同士の男女が歩み寄るってそういうものだろう?」

 いつもなら騎士団を弱いと蔑む筆頭魔道士。だが、彼は一人の兄として妹の幸せの背中を押す。自分たちの加護から離れ、生涯を約束する男の元へ発とうとする妹のために。

「先日、私の反対を振り切ってまでお前に私達が兄妹であることを打ち明けたんだ。お前に対する信頼を受け止めて欲しい。とてつもなく勇気を出したことだから」

 爽やかでどこか優しい風が吹く。俯いていたココが顔を上げると、セティーは彼女と目を合わせた。兄の優しさに思わず涙ぐむ。

「セ…ティー……っ」

「ココは昔から泣き虫だから。ちょっとずつ歩み寄ればいいんだよ」

「うん……っ」

「そうだよな?」

 だが急に圧力をアンティスに向けた。可愛い妹のペースを考えろこの野郎とでも言いたげに。ココは気付かずに涙を手で拭いている。

「ハイッ!」

 否応無しに肯定するアンティス。彼が妹想い、シスコンなのがピリピリと肌で感じた。

「あまり時間が無いからもう出発させてもらう。妹の不在に不穏な空気が流れたら適当に誤魔化してくれ」

 セティーはポンッと洗濯籠をアンティスに手渡した。

「承知しました」

 力強く受け取るアンティス。

 そしてようやくココとアンティスが目を合わせる。穏やかな気持ちで。

「あ、あの、アンティス様…っ」

「うん」

 焦らず彼女の言葉を待つことにした。信頼してもらっているのだから、と彼は心に余裕が持て、以前の焦燥感を払拭したのだった。

「今度お時間の出来た時に……もし良かったら……お茶、したいです」

 恥ずかしそうながらも懸命に伝える彼女を見て、アンティスは抱き締めたくなる衝動に駆られた。が、彼にしか見えないセティーからの圧のかかった冷風に憚られてしまう。アンティスにはセティーが無言でこう伝えているように肌で感じた、目の前でイチャついたりしたら殺すぞ? と。

「ああ、必ず。約束しよう」

 決して甘い言葉を伝えずただ彼女の願いに優しく肯く。ただそれだけで良かったんだ、とアンティスは今までの自分の言動を振り返って密かに反省をした。


 愛する人の嬉しそうな笑顔が見れたのだから。


「行ってらっしゃい。では、お気を付けて」

 アンティスに見送りの言葉をかけられ、セティーは軽く会釈する。

 ココはアンティスに笑顔を向けた後、その表情を今度は兄に向けた。セティーも妹に優しく微笑んだ後、思い出したようにアンティスを見た。無論、真顔で。

「お前、お義兄さんはやめろ。あれだけはどうしても食えない」

「わかりました。失礼致しました」

 セティーに注意され、アンティスは頭を下げる。

「セティー?」

「お待たせココ、行こうか」

 ココには兄の微笑みを絶やさない。孤高の筆頭魔道士セティーの意外な顔にアンティスは戸惑いながらも逆らえまいとただただ頭を下げて見送った。

「アンティス様、行ってきます」

 ココに声をかけられ、アンティスは頭を上げる。


 何も言わず、慣れたように手を繋ぐココとセティー。

 魔法を唱えるのも同時だった。

「「転移魔法(テレポート)」」


 ―――――本当に、魔力持ちだったのか…………。


 同時に二人の姿が消えた空間を前に、アンティスはしばらく立ち尽くすのだった。




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