5−2
馬の蹄がリズム良く聞こえ、景色は王城から城下町、そして豊かな田園風景へと移り行く。
終始無言で。
如何せんアレスフレイムの機嫌が悪い。
触らぬ神に祟りなしと言ったところで、向かいに並んで座っているリリーナもノインもだんまりを貫いている。
ゆっくりとアレスフレイムはリリーナの方へ顔を向け
「………………凄いな。貴様はいつまで黙っていられるんだ」
ようやく口を開いたかと思えば何ですと!?
リリーナは僅かに眉を動かすと、アレスフレイムは続けて
「女とはもっとピーチクパーチク喧しい生き物ではないのか」
「では、私は女ではないし別の生き物かもしれませんね」
「いや、そうじゃない。そういうことを言いたいんじゃない」
アレスフレイムはバツの悪そうな顔をし
「悪かった。おかげでじっくり頭を冷やせた、有り難う」
「ぅえっ!?」
アレスフレイムの素直な謝罪に思わずノインは変な声が出てしまった。
「何だ」
「いえ、何でもございません」
「………………最近、兄について色々と悩ましくてな……」
次に国のトップに立つ人間なのにまるでその器ではない。リリーナは彼の悩みに共感出来るものがあった。
おそらく政もアレスフレイムの方が上手なのだろう。ともすれば、国民や兵士たちは時期国王をアレスフレイムに期待するのも当たり前。
殿下は……………国王になりくないのかしら………
「アレスフレイム様は……………」
いや、国王に自分は成ってはいけないと理解しているんだわ。
彼の考えを推測し、聞こうと思っていた質問を呑み込んだ。
彼が国王になれば自分が戦場に行けない。行けたとしても司令を出す立場。国の戦力になっていた彼が先頭に立たなければ、兵士の被害が増えるかもしれない。
そして、政も出来ない兄は、微々たる力でも役に立てと戦場に無理矢理放り込まれるかもしれない。
そこまでマルスブルー様のことを想っているのにあのような態度をされてはやるせない気持ちにもなって当然だわ。
リリーナはアレスフレイムの立場、そして積もりに積もった先日まであった目の下の隈、率先して戦場で敵を仕留めようとする姿勢……この男の背負うモノの莫大さを想像すると胸が締め付けられるようだった。
「何だ。貴様が言葉を濁すとは、気味が悪い」
「アレスフレイム様は………」
そう、彼には休息が必要だ。
心身ともに一時的でも彼の負担から解放されるべきだ。
「休養を取ってください。何も考えず、何もしない、そんな日があっても何もバチが当たりませんわ。畑のことは全て私にお任せ下さい」
彼の乾いた心に水が注がれる。
国の英雄と持て囃され、国のために、兄のために身を削る想いをしてもノイン以外誰も理解をしてくれない。城に居れば次から次へと頼りない兄の代わりに依頼が殺到する。心身ともに疲弊し、それが当たり前のような生活を何年も続けてきた。
『何も考えず、何もしない』
ああ、確かに何も考えたくなかったんだ。
たまには何もしたくなかったんだ。
息抜きで街へわざわざ出ることも、友人と娯楽をすることも無く、ただただ時が過ぎて行く、時間の無駄遣いのような一日の過ごし方。
そんな日を過ごせたら……………。
「そんな日もたまには悪くはないな」
真剣な眼差しで見つめるリリーナにアレスフレイムはふっと暖かな息を出し、軽く笑った。
草原が広がり、ところどころ家があるのどかな風景。偵察ではあるが、戦場には向かわない平和な道中。春の暖かさ。
そして、同じ空間には自分の理解者だけ。
安心し、アレスフレイムはうとうととし始め、背凭れに寄りかかり、間もなく眠りに落ちようとした時、彼の右手がだらんと崩れ、横にあった固い物に当たった。
あ、とリリーナは悔しそうな表情を浮かべてしまうと、アレスフレイムは勝ち誇ったようにそれを手に持った。
「残念だったな。魔法学の勉強の時間だ」
完全に眠気を失ったアレスフレイムは分厚い本を膝に広げた。
本当にアレスフレイムに休息を取ってはもらいたかったが、然程興味もない魔法の話を延々とされるのは疲れそうだ、とリリーナは観念した表情で本へ目線をやった。
「まず聞くが貴様は属性を知っているか?」
「知りません」
アレスフレイムもノインも「そこからか…」と愕然を隠しきれなかった。
それから、アレスフレイムは属性の図が載ったページを開き、
「魔力を持つ者は皆、無属性魔法が使える。転移魔法や防御魔法、単純な打撃魔法といったものが無属性魔法。他には属性魔法があるが、一人につき一つの属性しか使えない」
属性魔法を紹介したページには、火・水・土・風・雷・氷が描かれていて、離れたところに光・闇があり、二匹の龍が対立されていた。
「俺が使えるのは火属性」
と赤髪のアレスフレイムが答え
「私は水です」
と紫髮のノインも続けた。
「問題は貴様だ。どんな魔法が使える?」
「聖水生成、大地震撼、陽光転移、あとはえーと……あ、旋風葉舞、大量の落ち葉を集めたいときに風を起こす魔法」
「は? は? 聞いたこともない呪文ばかりだが」
狼狽えるノインにアレスフレイムはぴしゃりと
「魔法の知識が皆無な奴によるオリジナル魔法だ」
「何故知識も無く魔法を使えたり、作れたり出来るんた……」
「庭で作業をするときに出来たら良いなと思ったのを形にしただけです」
『形にしただけです』じゃねーよ、とアレスフレイムとノインは心の中でツッコミを入れた。
「貴様が形にした魔法らを、属性に当てはめるとどうなる」
アレスフレイムに問われて考えると、聖水生成は水、大地震撼は土、陽光転移は光、旋風葉舞は風…………。
なるほど、異例過ぎるのか。
初対面の時に『化け物級』だと言われて少し腹を立てたが、彼らが警戒をしたのも無理は無かったことだとリリーナは理解をした。
「で、魔法は、初級魔法、中級魔法、上級魔法の三段階に分類されている。火属性に例えると、初級は小さな火を灯す、中級は大きな火を起こす、上級は火に動きをつけて放つと言った感じだ。上級魔法は難易度が高く、魔法が使える人間のほんの一握りしか使えない」
「魔法が栄えてる国ではもっと使える人間が多いでしょうが、我が国は他国に比べたらそもそも魔法の使える者が少ない方ですね。それでも、他国で複数の属性魔法を操れると聞いた例は聞いたのとがないです」
アレスフレイムに続けてノインも補足説明に入る。
今まで隠してはいたが、当たり前のように使っていた魔法は決して当たり前ではなかった。
「さらに付け加えると、光魔法、闇魔法が使える者は世界中で奇跡と言われている。我が国にも光魔法が使える者はニ名だけいるが、軽い傷を治す程度の初級魔法しか使えない。魔法が盛んな国でも十名程度で、最大でも中級魔法保持者だと聞いている。闇魔法についてはモンスターだけが使用していることしか確認がされていない」
つまり、太陽の光を動かせる陽光転移は光魔法の上級魔法かもしれない。
属性魔法が複数使える上に光魔法らしきものも使える。
さらに言えば、彼らには言ってはいないが、植物と会話が出来る…………。
「何故…………私が……………………」
そんな奇跡的な力を身に着けているのだろうか。
確かにこれでは幼い頃から力を隠せと植物たちに念入りに忠告をされ続けるのも納得がいく。
アレスフレイムは一呼吸をし、
「失礼を承知で聞く。貴様の両親は魔法が使えないと昨日言っていたが、貴様は本当に両親の子どもか………?」
アレスフレイムの態度には人を蔑むような様子は一切なく、それよりもリリーナの反応を慎重に見つめていた。
嘘をついていないかの判断ではなく、彼女が傷つかないかどうかを。
「…………………両親の子どもだと思ってます。引き取ったなどといった話は聞いたことがないです」
「…………………そうか。変なことを聞いてすまなかった」
「いいえ……私自身も一瞬自分自身を疑いましたもの」
水の流れる音がする。間もなく川だろうか。
橋を渡り、蹄がカツカツと硬い物を鳴らす音へと変わる。
「そろそろこの地方にしか咲かない花畑が見えるはずだ」
柄にも無くこの男が花のことを言うなんて珍しい、と思い
「王妃様がお好きなんですか?」
「毎年頼んでもないのに開かれる俺の誕生日パーティーに飾られる花なんだよ。それで嫌でも覚えた」
間もなく一面、彼の髪と同じ色の赤い花畑が広がった。
「御髪と同じ色なのですね」
「ああ、あと瞳の色もな……」
ふと外を眺めるリリーナの横顔を見ると、彼女の瞳の色が彼女の髪と同じライトグリーンに僅かに桃色が濁っていることに気付いた。
瞳の色まで変わっているのか………魔力と関係があるのか後日調べてみるか、いや、ノインに調べさせよう。
ノインも同じ様に彼女の瞳の色に気付き、二人は黙って目を合わせ、ノインは帰城後に調べますと軽く頷いた。
「何てお名前なのかしら」
風に乗せて彼女たちに尋ねると、燃えるように一斉に揺れ、大きな風が一つ、舞った。
「フレーミー!」
小さな赤い小花たちは幼い声をあちこち発し、自身の名前を誰もが笑いながら声に出していた。
すると、この一帯の主であろう一本の背高のっぽのスギの木がリリーナの目に映った。
「何故来た、フローラ」
裏庭の主のカブを彷彿させるしゃがれた声で威圧を掛け、同時に荒れた風を起こした。
思わず馬も突然の強風に立ち止まった。
「何だ、急に風が強くなったな」
すると忽ち風は暴風となり、リリーナたちが乗る馬車を襲った。
アレスフレイムたちは壁に手を付けてバランスを保ち、ノインは片手で窓を開けるともう片方の腕を外へ伸ばし
「魔法円盾!」
窓を開けた瞬間に室内は風で荒らされるも、すぐにノインの防御魔法の効果で馬車が魔法で囲まれるように守られ、風を受けずに進められるようになった。
リリーナはただただ黙って外を見つめていた。
きっと、自分の魔力の秘密はフローラという人物が鍵を握っているのだろう。
だが、初めて植物に拒絶をされ、リリーナは静かに涙を堪えていたのだった。
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では、また。