表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏庭の魔女  作者: 岡田 ゆき
第六章 リリーナと庭
169/198

4−3

 キンッギンッ!!!

 剣がぶつかり合う音が訓練場に響く。

「足を踏み込め! 手首だけの力に任せるな!」

 アレスフレイムの声も大きく響く。二人の汗も飛び、靴が砂をザザッと擦り、まるで本当に騎士同士の手合わせ。しかし、リリーナは庭師。アレスフレイムもリリーナに熱い想いを抱いていることは曝け出し済の王族。さらに言えばリリーナが使用しているレイピアはアレスフレイムが使用している剣よりも軽い。その分アレスフレイムからの剣を受ければ、忽ち彼女は全身が痺れるようにビリビリと剣圧が響く。

「脇を引き締めろ! 剣にさらに体重を掛けて振りかざせ!」

 キンッキンッ!! と絶えず剣が交じり、リリーナも次第に剣の重さから体力が削がれてきた。

 だが匙を投げずに何度も何度も剣を振り下ろし続けた。

「なぁ、アレスフレイム様、そこまで手加減してなくないか…?」

「やっぱりそう見える? 実は俺もそう思ってた」

 訓練場に居た騎士達がざわざわと二人の手合わせを見物し始めてきた。

「っていうか、あの魔女、本来なら単なる庭師だよな?」

「ああ。格好だけが奇抜だけれど、剣術は護身術程度にエレン副団長から稽古してもらっているとか」

「っていうか、アレスフレイム様、あの魔女に惚れているんだよな? 何で剣を向けられるんだ?」

 だが、アレスフレイムからは憎しみや嘲笑など相手を痛めつけようとする感情が全く見えない。リリーナもまた、彼の剣捌きをじっと見つめ、言われた事を忠実に守り、動きにブレが無い。

「でもさ」

「ああ、言いたいことはなんかわかる」

「あの二人は互いに命を懸ける程信頼関係が結ばれているんだろうな」

 そろそろ体力の限界。リリーナは歯を食いしばり、ダンッ! と強く足を踏み出して腰を屈め、片手で剣を握り上に持ち上げつつ、片方の手を地面に付けて長い脚を伸ばし勢いを付けて回し蹴りをし、ブーツの踵をアレスフレイムの足首に狙った。

「ッ!?」

 アレスフレイムが跳んで避けると、その隙にリリーナはレイピアを両手に握り直し、起き上がった勢いで刃を彼の身体に向け……


「そこまで!」


 ノインが水の鎖でリリーナの剣を縛り、身動き出来ないようにし、手合わせ終了の合図をした。

「はぁはぁはぁはぁ………っ」

 途端に二人してしゃがんで息切れした。

「飲むか?」

 アレスフレイムが腰に付けてある聖水が湧き続ける水筒を彼女に差し出した。

「お先にどうぞ」

「いや、俺の方が体力があるから後でいい。先に飲め。倒れられたら困る」

「………いただきます」

 体力の限界を迎えたリリーナは水筒の聖水を一気に飲み干した。隠れ令嬢の彼女は実家ではそのような飲み方は許されるはずもない。

「良い飲みっぷりだな」

 とアレスフレイムに言われると、

「あまり見ないで下さい………」

 思わず恥ずかしくなり、水筒を持ったまま背を向けた。

「次は俺の番」

 背を向けられてもアレスフレイムはお構いなしに彼女の背後から腕を伸ばして水筒を掴む。リリーナのライトグリーンの髪を撫でながら。

 彼女と直接口付けは出来なくなったがこれは間接キス、アレスフレイムは飲み口を一瞬見て、それから彼もまた勢い良く飲んだ。

 手で口元を拭い、尻を地面に着け、リリーナに話しかける。

「エレンからも聞いてはいたが、筋が良い。庭師で無ければ騎士を薦めるところだ」

「でも私は庭師ですわ」

 くるっとリリーナの顔がアレスフレイムに振り向く。陽に当たってライトグリーンの髪と瞳が爽やかに煌めく。そしてローズピンクの瞳も。

「ああ、だから騎士には誘わない。この城の庭師は貴様だけだからな」

 そして庭師として大地を愛する彼女だから惹かれている、彼の熱い想いを言葉にして伝えたかったが、彼は押し殺した。恋愛感情のせいでフローラを刺激しては元も子もない。


 言の葉を彼女に贈ることさえ許されない。


「ま、今回は油断したが、次はこちらも本気を出すからな」

 アレスフレイムが彼女よりも先に立ち上がり、彼女に手を差し伸ばす。

「ええ、次も負けませんわ」

 リリーナは彼の温かな手をぐっと掴み、立ち上がった。

「お時間をいただき、ありがとうございました」

 そしてリリーナは彼に背中を曲げて礼をすると、アレスフレイムは満足そうに軽く彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

「では、失礼致します」

 姿勢を正すと彼女はノインにも軽く会釈し、静かに訓練場から姿を消したのだった。


 彼の見えない所でそっと頭に触れ、撫でられた温もりを手で感じながら。




「庭師にしては勿体無いですね」

 アレスフレイムに近寄るのは騎士団団長アンティス。

「ハッ、騎士になる方が勿体無い。庭師の職を下に見るのなら、お前は敷地内を目を閉じて歩け。美しい植物を二度と見るな」

「失言でした。大変申し訳ございません」

 彼女のことをアレスフレイムにとやかく言うのは厳禁だとアンティスは痛感し、アレスフレイムに頭を下げる。

「お前も想い人の誇りを他人に蔑まされたら許せなくなるだろう。メイドなんかよりも王族の専任の侍女になれとか」

「アレスフレイム様、ご存知でいらっしゃるんですか。ココと私が付き合っているのを」

「ああ知ってる知ってる。噂話はよく耳に届くからな」

 噂話と言っても実は彼は植物から聞いた。大の恋バナ好きの白薔薇姫から。

「………正直、彼女とはまだ正面から向き合えていない状態です。アレスフレイム様とアジュールの唯一無二の信頼関係が羨ましいと今見ていて思いました」

 珍しく少し弱気な面をアンティスに見せられ、アレスフレイムはどうしたものかと少し頭を掻いた。

「好きだとは言葉で伝えているのか」

「ええ、安心してもらおうと毎日欠かさず」

「ハッ毎日か、ご苦労なこったな」

「騎士団の任務に支障は無いはずです」

「いや、そうじゃない。俺達は無い物ねだりなんだよ」

 アレスフレイムは空を見上げる。雲に隠れてうっすらと円いシルエットが見える太陽を見つめた。

「俺はリリーナに愛してると言えない。身分差のためじゃない。彼女の身も心も壊れてしまうかもしれないから」

「………」

「リリーナにとっては俺は理解ある雇用主だ。お前は愛してると伝えることが出来る。言葉と態度を示し続ければ必ず実る」

 頑張れよと言う風にアレスフレイムは自身より背が高いアンティスの肩を強くポンポンと叩いた。


 愛してると言葉を伝えられないアレスフレイム。

 相手から真っ直ぐ見つめてもらえないアンティス。


 二人の男の心は時に恋に翻弄されているのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ